外典Ⅲ アナザーヒストリー
「その昔、世界が滅亡に瀕した時、一人の少年が、龍神様を操り、この世界を救った。その後少年は、とある少女と出会い、やがて二人は夫婦となった。そして子供をこしらえ、その子らは世界中へと散っていった…」
少年タツは祖父の言葉を聞いてうんざりとしていた。
「その後に山奥に定住して、そこで双子を産んだ。そんでそいつらがアマテル族とツキミヤ族の争いの発端なんでしょ」
救世主が世界の崩壊を防いだ龍神大戦後、救世主は七人の男子を授かった。長男から五男までは、世界の果てを目指し旅立った。
残った双子は、互いにアマテル、ツキミヤと名付けられた。常に仲の悪かった二人は、アマテルが絶縁という形で故郷を去った事で仲違いした。
それから数百年後、アマテルの子孫であるアマテル族が、ツキミヤの子孫であるツキミヤ族を、聖なる地である故郷奪還の為に襲い始めた。
それにより島を南北に分かれていた形の統治形態だったものが、ツキミヤ族は北方の盆地にまで追いやられてしまった。
タツは口癖のように祖父に言っていた。
「アマテルの奴らは、俺が倒すからさ」
タツと彼の祖父は2人で暮らしていた。祖父が足を悪くしてからは、タツが獣を狩り薪を割りと、家事の全般を行っていた。
ある晩、夕食を終えると祖父は神妙な顔つきでタツに切り出した。
「タツ、そろそろお前に言っておかなくてはいけないことがある」
抵抗したタツだったが諦めて聞くことにした。曰く、「ツキミヤ族の生き残りは、まだ他にもおる。だがわしらは、訳合って会うことは出来ない」とのことだった。
「ついて来なさい」
祖父の後に続くと、今まで立ち入りを禁止されていた部屋に通された。
「これが原因だ」
祖父はタツに石板を見せた。そこには何かが刻まれていた。祖父はその石板を書と呼んだ。それこそが救世主様の生涯、アマテル族とツキミヤ族の対立…つまり世界の全てを記す物であった。
かつて、まだツキミヤの仲間達と暮らしていた頃、祖父は夢を見た。それは書の始まりから終わりまでの物語だった。そして夢の中で、大いなる存在から一連の出来事を書き残すことを命じられた。
祖父は目覚めると夢の話を仲間に打ち明けた。誰もその話を信じなかった。しかし、話を聞いた者たちが順番に死んでいった。村の者たちは祖父が救世主様を冒涜したせいで祟りが起きたと騒いだ。
祖父はタツの父と母と共に、仲間のいる村を離れた。ほどなくしてタツが生まれ、父と母も死んだ。
祖父は書によって多くの人の命を失ったが、それでも書き続ける手を止めることはできなかった。
タツにその話をしながら、祖父は泣き崩れた。そしてタツに告げた。
「タツ、お前に頼みがある。わしももう先は長くない。だからお前に書を完成させて欲しい」
タツは困惑した。そもそも文字すら知らない彼はその頼みを断ろうとした。祖父は続けた。
「わしが死んだら、わしを食え。さすれば能力が継承される」
タツは祖父の真剣な眼差しを見て断ることができなかった。
翌日、タツが狩りから戻ると祖父は死んでいた。
タツは祖父の言葉通り、祖父を食べた。しかし書を読むことは出来ず、夢を見ることもなかった。
さらに翌日、タツは鳥を追いかけて禁じられていた壁を登っていた。そして登った先で、一人の少女に出会った。
イノシシに襲われたタツと少女だったが、タツは少女をかばって気を失った。
タツは夢を見た。トカゲ顔の人間、火山の噴火、銃、スラーヴォ、ドラゴン、ドラゴニュート。
何故かタツはその名前を知っていた。
次に目を覚ました時、タツは家の中にいた。そばには先程の少女がいた。少女は名をアキといった。
タツの境遇を知ったアキの提案で、タツはアキの家族と共に暮らすことになった。
一夜明け、書を取りに帰ったタツはその内容が読めることに気づいた。その瞬間、タツはトランス状態に陥った。黒曜石でできた筆を手に取ると頭に浮かんできた言葉を石板に綴った。
ドラゴニュート。神カラ賜リシ龍王ノ血。
ドラゴニュート。龍ヲ操リ世界ヲ統ベル者。
ドラゴニュート。ソノ姿ハ人。
ドラゴニュート。絶望ノ淵ニ龍ガ出デル。
タツの手が止まった時には夜になっていた。急いでアキの家に戻ると、村一体に火が放たれていた。
ツキミヤ族のその村はアマテル族の襲撃に会っていた。タツは怒りのままにアマテルの兵士を殺すも、すぐさま捕らえられてしまった。
将軍グランデは子供にして大人の兵士を2人殺したタツを気に入った。抵抗したタツを気絶させると背中に背負い、号令とともに撤退を始めた。
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タツは夢を見た。
抱き抱えられる、二人の子。
