12.ラビッツの部屋
ひょぉぉぉぉ!?!?!?
ど、どうすんだ、これ……!?
女子寮だ。ラビッツの部屋の中だ。男子寮と家具類は大して変わらない。本棚や学習用の机、ベッドにテーブルセット。その色合いや飾ってある小物類から、女子寮だということはすぐに分かる。
「なんか自分の部屋に来たらもっと眠くなってきちゃったなぁ」
「待て。早急にカーテンを閉めてくれ」
外から見えないように、俺はすぐに家具に隠れてしゃがんだ。バレたらまずすぎる。
「さすが王子様。そーゆーのはすぐ気づくのね〜」
ほわほわしながら、手に持っている紙コップを机に置くと、ラビッツはシャッとピンクのカーテンを閉めた。男子寮はブルーのカーテンだ。
どうする……。俺の黒子はどうにかして来るだろう。最後のラビッツの言葉から場所も分かっているはずだ。天井裏あたりにどこからか潜り込むだろう。あの部屋の片付けも終えた。チャンポンはここにあるし植物はポケットの中で……昼食は抜くとして、夕方になったらもう一度転移してもらって……。
うん、どうにかはなる。
頭の中でシミュレーションして、少し落ち着いてきた。
「ごめん、ニコラ。すごく眠い」
「転移魔法は疲れるからな」
「知らないくせに」
「ああ、知らないさ。俺にはできない。もう布団に横になれ」
「ん……」
ああ……俺の婚約者で可愛い最推しのラビッツが、トロトロした目をしながらベッドのうえに……。どうしろというんだ。触りたくなるじゃないか。妄想大好き男子なんだぞ、俺は。
はぁぁぁぁ。
「なんだか眠いのに眠れない。体が熱くなっておかしいの」
ラビッツの状態が知りたいな。やっぱり少しだけ飲むか。
「少し待ってろ」
「うん」
わずかにチャンポンを口に含む。
うぉ、なんだこれ。美味いな。確かによっぽど我慢しないと全部飲んでしまいそうだ。あー、酔う。アルコールではないはずなのに、似たような感じだ。洗剤じゃないけど混ぜると危険という意味がよく分かった。飲み合わせの危険性について、研究してもらおう。親父に頼んでおくか。
最後の正体不明のアレは、媚薬に似たものだな。効果は強くないものの、身体は変に熱い。ラビッツ一人で校舎内をうろつかなくてよかった。いきなり襲いたくなるほどではないが……いや、襲いたいけど。
冗談半分、ノリで効果をつけたんだろうな。ちょっと今日はムラムラするかもなー、くらいのものだ。
この学園の生徒だけあって、変なところが優秀だ。魔法の本質は意志と理解。知識と共に明確なイメージを持つことでエネルギーが適切に流れ、魔法の効果が強くなり持続する。
頭でっかちな生徒が多いここでは、やっぱりパトロール隊みたいなのが必要かもしれないな。先生の目の届かないところで問題が起こり、気づいたら手遅れということもありそうだ。
「飲んじゃったの?」
「ああ。残りは捨てておこう。ラビッツはそこで寝ておけ。洗面台を借りるな」
「うん……」
よし、証拠隠滅っと。配水管を通って浄化処理場に水が辿り着くまでに効果は消えるだろう。消えなくてもそこで浄化される。
というか、ラビッツは俺以上にややムラムラしているということか? やばいな。平静でいられそうにない。
「昼食抜きで大丈夫か?」
「ん……たぶん……」
「効果が抜けて回復するまでここにいさせてくれ。女子寮から堂々と出ていけない。悪いけど、回復したらもう一度どこかに転移を頼むよ」
「うん。分かった」
あああ〜。そんな紅潮した頬で、寝ながら上目遣いで俺を見て……っ! 無理かもしれない。我慢がキツイ。そもそも前世の俺には、仲のいい女の子なんていなかったんだぞ?
はー……。
絨毯の上に座り込んで、ベッドに顔を突っ伏す。熱い息が抜けていく。
「大丈夫?」
「ああ」
「正体不明の薬はなんだったのか分かった?」
「あー、まぁ酩酊効果と滋養強壮みたいなものかな」
「……だから身体が熱いの?」
「だろうな。混ぜたら危険のたぐいかもしれない。魔法が絡んでるからな」
「あ……」
「俺は、多少おかしなのを飲んでも大丈夫なように訓練はしてある。飲んでも平気だ」
きゅっと手が握られる。あれ、手を繋ぐのは絶対いやとか言ってなかったか?
「変なの飲んでごめんなさい」
「ま、学生だからな。興味が湧くのは分かる」
「責めないで……くれるんだ」
「報告書の下書きくらいしたかったんだろ? 責めるわけないよ」
「……っ」
なんで泣くんだ!
泣き上戸か!
頬を染めながら、濡れた睫毛の先が震えて涙がこぼれ落ちる。少しだけ開いた唇からはわずかな吐息が漏れる。繋いだ手には力がこもり、熱が伝わってくる。
ああ……理性がぶっ飛びそうだ。全然平気じゃない。ギャルゲーや漫画では、どうしてそこで襲わないんだとよく思ったものだが、あとのことを考えるとできるわけがない。
「どうした?」
ちょっとカッコつけるのが精一杯だ。
「あれを飲めば、言いたいのに言えないこと、言えるかなって思ったの。本当は一口にしようと思ってた。つい……飲んじゃったの」
「言いたいのに言えないこと?」
そうか……一口だけ飲んで、薬の効果を言い訳に言いたいことを言おうと思ったのか。
「うん。聞きたいのに聞けないこと。勇気が出るかなって。後押しになるかなって」
心音が早鐘のように鳴るっ!
