『僕が夢見た世界』
――これは、かつて現実に絶望し、夢にすがった一人の少年が、魔法の世界で「影」として生き直す物語。
数年の歳月が流れた――
今の僕は、八歳。
正直に言って、この世界が大好きだ。
魔法というものが、ずっと夢の中にしかなかった僕にとって…
それが現実にあるこの世界は、本当に最高だ。
でも――
僕は、英雄なんかにはなりたくない。
この世界での僕の目的は…単純。
いや、もしかしたら狂ってるように聞こえるかもしれない。
――モブキャラになること。
影に潜み、世界を操る存在。
沈黙の中で、すべてをコントロールする。
僕はアルセリオン家の二階のバルコニーに立ち、
庭で剣の訓練をしている兄の姿を見つめていた。
その動きは鋭く、情熱的。
汗が滴っても、その笑顔は一切消えない。
僕の隣では、何人かの使用人が整列し、
飲み物やタオルを手に持っている。
父――ハゲ頭で低く響く声と爆笑が特徴の男は、
誇らしげな表情で兄を見つめていた。
でも、僕はただ――
小さく微笑んでいただけだった。
「さあ…そろそろ舞台裏で動き出す時間だね」
僕はそう呟いた。
拳を握りしめ、
青空を見上げる。
僕にしか分からない計画が、心の中で静かに動き始める。
「僕はホワイト・リーパー…頼まれてもいない正義と、
くだらない不条理を撒き散らす影そのものさ」
笑みが広がる。
誰も知らない――
この静かに立つ少年が、世界を揺るがす影の脅威だということを。
だがその直後――
庭から響く重低音の声。
「おい、カズキ!お前も剣の腕を見せてみろ!いつまで彫像みたいに突っ立ってるんだ!」
僕はゆっくりと顔を向ける。
心の中で、ため息。
(なんで…こんな役までこなさなきゃいけないんだよ…)
でもまあ、背景キャラを極めるには避けて通れない道。
僕は静かな足取りで階段を降り、
武器棚から木剣を手に取る。
兄はすでに構えていた。
笑顔を浮かべながら、僕を見ている。
僕は「どうでもいいキャラ」の演技に徹する。
弱々しい握り方、不自然な姿勢、無垢な視線。
すべては計算された“無能”だ。
父は顔を覆い、呆れたように首を振る。
「まったく…こいつは本当に才能ゼロだな…」
兄は無言で僕を見つめ…そして、優しく笑った。
突然――
ザシュッ!
兄が斬りかかってきた!もちろん、本気じゃない。
その動きは速いが、しっかり加減されている。
「うわぁああああ!?」
僕はわざと大袈裟にパニックを装い、木剣を落とす。
そして、ぎこちなく拍手。
「お兄ちゃん…やっぱり強いね」
にこにこと笑いながら、棒読みで言う。
…だが、これは昼の顔。
夜になると――
空は闇に染まり、
月光が眠る街を照らす。
その影の中に、僕の本当の姿があった。
カズキ・アルセリオン。
別名、ホワイト・リーパー。
僕は屋根から屋根へと飛び移り、音もなく潜入する。
今夜の標的は――
古代魔導書を保管しているという、しがない山賊のアジト。
僕はアジトの扉を蹴り飛ばす。
「誰だ!?」
「なんだ!?子供かよ!?」
山賊たちが慌てて振り向く。
漆黒のマントが揺れ、
白い髪はフードに隠され、
紫の瞳だけが鋭く輝いていた。
僕は一歩、また一歩と静かに歩み出す。
だがその一歩一歩が、彼らにとっての死刑宣告。
「古代魔導書を…渡してもらおうか」
僕の声は冷え切っていた。
「ガハハハ!なに言ってんだこのガキ!」
「お前、コスプレでもしてんのかぁ!?」
「調子乗んなよォ!!」
僕は黙って笑う。
ゆっくりと、十本の指を掲げる。
純白の光が、指先から溢れ出す。
それは清らかで、熱く、容赦のない正義。
「僕は英雄じゃない…悪党でもない…」
静かに呟く。
「ただの影――腐敗を狩る存在だ」
ドンッ!!
一瞬にして、アジトが光に包まれる。
だが僕は止まらない。
古代魔導書の保管室へと向かう。
その途中――
ザッ!
背後から気配!
すぐに振り向き、攻撃を受け止める。
「ほう…まだ生き残りがいたか」
僕は落ち着いた声で言った。
だが男はニヤリと笑った。
「俺はそこらのザコとは違うんだよ、クソガキがァ!!」
僕は静かに微笑む。
「それなら…これを耐えてみなよ」
だがその瞬間、
彼の姿が掻き消えた。
シュバッ!
背中から血が飛び散る!
「ははっ、やっと当たったなァ、クソガキ!」
僕は体をよろめかせる。
だが――笑みは消えない。
「…残念だったね」
僕は囁く。
「それは、ただの冗談さ」
ズブッ!!
僕の手が、男の胸を貫く。
目を見開いたまま、彼は崩れ落ちた。
「サブボスにすらなれないな…」
僕は再び歩き出す。
古代魔導書のある、最後の部屋へ。
そこには――
一体の“何か”がいた。
人間のようで人間でなく、
高位の呪詛霊に絡みつかれた存在。
その体は痙攣し、目は虚ろ。
息は浅く、魂が砕けかけていた。
僕はそっと近づく。
「ふむ…高位の呪詛霊か」
手のひらをかざし、
白い光を灯す。
だが――
触れた瞬間、
僕の魔力が弾き飛ばされた。
白光は、闇に飲まれる。
「…まだ、足りないか」
僕は呟く。
その顔を見つめる。
どれだけ傷ついていても、そこに深い痛みの痕が残っていた。
僕は小さく頷く。
「連れて帰ろう」
――哀れみなんかじゃない。
僕の本能が囁いた。
この存在は、何かを隠している――と。
僕は古代魔導書をすべてマントの中に仕舞い、
その存在を静かに抱き上げる。
闇の中へ――
誰にも気づかれずに、帰還する。
父ですら知らない。
あのハゲの父ですら。
兄でさえ知らない。
あの天才の兄ですら。
この家の地下にある、
誰も知らない場所――
僕だけの秘密基地。
そこに、あの存在を運ぶ。
癒し、そして真実を掘り起こすために。
ホワイト・リーパーとして。
誰の目にも映らない舞台裏から――
…この世界の運命を、僕の手で書き換えていくために。
――これは、誰にも気づかれずに世界を変える、「ただの背景キャラ」の物語。