15.親衛隊結成の前触れ
「ベル子、大丈夫か?」
リュークが気遣うように声をかけた。ベル子はすぐにいつもの調子に戻ったように見えた。
「平気」
そう言った声は落ち着いていたものの、どこか無理をしているような感じもする。
この様子……やはりリュークは既にベル子の事情を知っているのか。
「私、吹っ飛んでいった方たちの様子を見てきますね」
「私も行く」
ルリアンは治癒魔法が得意だからな。ベル子も、怪我の具合を見たいんだろう。
「リューク、二人をよろしくな」
「お前は?」
「残った生徒たちに話を聞くよ」
「頑張れよ、王子様っと」
「肩書きだけはビッグな雑用係だよな。記録はラビッツに頼もう。この前のも綺麗にまとめてもらったしな。顛末を覚えといてくれ」
チラリとラビッツを見る。
「し、仕方ないわね」
このツンデレ感!
たまらない!
「じゃ、あとでな」
リュークたちを見送ると、一度眠っていた見張りも指パッチンをして起こした。チョイチョイと親指で背後を差し「暴走していたから止めたんだ」と伝え、一緒に彼らのところへ行く。見たところ、一人を除いて全員先輩だ。
「やぁやぁ、俺たちは学園パトロール隊だよ」
「はい……ニコラ様、申し訳ありませんでした」
二十人くらいいる中で、スッと一人が前に出てきた。やはり貴族。俺の相手をするのは自分しかいないという自負があるんだろう。侯爵の息子で顔見知りだ。後ろにいる彼の弟が唯一の俺たちとの同学年だな。兄に誘われて羽目を外しに来たのだろう。
「備品を勝手に使うのはよくないな。台車の持ち出し許可は?」
「メンバーに園芸部の者がいまして。届いた備品を運ぶのに台車を使うと、倉庫の鍵をお借りしました」
「なるほど。見張りもいたよね。静音魔法も張っていた」
「……はい」
「いいことをしている自覚はなかったと」
「もうしません。すみませんでした」
楽しいことに水を差してる気分だな。
「いっそのこと、競争クラブとかサークルでもつくればいいんじゃないか?」
「へ???」
「楽しそうだったしな。身分関係なく皆で遊ぶ、多いに結構だ。君はいい生徒だよ。ただ、嘘はよくない。放課後に特定の場所で何かの競争でもするサークルでもつくればいいじゃないか。ルールも決めて届けを出せばできる」
「あー……」
「速度メーターを備品で買ってもらって、危険回避の方法も明示すれば許可も下りるさ」
一定範囲内で一定のスピード以上の動く何かを感知するとアラームが鳴る魔道具などが、ここには普通に存在する。
「そ、うですね」
「黙って悪いことをするのが楽しいって?」
「い、いえ……」
学生の醍醐味だからな。俺はそんな陽キャたちを、遠巻きに見ている側だった。
パトロール隊の目的は、生徒を罰へと導くことではない。先生に報告するほどではない軽いいたずらや小さな揉め事を、必要以上に騒がず、穏やかに収める。そうして、学校を少しずつ居心地のいい場所にしていく――それが、俺たちの役目だ。
「それも分かる。今回の件は記録はするけど先生への報告は控えておくよ」
「……!!!」
同じことが繰り返されないよう、きちんと釘も刺さないとな。見逃すだけじゃ、意味がない。
「次に危険行為をしたら、今回の分も合わせて報告するけどね。杖も魔法も使う気はなかったんだろう? それなら穏便に済ませるよ。もっとも、猫に注意を受けるまではそうではなかったようだけど。猫の注意で一応、踏み止まったわけだ。じゃ、今から全員の名前を言うよ。違っていたら教えてくれ」
そう言って、入学前に覚えさせられた名前を画像を思い出しながらスラスラとそらんじてみせる。全員が戦慄した。
天才に見えるんだろうな……努力のあとなんて他人からは見えない。
こういうのも慣れてきたな。ただ、王子という身分がなければ、ここまで俺の言葉に耳を傾けてはもらえない。それは自覚しておかないとな。
「今回の件は何も言わない……が、一つだけ教えてほしい」
「は、はい」
「さっき、ベルジェ嬢を見て誰かが『あの人の妹か』と言ったはずだ。彼女が『あの人の妹』であることは有名な話なのか?」
何人かの顔が曇った。
「剣術科でその……」
言葉が濁る。ベル子の姉も剣術科だ。おそらく、演習場での先輩の実技見学の際に、ゲームでのあのやり取りがあったのだろう。
『どのツラ下げてこの国に戻ってきたの? クリストフ家にあなたの居場所なんてないのに』
と姉に言われ、リュークが『俺の大事な友人を傷つけることは許さない』と庇う。
――そんなやり取りが。
「事情は大体分かったよ。同じパトロール隊である彼女は大切なメンバーだ。君たちも気にかけてやってほしい」
「分かりました」
「倉庫の鍵を貸してくれ。台車は彼らと一緒に吹っ飛んだからね。怪我の具合を見ながら、台車も戻しておく。壊れていたら今回の件について説明せざるを得ないけど、大事にはしないよ」
「はい! ありがとうございます」
彼らは視線を交わしながら、俺の前に並んだ。一人が意を決したように頭を下げると、他の生徒たちも続いた。
なんだなんだ!?
