21.新たな一歩
「……意味が分からないわ」
「ラグナシア嬢、俺は王子なんだ。女神に祝福された王家の長男。次期国王だ」
「知っているわよ。お上の威光を笠に――、」
「だから、全てを察している。君の言葉が妹への愛情から生まれているものだと、知っているんだ」
「な、にを――」
雪がピタッとやんだ。
姉に傷つけられることが辛くて雪を降らせてしまっても、彼女も薄々は……気づいていた。だから何度突き放されても姉を慕っている。
「これから俺は、君の事情を白日の下に晒そうとしている。恨んでくれていい。俺はただ、皆と楽しくバカをやりたいだけだ。そのために、君の気持ちを一方的に暴露する」
「――!!!」
これが正解かどうかなんて分からない。でも俺は、ゲームよりもっといい未来が見たい。
「不義の子だとみなされている家からベル子を引き離したいんだろう。もう戻りたくないと思わせたいんだろう」
「……っ」
「強くかっこいい姉でもいたい。ただ婿をとり、跡取りを産むだけを期待されているだけの傀儡扱いされていると妹に知られたくない。だから、遠ざけたいんだ」
「……っ! うるさい!」
怒声が響き、ラグナシアが腰に手を伸ばした。鞘から抜かれた剣が、光を反射してきらりと煌く。その瞬間、リュークも剣を抜き俺の隣で牽制した。
「でもね、人は死ぬんだよ。簡単に死ぬんだ」
ラグナシアの剣の刃をコンコン、と軽く叩いた。本気で斬るために抜いた剣ではないことくらい、分かっている。
「俺はね、与太話だと思われるかもしれないけど前世で死んだ記憶を持っているんだ」
ラグナシアが目を見開いた。
「全部、無になるんだよ。何かを頑張った事実も、その成果も全て消えてなくなる。築いた関係も消え失せて、何も残らないんだ。ねぇ、今君に何かが起きて死んだらどうなると思う?」
「お、脅しってこと!? 王子がよくも――っ」
「違うよ」
あえて軽い調子で言う。
「君が死んだら妹が家に呼び寄せられるだろう。跡取りを産むためだけの傀儡として。誰も味方のいない家で孤独の中で生きることになる。その体質を隠すために軟禁状態におかれるかもしれない。唯一味方だった君のことも、勘違いしたまま誤解を解くことはもうできない」
「――――!!!」
ラグナシアの剣の刃先が揺れた。リュークに「剣をしまえ」と言われ、震える手で鞘へと戻す。
「君自身がトップに立つことを認めさせるため、血の滲むような鍛錬をしていることも知っている。成績も優秀。剣技もまた模範授業でお手本として選ばれるくらいの使い手だ。組織のトップは、クリストフ家の伝統を象徴する存在である必要もあるからね、模範となる振る舞いが求められる。君が君らしく好戦的で好き勝手振る舞えるのは妹の前でだけだ」
「…………」
「君なりに妹に甘えてもいた。八つ当たりできる相手は、妹しかいないからね」
しばらくワナワナ震えていたものの、ふっとラグナシアが脱力した。拳を握っていた力もほどけたようだ。
「気味の悪い存在ね、王子って。気分が悪いわ」
「だろうな。あの家から逃れて生きていける妹のことが、羨ましいんだろう」
「……そうよ。不義の子だと蔑まれて追い出されて、それが幸せだって気づいていないのが妬ましくて仕方がないの。手紙がきたわ。私を支えたいから国に戻るって。いい迷惑よ。視界に入れたくないの」
「……ラグナ姉様……」
「だって……っ」
ラグナシアの足元に涙がぽたぽたと落ちる。ベル子の雪解けの水と交わって境界がなくなる。
「違う場所であんな家とは無関係に暮らしてほしいのに、ムカつくじゃない! 何も知らずにのんきにしてるのもムカつくの! 私の目が届かないところで……楽しく過ごしなさいよ。私はあの家で皆に認めさせてやるんだから。私がトップに相応しいんだって、思わせてやるんだから」
二人ともが逃げ出せるなら、きっと上手くいくのだろう。でも、彼女はそれを望まない。いずれ、あの家の頂点に立つことを目指している。そして……ベル子を見れば、幸せになってほしい気持ちと妬ましさが交錯する。
