24.屋上で二人きり
「……そうなの。この世界の最果ては旧校舎だったのね」
「悪い、アレは勢いで言った」
「分かってるわよ」
つい、馴染みのある旧校舎に来てしまった。まだ春だというのに汗がポタポタとたれる。さすがに冷静になってきた。
「もう降ろして」
「痛いんだろ?」
どうして俺はここに来たんだ。
「少し休んだらよくなったわ」
「また歩いたら痛くなるだろう。寮まで引き返すか」
「……ごめん、本当はそんなに痛くないの」
「え?」
「少し二人で話したくて」
俺と二人きりになりたかった!?
いやいや、まだ分からない。前世では俺の母親もヒールは足が痛くなると言っていた。無理している可能性は高い。
「もうっ、降ろしてってば」
「痛かったらすぐ言えよ」
パタパタと軽く暴れるので、そっと降ろした。
「腕、大丈夫なの? すごく汗かいてるけど」
「明日には筋肉痛になる自信はある」
「……無理しちゃって」
「楽しかったからいいんだ」
「そう。それなら……、ほら。エスコートくらいしなさいよ」
ラビッツが少しむくれた顔で、手をひらひらさせた。腕を差し出すと、スッとのせてくれた。
「今日はサービスがいいな」
「ドレスを着る機会なんて、あんまりないもの。あんたも……王子様らしい服だし」
「だよな。ラビッツのドレス姿、想像以上に綺麗で可愛いなー」
「そう思うなら、記憶に刻んでおきなさいよねっ」
「もちろん」
ラビッツはほんのり頬を染めながら、照れ隠しにか睨んでくる。でも、口元は少し緩んでいる。
「足が大丈夫なら……屋上とかどうかな」
「あ、行ってみたいかも」
「やっぱり運ぼうか?」
「いらないわ。エスコートだけしなさいよ」
――ラビッツに、好かれている。
ツンツンしていても好意が伝わってくる。それだけは、勘違いじゃないよな?
「今さ、俺……甘い空気を感じてるんだけど」
「そう。よかったわね」
「ラビッツも感じてるか?」
「そんなの、教えてあげるわけないでしょ!」
ちらりとこちらを見てはすぐ視線を逸らす。その仕草にドキドキしっぱなしだ。ツンとした態度の裏にデレがこぼれる──ツンデレは最高だと叫びたくなる。
「そういえば、あんたって陰キャなのよね」
「ぐはっ!」
突然の大ダメージだ。
「たまにそれを感じる時があるわ」
「が、頑張って王子、やってるのに……」
いきなりなんでそんな話になるんだ。
「台車レースの時、結局あんただけ乗ってなかったわよね」
「あー……」
「わぁっと盛り上がるの、苦手なのかなって思ったの。苦手というか、入りにくいのかなって」
「う……いや、どうなのかな。憧れみたいなのはあるけど」
行くか行かないかで悩んだら、やめてしまうのは変えられない。どうするか考えているうちに、タイミングを失う。なんの責任もない遊びなら特に。
「肝心なところで引くところがあるわよね」
「じ、地味に生きてたからな……」
なんだ!?
俺の心をえぐりにきてるのか!?
「だから、今日は少し意外だった。いきなりあんことするとは思わなかった」
「ははっ。思いついちゃったからな。目立って悪かったよ」
明らかに嫉妬されて、気持ちが盛り上がってしまった。
「私も楽しかった!」
「え?」
「ふふっ。さっきからね、笑いたくて仕方なかったの」
口元がずっと緩んでいたのは、そのせいか?
「お姫様抱っこであんたが走ってる時の皆のあの表情、思い出すと笑っちゃう」
「まぁな」
「皆びっくりして、すっごい顔してたわね」
「だな。確かに思い出すと笑えてくるな」
「ほんとよ。交流会でいきなりお姫様抱っこって……ふふっ、皆びっくりするに決まってるわよね」
「だよな。さらいに来たわけじゃないしな」
「見てる方は意味分からないわよね」
互いにこらえきれず、声にして笑う。つられるように肩を揺らして吹き出してしまう。
確かに、足の痛みは大したことないようだ。ラビッツの足どりも軽い。旧校舎の階段を上り――。
「やっぱり開いてるな」
キィと屋上への扉を開く。
この世界には魔法がある。屋上から落ちても、大怪我はしない。杖のような媒介物がないとコントロールはしにくいものの、かすり傷程度だろう。だから、屋上自体には入れることが多い。
屋上の一画だけは鍵付きの鉄柵で頑丈にバリケードされている。中にあるBOXは発電システムだ。前世のように大きな発電所は存在しない。施設ごとに魔法を使用した小さな発電システムがあり、ケーブルによって各部屋へと供給されている。
昔はそれが屋上ではなく地上にあったものの、事故が多発し今は家人の許可なく点検できるように屋上にある。人が空を飛べるからな。異常な発熱や魔力異常がないか、巡回点検されている。
――ここでも、事故があった。
ラビッツは屋上の柵に近づき、風を顔に受けながら静かに目を細めた。
「いい景色ね」
少しだけ感傷的な声だ。
「ああ、学園が一望できる」
「湖もね。すごく綺麗」
風が彼女の髪をサラサラと揺らすたびになぜかドキドキして――、特別な魔法にかけられた気分だ。
「話が、したかったんだよな。聞きたいことがあるのか?」
「あ……うん。昨日のダンスをした場所、顧問に聞いたって言ってたじゃない?」
「ああ」
ダンスのいい練習場所を顧問に聞いたから付き合ってほしいと頼んだものの、それ以上は何も言ってない。
「他に、どんな話をしたのかなって気になって」
「そう、だな」
俺と二人きりになりたかったのは、それを聞きたかったからか。
「俺たちは、顧問と似た存在になったらしい」
「そう……なの」
「ああ」
「でも、あなたは生きているわよね」
ラビッツが俺の頬に触れた。
「こんなに柔らかいし」
なんで頬をぷにぷにするんだ。
「生きてるよ」
「私も……生きてる」
お返しにラビッツの頬をぷにぷにする。不服そうにむにょむにょされている顔も可愛い。
「柔らかくてあったかい。生きてるな」
「……うん。それならどんな存在だとしても、問題ないわよね」
「ああ。一緒にここで生きていこう」
「……そうね」
あれ。今のはプロポーズのジャブみたいな意味だったんだけどな。オッケーもらったってことでいいのか?