「怒られる覚悟はできました。今からしっかりと先生方にも謝ってきます」
なに!?
ど、どうする!?
ゲームでの俺はリュークで、今回と同じように怪我人がいないか見に行ったからな。こっち側は知らないんだよな。うーん。
「いや、いいよ。台車競争は楽しそうだったしね。もし台車が無事なら……ベルジェ嬢を乗せてあげたいんだ」
「え?」
ひっそりと遊ぼうかと思ったけど、言っちゃうか。
「君たちが楽しそうなのを羨ましそうな顔で見ていたからさ。もちろん魔法は使わないけどね。ベル子は体質の問題と家が複雑で……おっと、勝手に言ってはいけないな。ただ、剣術科でのやり取りを見たのなら、察することはできるだろう?」
「あ……」
「学園でくらい、楽しい思い出をつくってほしい。台車で遊ぶかもしれないことは、内緒にしておいてくれ。これで共犯者だ」
ヒロインたちは皆、楽しい思い出を学園生活に求めている。数々のイベントで、俺はそれを知っているからな。
さて、これが吉と出るか凶と出るか。
剣術科でのイベントに俺は絡めない。リューク以外にもベル子の味方が増えれば、もう少し――。
オリヴィアが一歩前に出た。長い金の髪が微かに揺れ、上に立つ者らしいその瞳が、生徒たち一人ひとりを見渡した。
「そうね。ベル子さんは私たちにとって大事な仲間。何かあれば教えてちょうだいね」
その言葉を受けて、ラビッツも一歩踏み出した。少し頬を赤らめながらも、真っ直ぐに声を発する。
「わ、私にとっても大事な友達よ。何かあったら守ってあげて。でも、お姉さんにも事情があるはずで……配慮もお願いするわ」
姉にも事情がある。それを知ってるからな、ラビッツは。
「ベル子は俺たちの大切な友人で仲間だ。よろしく頼む」
あらためてお願いをする。
その時――。
「そ、そんなふうに言われると、恥ずかしい」
控えめな、小さな声が背後から届いた。全員の視線が一斉にその方角へ向かう。そこには、既に戻ってきていたベル子とルリアン、そしてリュークの姿があった。怪我一つない、吹っ飛んでいったレース参加者と台車も一緒だ。
ベル子は先ほどの凛とした姿とは違い、頬がわずかに紅潮している。
「でも……ありがとう」
かぁっと赤みを差した顔で戸惑うように目をあちこちにやる。小さくこぼれたその声に、場の空気がより和んだ。
やっぱり可愛いな!
ここにいる総勢二十人ほどの台車レース参加者もそう思ったようだ。やばいぞ、何人か惚れたんじゃないか!? そういえば前世でもベル子が一番人気だった!
「ベル子さん、この前は何も言えずにすみません!」
「え?」
「次からは静観しません! ベル子さんの素晴らしさは俺たちが証明します。どれだけ吹雪いても負けません!」
やっぱり吹雪いていたか。負の感情を抱くと局地的にその場だけ雪が降ってしまう。
姉は会うとわざとベル子を傷つけるんだよな……自分や家から離れたいと思わせようとしている。
「さっきのバリアもかっこよかったです!」
「俺は剣術科じゃないですが、マジ惚れました!」
これは、ベル子ファンクラブができる勢いだぞ。
「あ、え、べ、ベル子って……」
「駄目でしたか。それなら改めます」
「だ、駄目、じゃない」
赤らめた顔で一人一人をじっと見る彼女は、皆のアイドルになりそうだ。逆にストーカーが現れないか心配なくらいだけど……いざとなれば雪が降るだろうからな。他の奴が止めてくれる可能性は高いかもしれない。
俺のせいだし、注視しておこう。
リュークが側に寄ってきた。
「おい、ニコラ。どうしてこうなったんだ?」
「さぁ……皆のアイドルになるポテンシャルがあったんだろう」
空気が生ぬるい。
「よっし。もういっそ、俺たちも混ざってもう一度台車に乗るか!」
「ええ!?」
「俺だって遊びたいんだよ!」
その日、放課後の空の下で台車が走った。
魔法を使わずに、リュークも剣術科の先輩と台車レースをしていた。
「俺の速さについて来れるかな!」
「負けるかー!」
ベル子とルリアンは笑い合いながらそーっと片足でケンケンしながら乗ってはしゃいでいた。交代で他の男子が彼女らを乗せて走ったりもしていた。
「にゃーも楽しみたいから、一台だけ残しといてほしいにゃん!」
トラの言葉を聞いて、オリヴィアとラビッツと俺は他の皆を見送る。すっかり仲よくなった彼らの笑い声が、姿が見えなくなるまで耳に残った。




