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第十一話

「もう練習しときましょうか?」

「…なにをだよ」

「そりゃああれですよ」

主語がはっきりしないうえに本人はハイテンションなのでその自覚がない、しかも俺たちが今いる場所は男たちが寡黙に丼をむさぼる聖地、吉野家なのだ。

厄介なことこの上ない。

しかし無視をしていたらこの始末である。

調子に乗らせないためにも、一度応じなければいけない状況だ。

くそ、親父どものうぜえかっぷるだなぁ、って目線が刺さって俺の精神はハチの巣だ。

早くこいつを置いて外に出ていたいが、俺の食べるペースはミノルの半分以下ときた。

普通逆だろう、全く。

「じゃあ行きますよー」

「はいはい、どうぞ」

「ビーフオアチキン?」

言っておくが俺はいきなり国内旅行から海外旅行に変えているわけではない。

ただ単にこいつがあほなのだ。俺はため息をつき、財布から千円札を二枚ミノルに差し出し

「黙って食………ってもう食い終わってるのか。じゃあお金あげるから会計してベンチにでも座ってろ」

と最初からこうすればよかったものの今になってようやくしてのけた。

すると瞬く間に俺の持っていた諭吉ははぎ取られ、また目の前で陽気に喋っていた少女はいつの間にか

向かいのコンビニで立ち読みをしていた。

なぜか空港にはよくある分厚いシリーズ一気読み単行本を黙々と読んでいる。

俺の部屋と言えばグラビアやらヌードやらが入っている週刊誌か小説しかないからな。

珍しいのだろう、いいことだ。

しかしあいつは小説を与えてやっても一ページを読んだだけで寝てしまうのにな。

今のハイテンションなあいつを黙らせるには漫画を与えればよかったのか、そういえばテレビも好きだったな。

そういう大衆向けの娯楽がお似合いなのかもしれない。

俺はまだ旅立ってすらいないのに相手の特徴を一つ掴むことになった。


 店員の睨みつけるような視線をスルーしつつ、会計をする。

そしてミノルの元へと向かう。

彼女はまだ、漫画を黙々と読んでいた。

「おい、いくぞー」

「はい!でも旦那様!」

「おい、その呼び方やめろってさっき家で確認したばっかだよな?」

「あ、そうでした。ご主人様!」

「ちげーよ」

俺は少し壊れた機械を修正するために叩いてやる。

すると治ったようだ、思い出したかのようににぱーっと顔をほころばせている。

「どうだ、思い出したか。言ってみろ」

「えへへー、忘れました」

…叩いたのがいけなかったのかもしれない。俺はそんな軽率な行動をした自分を責めつつ額を手で支えながらそのポンコツロボットに教えてやることにした。

「月島さん、だ。リピートビフォーミー、月島さん」

「月島さん、ですね。わかりました。あと月島さん」

「なんだ?」

「リピートアフターミーですよ。えへへー」

俺はこのにへら顔を横っ面からぶったたきたくなる衝動に襲われたが、そうするとまた壊れてしまうかもしれなかったのでやめた。

なので彼女の話の先を促すことにした。

「わかったよ。所で何の話をしてたんだ?」

「あっ、そうでした!この本本当に面白いですね!」

と言いながら片手でその本を握り締めるミノル。

もう片方の手は俺のポケットの財布に手を伸ばしていて

「って何をする!?」

「えーだから、これほんとにいいですよねって話です」

「違う!この手は何だと聞いている!」

「あ、すみません、自然と伸びてました。えへへー」

普段おりこうさんなペッパー君が突然欲望に満ち溢れて野獣へと変化した時のそのご主人様の心境を答えよ。

という問題が単元テストに出たとしたら俺は満点確実だろう。

答えは少しうれしい、だ。

俺はその野獣と化した彼女の頭をなでてやる。

「これが欲しいのか?ならそういえばいいだろう。これくらい買うのにはわけない」

「いいんですか!ありがとうございます!」

「いやいや、なんてことない。たかがこういうコンビニ本、六百円など」

俺も少しオタクとしての道を歩み始めてわかったことがある。

こういう他人からは変哲もないきっかけの時に初めてコンテンツに触れた瞬間とは非常にかけがえのないものなのだということを。

その瞬間をあまりに口惜しい結果や、あまり喜ばしくない結果にしては心に杭が残ってしまうのだ。

また彼女がオタクの道を歩みたいというのであれば、俺は止めない。

流石にガンアクション系の漫画、特にアフターヌーンの漫画が好きです!なんていうようになったら止めるかもしれないが

基本ジャンプ系の漫画であれば今の時代、共感者はかなりいるし、世間の目も大分マイルドなモノへと変化してきているのだ。

このご時世、逆にオタクというのは珍しくない。

ということからして俺は手元の海賊王を目指す少年の物語を笑みを含みながら見つつ、またレジへと運ぶのであった。

そしてその本をレジで会計して、後ろの彼女に渡した時の顔と言ったら二度と忘れられないだろう。

また、こんな喜怒哀楽があるロボットとはロボットなのだろうかという疑念もまた心に残った。

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