第二話
俺の通う理工学部には女子が五十人ほどしかおらず、また文系女子に声をかける勇気は俺にはない。
なので今現在、先ほどlineで断られたばっかりの女子に実験中にアプローチをかけている真っ最中である。
俺はリトマス紙を探しているこの手に覆いかぶすように手渡す。
手は密着、なお体も当然。
まず交渉には距離感が大事だろう、と思ったのだが
「え、なに。キモ」
そういわれながら距離を取られる。
距離がさらに空いてしまう失態に嘆いている場合ではない。
俺のブレイクンハートは伊達じゃない、めげずに交渉を始めた。
「あ、あのさ。そ、その朝の事だけど」
「え、なに?聞こえないんだけど?」
ずいっと体を乗り出して聞いてくるので俺は思わず体をのけぞり、また距離を取ってしまう。
その俺の様子に呆れかえって、女子は肩をすくめて目線を俺からリトマス紙に。
つまり実験に戻ってしまった。
俺ももう情けなく自分からは距離を詰めたりするのに相手から来た途端身を引いてしまうという痴態を晒してしまったので
もうその子の交渉は諦めた。
あぁ、向こうから女子のくすくす笑いが聞こえる。
また陰口だろうか、チラリと聞かれたのにはこんなのがあった。
「えー、なにあれ。距離感分からないオタクー?きもー、きょどりすぎー」
俺は黙々と作業している振りをしてスルー。
しかし脳内妄想ではその陰口をたたいている女子に向けて色々と非人道的行為をしていると
「おう!ツッキー!ああいうのは気にすんな!しっかしお前もやるな、実験中に告白なんてよ!俺も見習うぜ!」
「そうでござるよ、月島殿。当たって砕ける、これぞ男の本懐というものでござる」
「あぁ、武田、尾田。ありがとな」
最初に声をかけてくれたのは武田信正。同じ学部の一年生、歳も一緒である。髪の色は金髪で当然地毛ではない、それに両耳にピアスを開けている。
また肌は焼けていて、胸筋も割れている。アロハTシャツに青の半ズボンという爽やかなコスチュームでより一層本人に増して爽やかさを際立たせる。
当然すね毛は見えない。そういう清潔感もあるやつなのだ。
性根が真っすぐしていて話していて気持ちがいいやつだ。
そのせいか理系のイケイケグループの性格が悪いのには避け、俺みたいな陰キャとつるんでくれる。
しかしそのイケイケグループとの交流は断絶しているというわけでもなく、そこそこ話せるくらいの関係なのだ。
なのでこの浅黒ヤリチンイケイケ男はその皆に分け隔てなく接する優しい性格から男女ともに人気を集めている。
そんな彼が俺とつるむのには疑問を感じている生徒が多いが、彼はそんな周りを気にせず俺と親しく接してくれるので俺も気にせず気の置けない関係さながらの対応をしている。
また二番目になぜかござる口調で慰めてくれたのは尾田剛。はたまた武田と同じく同じ学部の一年生で歳は一緒である。
ピンクのチャックのガウンを羽織っていて、そのチェックに覆いかぶさっているのだがチラチラと尾田が動くたびにプリントされた萌えキャラクターが見える。
またズボンはなぜか武田と同じ半ズボンをはいていて、尾田の足からはすね毛がボーボー生えているのが見え、正直気味が悪かった。
そう、尾田は俺と同じくオタクなのだ。
しかも俺みたいなライトオタクではなく、もっとディープなオタクだ。
同じアニオタなのだがな、知識が断然と違う。
なので大学で趣味があつということで一番最初に友達、というか師弟関係になった人物だ。
その尾田は油がギトギトに塗り付けられているのかというほどテカテカに薄気味悪く黒光りしている髪に、ニキビがちらほらみえ、また唇がかっさかさで血が出ていておまけに鼻毛も出ている。
そんな汚らしさは武田の隣にいる分、より一層気色悪く見えた。
だが、尾田はそんな汚らしさを上回るほどに清い心を持っており、容姿のせいで尾田と絡まないやつは大勢いるのだが俺と武田はその優しさを見抜き懇意にこいつと付き合っている。
俺は二人の下半身をチラチラ見ていると
「あぁ、俺らさっき池袋で買い物してきたんだよ、ツッキーも来れればな」
「まぁバイトは大事ですからな。でもいつかバイトがあいたら一緒に行こうではありませんか。心待ちにしてますぞ」
デュフフ、と尾田は肩を揺らしまたメガネをくいっと持ち上げながら笑う。
周りの女子から悲鳴が上がる。
しかし俺らはそんな周りに気にせずに会話を進める。
「うん、ありがとな。今週の日曜、また秋葉原にでも行くか」
「おぉ、やっぱり月島殿はわかっておられる!そうなんですよ、今拙者が懇意にしている芳文社のきららタイムズの展示がやっている真っ最中!これは是非とも行くしかない件について、デュフフ」
「あーでも、武田はそういうのあんまり興味ないよなー。すまん」
武田はぽかんとした顔をして、また次にニヤリと尾田と目くばせをして含み笑いをしあう。
「え、なに?」
ノリについていけず困惑していると
「ふっふっふ、確かに入学当初は全然アニメとかは見なかったんだがな、最近お前らのノリがうらやましくて尾田に教えてもらいながら見始めているのだ!