「この子には、協力して龍神様が守って下さった土地を納めてもらおう。よし、この子達の名は、アマテルとツキミヤ」
木に登る子。
「アマテル!何をしているだ!早く降りて来なさい!全く。もう私たちの先はそう長くはない。だからいつまでも遊んでいないで、いい加減大人になれ。ツキミヤのように」
残された、二人の子。
「何してるんだ!アマテル!」
アマテルは、ツキミヤに弓を見せた。
「見ろよ。これを使えば、空を飛ぶ鳥を狩れる」
「何言ってるんだ!あれは神の使い、神聖な動物だ。僕達とは違って、空をも飛ぶことが出来る。なのにお前は、それを食おうとしたのか?ふざけるのも大概にしてくれ!」
ツキミヤは弓を取り上げ、アマテルの目の前で折った。
「お前…!よくも!」
アマテルは立ち上がり、ツキミヤを殴った。ツキミヤが倒れる。
「母上に…言いつけてやる!」
「勝手にしろ」
怒られる子。
「アマテル。いい加減にしなさい。父様が亡くなって、お前たち二人で龍神様が救って下さったこの村を守っていくんだよ。いつも言っているだろう?なのに、どうしてお前はツキミヤと仲良くしようとしない?」
「え?だって…悪いのはツキミヤじゃないか。俺はただ、新しい武器を…」
アマテルの頬が短く鳴った。
「ツキミヤが悪いわけ無いだろう?全部、あんたが悪いんだよ」
旅立つ子。
「待て!そんな荷物と、家族を連れて、どこに行く気だアマテル!」
ツキミヤに呼び止められ、アマテルが立ち止まる。
「お前たちの、いない所だ」
アマテルはそう呟き、走り出した。そして二度と、振り返る事は無かった。
タツはアマテルが報われればいいなと遠くから眺めながら思った。
アマテル族の軍勢は都に戻った。
タツはアマテルの女王イサコに献上された。書を目にしたイサコはタツをアマテル族に迎え入れた。
グランデの住む洞窟で眠りについたタツは、目を覚ますと龍神の上で風を切っていた。
龍神は青い空から一転、急降下を始めた。地上は地獄絵図だった。至る所で火が立ち上り、地面は血で染まっていた。男、女、子供、あらゆる人の悲鳴が、タツの耳を突き刺した。
龍神は言った。
『コレハ未来ノ可能性ノ姿ダ。コレハ愚カナ人間共ガ、非ナルモノヲ拒ンダ結果ダ』
龍神はどんどん落ちていく。赤く染まった地面に激突する瞬間、タツは目を閉じた。
満月の夜、タツはイサコに呼ばれて神殿に赴いた。
そこはイサコがまじないを行うところだった。イサコはタツに書に似た石板を見せた。タツはその文字を読んだ。
世界ガ別レ、戦場ト化ス。炎ハ天マデ昇リ、絶望ノ悲鳴ハ、雷鳴ノ様ニ鳴リ響ク。最後ノ希望ハ、月ト日。其ノ二ツガ交ワリ、重ナル時、葛掻ヲ奏デ、始マリト終ワリノウタヲ、上ヲ月ガ、下ヲ日ガ読マン。サスレバ全テハマタ一ツトナルダロウ。
そしてその文の下にはウタが記されていた。
アカハナマ
イキヒニミウク
フヌムエケ
ヘネメオコホノ
モトロソヨ
ヲテレセヱツル
スユンチリ
シヰタラサヤワ
「読めましたか?」
静寂の間を破るようにイサコは口を開いた。タツは尋ねる。
「はい。ですが、世界が別れるっていうのは、どういう意味なんですか…?」
「アマテル族とツキミヤ族の争い。それは全ての根源にあるものと言ってもいいでしょう。アマテル様が故郷を去った後、アマテル族内で争いが絶える事はありませんでした。ですが、ツキミヤを滅ぼすという共通の目的のお陰で、なんとか均衡を保っていられたのです。しかしツキミヤ族が壊滅状態に陥った今、アマテル族も同時に壊滅の危機に瀕しているのです。それを救えるのが、あなたと私。今日の早朝に、月と日が交わり合います。全ては今日の為にあるのです」
イサコはそう答えた。しかしタツは「だから私は、ツキミヤを滅ぼす命を…」という呟きを聞き逃さなかった。
タツは考えた。
――全ては、争いを無くす為の争い…。ならば、アキやツキミヤ族の人々は、死んでも良かったのだろうか…?そんな事はない。でも、皆の命の為にも、俺はやらなければならない。
――――――――――――――――――――
月ト日トガ重ナッタ。空ニ、金色ノ輪ガ浮カブ。時ハ満チタ。地ニ浮カブ月ト日トガ、ウタヲ唄ウ。
「アカハナマ」
「イキヒニミウク」
「フヌムエケ」
「ヘネメオコホノ」
「モトロソヨ」
「ヲテレセヱツル」
「スユンチリ」
「シヰタラサヤワ」
始マリト終ワリノウタ。皆ノ心ニ響クウタ。言葉ノ壁ヲ超エタ者達ガ手ヲ取リ合ウ世界。
【次回予告】
〈第肆章 運命超動篇〉
銀河の消滅。封印されし闇の復活。自由の為に戦う組織、シュリンター。宇宙の平和を、王の安全を守る組織、ガルディオ。
そして明かされるアカシックレコードの謎。
少年は立ち上がる。己の欲するものの為に。