ゲームでは、リュークも交えたイベントにより互いの気持ちを察し合い、それぞれの道を歩もうと。互いに幸せを祈り合いながら別の道を辿るという選択をしていた。
「姉様、何も知らなくて……ごめんなさい」
「ベルジェ、あなたには知ってほしくなかった。ニコラ王子……恨むわよ」
「ああ、それでいい。俺は別の可能性を見たいんだ」
「どういう意味よ」
「君はいつか、あの家の頂点に立つだろう」
「……そのつもりよ」
「その時に、仲のいい姉妹に戻れる。そんな未来を信じたい。そのために君の事情を伝えることは必要だったと、自分勝手にも思っている」
自嘲するように、彼女がフッと笑った。
「……まったく。どこまで見透かしているのよ」
ゲームで知っているなんて、裏技もいいところだよな。仲がよかった幼い頃の彼女たちの思い出の一部を、知ってしまっている。
離れに隔離されていたベル子を誘い出して、一緒に広い庭で秘密基地なんてつくっていた。そんな日々があったことを。
「未来がどこに向かっているのかは、俺にも分からない。ただ……そうだな。たまに挨拶くらいはする君たちを見たいかな」
「本当に、自分勝手な王子様ね」
「そうなんだ。だから君も俺を利用すればいい」
「利用?」
「おかしな男と結婚させられそうになったら呼んでくれよ。飛んで行って、お気持ちを表明させてもらうさ。それこそ、お上の威光を笠にきてね」
彼女はわざとらしく鼻で笑うような仕草をして腰に手を当てた。
「ふんっ、余計なお世話よ。おかしな男が来たら挑んでやるの。私に勝てない男なんてお呼びじゃないのよとプライドをへし折ってやれば、向こうからお断りが来るわ」
「それはいいな。ま、勝手に君の事情を話した償いをいつかさせてくれ。いつでも力になる」
「……そうね。覚えておくわ、ニコラ殿下」
今までの様子とはうってかわって、彼女が居住まいを正した。目元の涙をそっと拭いながら深く一度息を整えると、ゆるやかに膝を折った。
「……ニコラ殿下。先ほどは取り乱してしまい、誠に申し訳ありませんでした。数々のご無礼をお詫びいたします」
彼女の瞳にはまだ涙の名残がある。しかしその表情には、誇り高きクリストフ家の長女としての気品が備わっている。
「私の愚かさが妹を苦しめていたこと、深く反省しております。そして、殿下に対しましても、感情に任せて剣に手をかけた非礼、言い訳の余地もございません。どうか、広いお心でお許しいただけると幸いですわ」
これが、普段の彼女だ。誰にも気を許さず、孤高に生きている。
「最初に言っただろう。俺は皆とバカをやりたいんだ。楽に話してくれていいし、俺相手ならいつでも喧嘩をふっかけてくれ。剣を抜かれると困るけどな」
「あ……、ごめんなさい。職員が来るかしら」
「大丈夫さ。おそらく規格外のような存在、顧問が握りつぶす」
「顧問?」
「ああ。特に旧校舎に関しては顧問が全てを掌握している。探知を阻害することもできるし、学園長を通して人が来ないようにすることもできる」
「……普段ここに用のない人が来れないのも、私がここに来れたのも、その顧問のせい?」
「ま、そんな感じかな」
ここに辿りつけない可能性が高いと考えていたのか。彼女は先輩だ。噂はもうずっと前から把握していたことだろう。
旧校舎にはゴーストがいる。それは過去のあの事件で亡くなった少女に違いないと。
「そういえば、結局ここには妹に喧嘩をふっかけに来ただけなのか?」
「あー……、そうね。変な男子生徒が突然私のところに押し寄せてきたのを言い訳に、怒り任せに喧嘩をふっかけに来たの。一部の生徒が帰り際にベルジェの話をしていたから、無関係ではないでしょうとね」
「変な男子生徒!? 大丈夫だったのか」
「次々と変顔を披露して、私が笑わないのを見るとガックリして帰っていったわ」
変……顔……???
