第十五話
人の三大欲求の一つに性欲というものがあるわけなのだが、それは社会でまっぴらけにしてしまうと大事となってしまう。
その社会の枠組み内での小さなグループでもそれは共通認識であり、よって俺が今セクハラ行為について糾弾されていてもなんらおかしくもない。
はずなのだが、いかんせん大概怒った人の口からはまるでロジックが通っていないことがペラペラ出ることもあれば、話が堂々巡りをしていて全く要領がえないということもある。
ミノルに関してもそれは同じであった。
彼女はまるで変色した干し柿のようにどす黒い瘴気を醸し出しながら、顔は能面のように恐ろしく、また硬直して目は百獣の王のように鋭く
形容できないほど高い金切声で俺に向けて喋る、というより叫ぶのだった。
スティーブジョブズのスマホの演説が百点中の百点だとすると、彼女の話はマイナス百点、落第中の落第である。
俺は耳をふさぎ、あたかも聞いてないし、効いてもいないような顔をしてミノルとは逆の方向を向いていても
彼女は一向にえさを求める豚のようにピーピーと鳴く。
流石にやかましいし、そろそろ館内の人が着そうだったので、俺は少し策を講じることとした。
後ろには彼女がいる。俺は小学校以来やる後転に見事成功し、また彼女の例の起動スイッチをぽちっと押した。
すると瞬く間にミノルは倒れこみ、また違うミノルが人格として現れる。
そのミノルはおとなしかったが目はとても俺の心を騒がしくさせるくらい険しいものだった。
そして彼女は嫌悪の感情をこれでもかというくらいに声で表現して見せた。
「都合のいいときだけ、こうやって呼び出して。バカじゃないですか?早く誤った方がいいですよ?」
「いや、俺としては別にこっちのほうがおとなしかったらずっとこっちでもいいんだがな」
「ほら!そういうとこですよ!彼女が最近あなたに不満げなのはそれですよ!」
と指をさして大げさに言われたので俺は少しムッとなり、反論する。
「不満なところって、お前なぁ。服も買ってやったし、こんな旅行にも連れてってやった。しかも無償でだ。まぁ家事はしてくれてるかもしれないがな。しかも俺たちは付き合ってもいないんだぞ。
感謝されることはあってもいがまれるようなことは何もやっていない。
というか最近から俺に暴力をふるう回数が増えてきてないか?正直、居候の身でそれはあんまりだと思うぞ」
「うわぁ、器狭いですね………」
とかなりドン引きした感じで言われた。
「いや、立場関係的にどうなんだって思ってるだけだ。別に俺はそこまで問い詰めるつもりはない。だったら俺はとっくにお前を追い出してる」
「ふーん、あっそ。でもあなたは多少それについてどうなんだって思ってる節はあるってことでしょ?じゃあ付き合っちゃえばいいじゃない。それならセクハラだってこの子もきっと許してくれる。
というか喜んでる節もあるんだけど勝手に自分で心の壁を作ってるのよ、私、というか彼女はね。だから本心である私も最近なんだかブレーキがかからさってる状態なの。
だからお願い、あの子のためにも付き合ってあげて」
「嫌だ」
俺は手短に答える。そういえば前もこんなことがあったような。
ミノルは眉を顰め、
「ふん、いくじなし。せっかく私が助け舟を出してやったって言うのにさ。彼女のどこが気に入らないって言うのよ?」
俺は再度問い詰められる。だが言いたくないので黙っていると
「あっそ。じゃあすきにすれば」
と彼女はおもむろに乳首をつねり始めたので
「わかったよ、答えるから!」
と言って口でそれを制した。彼女は手を止め、聞く体勢に入った。
俺は簡潔に言った。
「ほかに好きな人がいるんだ。」
「………あれ?なんで私泣いてるんでしょう?え?あれ?旦那様?消えてる。どこに行ったんでしょうか?」
部屋での独り言が聞こえる。
あぁ、言わなければよかった。
部屋の外で聞く彼女のむせび泣く声がつらい。
俺は逃げるようにホテルから出た。