31.湯上がりからの
女子寮の浴場から上がり、シンプルなワンピースに身を包んで、前世の温泉のようにズラリと並んでいるドライヤーの一つを取りレッドブラウンの髪を乾かす。
魔法でポンと乾かすこともできるけれど、調整のために意識を集中しなければならない。集中を欠いて火傷をしても大変なので、日常的にはあまり魔法は使わない。
とはいえ、電気も魔法を使った発電システムによるものだ。女神様の力のようなイメージが電気に対してもあるので、過剰に使ってはいけないという意識を誰もが持っている。だから、テレビのようなものが開発されていないんだと思う。
「ラビちゃん、これから行くんですよね?」
偶然一緒になったルリアンが話しかけてきた。あまり浴場で会わないと思ったら、いつも早めに入っているのね。
「そうよ」
「頑張ってください」
白のコットンの寝間着に着替えたルリアンが、火照ったニコニコ顔で両手を拳にしてグッと胸元で力を入れてみせた。
「ええ。ちゃちゃっと終わらせてくるわ」
「ふふっ、はい。行ってらっしゃいませ。もう暗いので、お気をつけて」
「ありがと」
彼女にも間違いなくバレている。私がものすごく楽しみにしていることを。
談笑しながら自室へと戻り、すぐに制服に着替える。鏡の前でしっかりと髪を整えて――、
「……よし」
湯上がりのせいで頬が少し赤い。
かっこ悪いかな。それとも、色っぽいと思ってもらえるかな。……外はもう暗いから分からないか。
思わず変な顔になってしまったのを誤魔化すように、もう一度髪にクシを通す。学園地図と文房具を斜めがけのコンパクトな鞄に入れて、折り畳みの杖も持った。
廊下に出ると、浴場へ向かう生徒と戻ってきた生徒がポツポツと行き交っている。
「あら、ラビッツ様。もう寮の門限は過ぎているはずですが、何かありますの?」
いかにも出かける格好だものね。
彼女は貴族の知人だ。それ相応に振る舞わなければ。
「ええ。頼まれ事がありまして」
「あら」
軽く内容を説明する。
「そんなわけで、私は記録担当よ」
「大変ですのね。そして、さすがニコラ様ですわ」
「ええ。たまにふざけてしまうこともあるけれど、学園のために尽くす方よ」
彼を立てるのも私の義務だ。
「ふふっ、交流会のお二人はとても素敵でしたわ」
ふざけてしまうは余計だったわね……思い出させてしまった。
「あ、あれは途中で抜けてしまって申し訳なかったわ」
「いえ、とってもロマンチックで! ご存知です? あれから学園での流行りの小説は『悪役令嬢モノ』から『結婚式で花嫁を奪うヒーローモノ』に変わったんですの」
「なんてニッチな……。しかも奪われてはいないわよ。婚約者なのに」
ここではベル子のいた国の翻訳された小説が流行っている。実際に王族や貴族のいる国でそういった特権階級の人たちメインの小説は書きにくいのか、この国で書かれた本は多くない。そっち関係の小説は、翻訳本が主流だ。
私は元々、ゲームでは悪役令嬢扱いだった。ルリアンに嫌がらせをしていたからだ。……ポンコツな嫌がらせだったけど。
ゲームの制作者は間違いなく、前世の流行りを意識していたのだろう。
「ニッチだなんて。結婚式で花嫁を奪うシーンも王道ですもの! それを彷彿とさせる、素敵な退場劇でしたわぁ」
「そ、そう。ありがとう……?」
恥ずかしすぎる。
「お止めしてしまって申し訳なかったですわ。ぜひ、学園から奪われて駆け落ちするシチュエーションを楽しんできてくださいね」
「……ただのお仕事よ」
「んふふっ。王子様に奪われて空から逃げる。王道駆け落ちは浪漫ですからね」
「もうっ。逃げないし、駆け落ちじゃないんだから。い、一応、こ、婚約者なんだから!」
「ふふっ、応援していますわ」
何を言ってもそのシチュで妄想したいらしい。悪役令嬢ならぬ駆け落ち令嬢扱いになっている。
……婚約しているのに!
「では、もう行くわね」
「はい。お楽しみください」
仕事だと言い張っているけど、やっぱり楽しみにしているのはバレている気がする。最近はこうやって、からかわれることも増えてきた。
寮から出ると、夜風が花の香りをふわりと運んできた。昼間の熱気が少しだけ残る中、わずかに肌にあたる風は柔らかい。
既に寮の前で待っていたニコラが、自前の杖を軽く掲げた。
……待っててもらえるのは、やっぱり嬉しい。