「「ああっ!!!」」
俺とラビッツが同時に声をあげた。
忘れていた。そもそもゲーム内イベントの変顔選手権の目的は、能面のように笑わない彼女を選ばれし男子生徒が最高に面白い顔を固定化して笑わせに行こうとするものだった。「これ、戻るのか?」と敢行する前に試して戻らずに、先生にもバレたくないからここに駆け込んでくるんだった……。
そうか、無事に(?)変顔を彼女に披露することができたのか。
「なんでそこで驚くのよ。まさか、ほんとにアレ、あなたたちの差し金ってわけ?」
「ち、違うぞ。断じて違う。あーあー、そうだ、アレだ。トラがな、そんな話をしている男子生徒を見かけてな。ほら注意喚起もされていただろう? 変顔で顔を固定化して大騒ぎになるのを未然に防いだんだよ。立派にパトロールしているんだ」
「……私のところに来るのも防ぎなさいよ」
「トラがなー、生徒の名前さえ教えてくれればなー。目的も分かったんだけどなー。いやー、残念だ」
「あっそ。のんきなものね」
ラグナシアの瞳に最初のような鋭さはない。
「もう行くわ」
「ラグナ姉様……、私」
「挨拶くらいは受け入れてあげる。それ以上は、私に話しかけられるのを待ちなさいよ」
「分かった。……ありがとう」
すぐに雪は解けない。
でも、いつかは……。
ラグナシアはそのまま「迷惑をかけたわ」と言って立ち去った。
「にゃんだか最後に悪者にされた気がするにゃんけど、一件落着にゃんね〜」
「落着かどうかはともかく、怒りが収まってよかった……剣はハッタリでも抜かれると怖い。俺は疲れたぜ……こういうの向いてないんだよ」
ヘロヘロと椅子に向かう。
「あ、雪で濡れてる。もう疲れたしな。顧問に乾かしてもらうか。こもーん! 乾かしてー! こもーん! こもんこもんこもーん! 教室全部乾かしてー!」
――ガチャ!
「お前、俺を便利屋だと思ってるだろ!」
また嵐のような勢いで扉が開いた。久しぶりに会った。いつも通りの赤と黒の手品師みたいな格好だ。
――そうして、顧問の魔法を使っているように見せかけた人外の力で教室は乾き、皆で円卓を囲んで座った。
顧問はすぐにスタコラサッサといなくなった。
「私のせいで、ごめんなさい」
「ベル子のせいじゃねーよ。誰のせいでもないって言いたいけど、面倒くさい家のせいではあるか」
「……私の、家のせい」
「ベル子姉が蹴散らしてくれるさ。のんびり見物しよーぜ。卒業後にはなるだろうけどな」
「うん」
「今後の楽しみができた。ベル子のお陰だな。あとは卒業後のベル子争奪戦に勝たねーとな。ラビッツ、オリヴィア嬢に負けるなよー」
「私を……争奪するの?」
「おうよ」
「ふふっ」
天使のようなベル子の笑顔が皆にも伝染する。このあとは、皆でなんでもない話をして過ごした。
――誰もがいずれ、責任ある立場に就くことになる。
だから、今はくだらない話に花を咲かせる。
「ラグナシアさん、かっこよかったですね〜。『私に勝てない男なんてお呼びじゃないのよ』には痺れました」
「うん。姉様はやっぱりかっこいい」
「私も祖父母が婚姻相手を連れてくる可能性は高いので、そこを目指してみるのもいいかもしれません」
ルリアンはそうだよな……。
「私はどうしようかしら」
「にゃーに気に入られない男はお呼びじゃないのよでいいにゃん」
「名案ね。トラ、頼んだわよ」
「ガッテンショーチの助にゃん」
……だからお前、絶対日本人だっただろ。
「リュークはなんか希望あるのか? 結婚相手」
「まだなんも考えられねーなー」
「ラビッツはやらないぞ」
「人のもんはとらねーって」
「べっ、別に私はニコラのってわけじゃ……っ、ま、まだ結婚してないしっ」
「ふ〜ん???」
「た、ただの婚約者なんだからっ」
「ラビちゃん……顔赤い」
「うるさいのよっ。もー!」
いつも通りを装ってくれるベル子も、皆も、この時間を大切にしてくれるんだなと思う。
「よっしゃ! いっそ『パトロール隊へのお願いBOX』とか設けるか!」
「それは名案ですね。幅広く生徒の皆さんのお悩みを解決しましょう」
……パトロール隊の目的はなんだっけ?
「ニコラさんのすごい力があれば百人力ですね」
「もう使い切ったー、枯渇したー」
「はわわっ。有限でしたかっ」
俺もしゃべるのに慣れてきたことだし、お悩み解決隊でもいい気がするな。