もしかして……いや、期待するな。期待してはいけない。ガッカリした時に辛い。
「私、あんたの婚約者でしょ?」
「あ、ああ」
「リュークとどうにかなるつもりはないし……」
ないのか。そんな気はしていたけど。ルリアンに嫌がらせをしていないからな。
「家族からは絶対にあんたを逃すなって言われてるの」
そうだな。だから、リュークと結ばれた場合、ゲームでは俺から婚約破棄をした。頭を冷やしてこいと少しの間、俺は追い出されるものの、王位の継承権は変わらない。
「あんたに拒否されたら、私は家での居場所もなくなるの。ゲームではあんまり見えない部分だけど。あれだけ仲……よさそうにしておいてそうなったら、次の嫁ぎ先にもたぶん恵まれない」
頭が冷えていく。
ここはゲームの世界ではあるけど、俺たちは生きている。ラビッツは怖がっていたんだな。全然気づかなかった。
「大丈夫だ。何があっても俺は側にいる。ラビッツに……いい奴ができない限り」
「ゲームよりオリヴィアと仲がいいわよね」
「え」
「朝だって隣に呼ばれていたし。すぐにメッセージ飛ばすし」
「いや、それは……」
「分かってる。必要だって分かってるけど」
それで俺の服を握っていたのか?
確かに気楽にオリヴィアに頼みすぎていたかもな。もしメッセージ飛ばしが使えなければ、おそらくラビッツに職員を呼びに行かせて俺は一人で突入していただろう。
「ほんとは聞きたいの。なんてメッセージ飛ばしたのって。内容はって」
「事務連絡だけだぞ」
「でも気になる。……不安になる」
なんだかモテる男の気分になってきたぞ?
「次から声に出すよ。他のメンバーにもバレたことだし」
「うん……」
俺の手を握るそのあったかい体温に、くらくらする。
「私、これからもニコラに酷いこと言うと思う」
「あ、ああ」
「言わずにはいられないと思う」
「だろうな」
俺がつい不用意なことを言ってしまうように、ラビッツもつい、ツンデレっぽいことを言ってしまうのかもしれない。思ってもいないことはさすがに口からは出ない。元々、素直なタイプではないんだろうな。
「でも、嫌わないでほしいの。居場所がなくなっちゃうから」
あー、好きだからって言ってほしかった! やっぱりそこは無理か。でも時間はある。嫌われてはいない。いつか結婚することを受け入れられるくらいに好意は持たれている。
非リア充だった俺としては、それだけでも嬉しい。……強がっているけど。
「ああ。俺はラビッツが元々最推しなんだ。安心しろ」
「……も、元々のラビッツとも別人なんだけど」
「ん? まぁ、そうだろうな」
転生しているからな。
「わ、私と『ラビッツ』のどっちが好きなの」
はー!?
「ど、どっちって、え、と、えっと?」
「私のこと、面倒な子になったとか思ってるでしょ。本来のラビッツより、頭悪くて変な液体飲んで女子寮なんかに連れ込んで、訳分かんないこといっぱい言ってって――」
は!
俺はもしかして、女子寮に無理矢理連れ込まれて、ベッドの上の婚約者に手を握られて、両者媚薬飲んでます状態の男子生徒、という図になっているのか!? これは……、なんという神展開! 何もできないのが悔しい!
血の涙が出そうだ。
「そ、そんなことはないぞ」
「私が転生しなければよかったって――」
「大丈夫だ! 今のがいい、今のが。ベッドの上の女の子に将来結婚したいと言われて手を握られてる今はもう天にも昇る気持ちだ」
「えっ、あ……」
「そもそも正体不明のあの液体は、おそらく媚薬だ」
「え!?」
「今、目の前にいるラビッツに本当は襲いかかりたい。手だけじゃなく全部触りたい。えっちなことしたい。えろいことをさせてくれと土下座して頼みたい。せめて、おっぱ――」
――スパーン!
わざわざ起き上がって扇子ではたかれた。
「そうだった。バカだったわね、あんた」
片方の手は握ったままだ。
「残念だったな。お前はこのまま俺と結婚するはめになるんだ」
いいのか、と起き上がったままのラビッツに茶化すように笑って聞く。
「あんたこそ残念だったわね。誰にも相手にされなくて!」
手は離されない。
「俺はっ、その……お前がいいんだ。ゲームのラビッツじゃない、目の前のラビッツだ」
「調子いいこと言わないで。まだそんなに、この私とはしゃべってないじゃない」
「そうだな。これからたくさんしゃべって俺を好きになってもらうよ」
「陰キャなんでしょ。バカ王子でしょ。できるの?」
「頑張るしかないな」
「……他に目を向けたら許さないから」
「分かってる」
いつか、居場所がなくなるからとかじゃなくて、好きだから結婚したいと言ってほしい。
「……しばらくここで、一緒に寝る?」
「え! えっちなことしていいのか!?」
「駄目! 背中合わせで外側を向いて」
「えー」
「寝ている間は、空腹を忘れられるし」
「そうだな。……寝るか」
好きな子の提案を無下にはできない。
ラビッツは転移魔法を使ったあとだ。回復するまで時間がかかるだろう。ラビッツがくるりと反対側を向いたので、俺も触れないようにして中に入った。しばらくムラムラしながら過ごすとするか……。
ラビッツがなぜか背中にくっついてきた。どうしてだ。背中合わせじゃないのか。
「今日はごめんなさい」
「気にするな」
あーあ。
俺の婚約者は、危機感がないなぁ。