ごちうさ、ぼざろなんのその!そんなの尾田選抜アニメの大筆頭!
だから俺も秋葉原を楽しみにしている、というわけだ!」
周りの女子達からなんだか悲嘆にくれた声が聞こえる。
俺もなんだか陽キャの武田をこんなオタク色に染めて申し訳なりつつも、当の本人の満足気な顔を見るとまぁそれもありかなという気もしてくる。
そして武田をオタクの道に引き込んだ尾田はなぜか武田の後ろでふんぞり返っている。
威張る所ではないだろ、尾田。と思いつつもなんといってもこいつの知識はえげつないものを秘めているので
「じゃあ、その日曜当日さ。尾田に全部予定とか任せていいか?俺もきらら好きだけどその展示があるのも知らんかったわ」
「ふっふっふ、実はですな。こんなこともあろうかともうチケットがこの手に」
といって4枚のチケットを差し出してくる。
「おぉー!流石尾田先生!」
「まぁそう褒めるな、褒めるな」
「流石だな、おだっち!いや、師匠!」
おい、武田、あんまり尾田を付けあがらせるな………あぁ、もうだめだ。尾田はもうむゆう病患者のように気持ちよく立ちながら昇天する体勢に入っている。
………ん?4枚?
「おい、尾田。おーい!昇天するなー!」
俺は肩を思いきりゆすぶりながら大声で呼びかけるとようやく尾田は
「はっ!拙者はなにを?」
「おいおい、そこからかよ。まぁいいや、なんでチケットが4枚もあるんだ?」
「あぁ、それは月島氏の彼女の分でござるよ。拙者も月島氏が前から散々と言うから、気になっていた所存でござる」
にん、と人差し指を突き刺したポーズをして締める尾田。
俺は慌てながら否定する。
「おいおい、だからあれは彼女じゃなくてただの居候であってな!あと、俺ら3人水入らずでアキバに行った方がいいだろう?こんな変な女子なんか入ったらなんかそのあれだろ?」
「む、彼女じゃなかったでござるか。まぁでもいいじゃないですか、月島殿。拙者は女子がいたところで何も気にせぬ。それに話してみたいですしな!」
「そうだな、俺もツッキーの彼女とやらを一回見てみたかったんだ。これを機会に丁度いい。連れてきてよ、彼女。」
「だから彼女じゃないって………!」
「はいはい、わかったって。でも俺も尾田もそれぞれ彼女がいるんだし、別に取って食おうってわけじゃないから、そんなムキになるなよ」
「おおい!武田殿!拙者の場合、彼女ではなく嫁であって………、まぁ月島氏。拙者も武田氏と同じく、我が嫁は二次元であるが故三次元には決して興味はないから安心するでござるよ」
「いや、二人とも。そういうわけじゃなくてだな」
すると教室に教授の
「はーい、それでは実験結果の用紙を回収します!」
という声が響く。
それを受け武田と尾田は急いで戻ろうとするが、戻り際に武田は
「まー、彼女にこの件よろしく言っておいてくれ。まぁこれるならでいいよ!」
と言って去っていった。
俺はいそいそと実験結果を用紙に記入している間、もやもやした感情が胸に渦巻いていた。