14.台車でゴー!
「はぁ……」
気が重い。黒子には俺の力を使うことは既に伝えてある。
「よ! さっすが王子!」
「うるせーよ」
リュークが茶化してくるが、乗る気すら起きない。憂鬱だ。しかしやるしかない。
今日は例の、生徒が持ち込んだ面倒事への対処……ではあるが、ゲームとは展開が少し変わっている。
魔力を見えない空間から自分へと戻すイメージで集める。柔らかく自然な光が俺を包み込んでいく。自分だけの力ではない。間違いなく外からの神のような何かに守られているのを感じる。
俺の内部に光が吸い込まれ、不自然な力を持つのが分かる。女神に祝福された、王族直系独特の力……あまり好きではない感覚だ。
よし、行くか。
皆に持っていてくれと手で合図すると、俺だけが校舎の裏へと進む。
「やぁやぁ、ご苦労さま」
「……あっ、ニ、ニコラ様」
「大変だね。皆が遊んでいるのに君たちだけが見張りなんてね」
「え」
「悪いけど少しの間、眠っていてくれ」
「…………っ。ぐう」
あー、疲れた。
おかしな力が手の平から放たれたのを感じると同時に身体の芯から倦怠感が湧いてくる。見張りはあっという間に地面に崩れ落ちた。催眠魔法だ。二人だから大したことはないけど、疲れるものは疲れる。
火や水や風を使うような基本的な魔法は、ほとんど疲れない。自然界と一体化しているような感覚で、腕や手を動かすくらいの意識だ。
特殊魔法は成長期が過ぎて大人になれば疲労感は減るらしいものの……俺のは特殊すぎるからな。どうなるのかは分からない。
さて、と。
俺はチョイチョイと手招きをして、隠れていた皆を呼び寄せた。
「静音魔法も切れたよ。それが得意な奴が交代で見張りをしているのかもな……。あっちでワーキャー声がする。だるいけど行くか」
「お疲れ様でした、ニコラさん」
「ああ。俺は疲れたからあとは皆に任せるよ」
「お任せくださいっ」
校舎裏といっても、ここはとんでもなく広い学園。道具入れや木々に挟まれた道を抜ければ、開けた場所が広がっている。
そこで生徒たちが羽目を外していた。
「ぶっちぎりぃぃぃ!!」
「うおおおおお! 追い抜いたるぞー!」
「負っけねー!」
ゲームより平和だ……。俺達に気づいていないようなので、しばし見守ろう。
「んっふーにゃん。にゃーがアドバイスしたお陰で平和な催し物になったにゃんね」
後ろから、思いもよらぬ二人が現れた。
「あれ、トラもオリヴィア嬢も来たんだな」
ゲームでは来なかったが、あっちとは内容が違う。
「ええ。トラがどうしてもと言うので」
元々、ゲームではトレーニング棟の廊下を使って、杖に乗って魔法でびゅんびゅん飛び「誰が一番速いか競争」をする生徒を止めるシナリオだった。危うく窓に激突しそうなところを、窓を開けてグッバイするのがゲームの展開だ。
事前に闇水で謝罪に来た生徒たちから情報を得ていたので、待ち伏せをする予定だった。
が、猫の耳は人間よりも優れている。
その話をしている生徒たちに気づいたトラは彼らに説教したらしい。
『廊下は走っちゃダメにゃん! だから飛ぶのもダメにゃん!』
――と。
それによって今日、導きのペンデュラムはゲームとは違う場所を示した。それが、ここだ。生徒が乗っているのも杖ではない。
ただの、台車だ。
「俺の勝ちだー!!!」
「お前、それずるいだろ!」
「それなら俺だって!」
ん? 平和だったはずが、平和じゃなくなってきたな?
台車に乗ってガタガタドコドコと競争していたはずが、魔法競争になり始めた。それを見越して顧問も、「何か起きそうだから動かしとけ」くらいのノリでペンデュラムを揺らしたのかもしれない。実際、静音魔法は使われていたしな。
「どうしましょう。だんだん危なくなってきましたね」
「でも、楽しそう」
ベル子の瞳が輝いている。
確かに、楽しそうだ。
「どうするの、ニコラ」
ラビッツはやはり不安そうだな。予想と違う展開に弱いのかもしれない。
「うーん、しばらく見守っておくか。なぁ、リューク」
「……俺も混ざりてーな」
お前もかよっ!
いつもクールに見せているくせに、ふざけるのも結構好きなんだよな。
「でも、確かに危なそうだな。暴走するぞ」
「そうだな」
ベル子の瞳がキラリと光った。
「……っ、危ない。行ってくる」
台車が校舎の壁を走り出したところで、ベル子の足が地面を蹴った。ものすごいスピードで彼らに近づくと、軽やかな跳躍とともに、彼女の周囲の空気の流れが変わった。
『守って』
彼女が手をかざした瞬間、手の平から放たれた光が目にも止まらぬ速さで広がった。校舎の壁や窓を守るようにきらめく壁を形成する。
素早いし、見事だな……。
校舎の窓は守られたものの、スピードは落ちない。
「うぎゃー! 止まらねー!」
「どいてくれー!」
もう一度ベル子が手をかざした。
光が広がり、暴走した台車の進路をなめらかに包み込む。
――ぼんよよよーん。
まるで漫画のように台車と彼らはふっ飛んでいった。最後のオチはゲームと同じらしい。ゲームでは、窓から外へと飛んでいった。
魔法も使えることだし、受け身くらいとるだろう。まだベル子の手は上にかざしたままだ。彼らが怪我をしないよう、力を使っているのかもしれない。
「弾力のある……バリア」
誰かが呟く。ぼよよんするバリアを張れる者は多くない。
風が吹いた。ポニーテールにしている紺の髪がなびく。ゲームでも綺麗な立ち絵だった。実際に見ると感動もひとしおだ。
彼女は静かに手を下ろし、落ち着いた表情で生徒たちに声をかけた。
「スピード、出しすぎ」
凛とした声に、生徒たちは一斉にうなだれた。
「すみませんでした……」
謝罪の声に混じって――、
「あの人の……妹か」
ぽつりと呟かれたその言葉に、ベル子の肩がびくっと震えた。