「もし今……前世に戻ったのならってたまに思うの」
「前世に?」
「うん。何が変わるかなって」
今、前世に戻ったらか……。
「同人誌を探すかな」
「ど、どうじんしっ!?」
「俺とラビッツのエロ同人誌」
「……話を振った私がバカだったわ」
そんな呆れなくても。
「なかったら自分で描くかもな」
「描けるの!?」
「全然。でもま、ラビッツ推しとして落書きくらいはしたことがある」
「今度見せて」
「上手くはないぞ? んー、タイトルは『今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』とかでさ、SNSで四コマ漫画でも垂れ流そうかな。ハッシュタグもそれだな」
「んんんっ、内容が気になるわ」
「十八禁が?」
「違うわよ! そんなの垂れ流さないで。そもそもあんた、高校生だったんでしょ。十八歳超えてないじゃない」
「ははっ」
インターネットか。ここにも、似たようなものがないことはないんだよな。
「あんなツールはこの世界では無理かな」
「どうかしら。交信用の魔道具はあるものね。映像も見えるし」
「あらかじめ手の込んだ刻紋を教え合わないといけないけどな」
「QRコードのようなものよね」
そんな認識だったのか!? 俺は小型魔法陣というイメージだった。
「国民全員の刻紋が必要になりそうね。かなり大変そう。でも……魔法なしであそこまでの技術の開発は、もっと難しそうね」
「魔法でいろんなことができちゃうと、そっちに頼るよな」
「ええ。誰もが情報を流せるようにするのは難しそうだけど、発信元を限定すればできるんじゃないかしら。開発にも流通にも時間はかかりそうだけど……王子の日常とか、いつか発信する?」
「ゴクリ。『今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』のエロチックな――、いたっ!」
チョップされた。
「扇子を持ってなくて残念だわ」
「冗談なのにー」
「変なの発信しないで!」
「ま、実際はやりにくいよな。俺がまともにやったとして、次の世代がやらなければ『今の王子は親しみがない』とか叩かれるかもしんないし」
ラビッツが苦笑する。
「あんたってば、やっぱり王子様ね」
「なんだよ、それ」
「地味系なのに失言が多くて、根は真面目な男の子。だったんじゃない?」
「要素盛りだくさんだな」
どうなんだろうな。前世では、わずかな友人としかしゃべらなかったからな。真面目ではあったかもしれない。自慢じゃないが、宿題は忘れたことがない。
「もう少し、はっちゃけてもいいのにって思う時もあるの」
「えっちな『今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』を期待されてる!?」
「してないわよ! そっちの話じゃないの!」
「ちぇー」
しばらく、もしも前世に戻ったらの話で盛り上がる。
「間違いなく友人には自慢するな。ラビッツの婚約者だ、やったぜってな!」
「まずは私を探しなさいよ」
「一緒に戻ったらか、そうだなー。あ!『平均身長を超えた』Tシャツを着るから探し出してくれ」
「なによ、それ……」
王都の学生の健康診断調査の平均を、最近超えたんだよな!
俺は、いかに努力していたかを語る。
具体的には毎日牛乳を欠かさず飲んでいたり、背を伸ばすのにいいとされている運動を日課にしていたりだ(前世でもやっていた)。
「わざわざ侍従に毎週測ってもらってるって……さすが、ゲームでおバカ王子って書かれていただけのことはあるわね。そんなに平均身長を超えたかったの……」
「そこは毎日じゃないだけ偉いだろう?」
「はいはい、偉い偉い」
昼間の陽射しはやわらかい。眼下の新緑は風にそよぎ、どこからかふわりと甘い花の香りが漂う。
そよそよとした風を感じているだけで何かが始まりそうな予感がする。
――こんなにも、今は楽しいのに。
「じゃ……その時が来たらはっちゃけるか」
「その時が……来たら?」
「ああ。その時が来たら。陰キャぶってないで、はっちゃけるよ」
時間は止まってなんてくれない。
いずれ、冬がくる。
この世界の舞台は……泣きゲーなんだ。
「ニコラ、あなたはこの世界に何を求めているの」
ラビッツが入学式のような無表情の顔で俺を見た。
「輝き……かな」
「輝き?」
「生きている証みたいな輝きがずっと欲しかったんだ」
「……そう」
茶化すかと思ったラビッツは何も言わない。俺の腕に添えられた手に少し力が入っただけだ。
いずれ冬が来る。
十二月、別名『夢結びの月』がやって来る。
秋になってあの女の子が現れて……。
この世界の未来で何が待っているかは、まだ分からない。




