第陸章 森羅回帰篇 Part2
草原に少女が倒れていた。
少女は体を起こした。
「あれ、ここはどこ?」
空が、周囲全体が、黄色かった。すごく、温かい。なんだかふわふわする。
「あら、お客さんだなんて珍しい。ここは未練を残して死んだドラゴニュートの魂が集まる場所。あなた名前は?」
黄色い霧の向こうから声がした。
少女は振り返る。
「…ティナ・イ・オディオ。あなたは?」
霧が晴れ、赤髪の少女が現れた。
「私?私はビオロ」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
アブドとシオンが発見したカルス石の鉱脈により、バーバル街は急速に豊かになっていった。
そしてカルス石商売の功労者である元肉屋のウィルは街の総督になっていた。
ウィルはアブドも救世主と呼び、自身の豪邸でもてなした。
アブドはウィルに人を探していることを伝えた。どうやらまだその店は残っているようであった。ウィルに案内され、アブドはマギデットという名の老人の店を訪れた。発展したバーバル街の中でマギデットの店だけが何一つ変わっていなかった。ひどく場違いのように見えた。
アブドは暖簾を上げ、店の中へと入った。相変わらず机が一つとその上に砂時計が一つあった。
「おや、久しぶりだのう。店の前が騒がしいと思ったらやはりお主でしたか。いやはや、これはまた逞しくなられて」
マギデットはカラカラと笑った。アブドは机の上に森羅光封剣を置いた。
「この剣にはドラゴフォースが封印されている。その封印を解きたい」
「これは、森羅光封剣。かつて主様が使われておったのう」
「…まさかアンタ」
「ほう、中々の洞察力が身についたな。そうじゃ。わしは元十二神将の一人、クバラことマギデットじゃ」
元十二神将のマギデットですら、森羅光封剣については知らないようであった。次にアブドはアカシックレコードについて尋ねた。マギデットは笑った。
「いいことを教えてやろう。お主は勘違いをしておるようじゃが、アカシックレコードなどという書物は存在しておらぬ」
老人は続けた。
「アカシックレコードを読むということはアカシックレコードを感じるということ。このことはプラヴィーロレコード然り。書物であるという固定観念に縛られてはなりません。見るに、お主はあまりにもたくさんのものに縛られ過ぎておる。これが過去に忠告した困難ということよ。いいか、本質を見失ってはならん。命を懸ける価値のあるお主の真の願いを忘れてはならんのじゃ」
結局、マギデットですら分からないとのことだった。そしてあっさりと自らの秘密を明かした。
「わしはレコーダーといってな、自らの意思でアカシックレコードに繋がることが出来るのじゃ。しかし読み取れることは大きな流れのみ。それでお主を占ったわけじゃよ。これまでも長いこと繋がってきたが、わしにもその正体は分からぬ。プラヴィーロレコードは、光龍王ドラゴフォース様に関係するものと聞いておるが、未だ目にしたことはございませぬな」
突如、轟音と衝撃がバーバル街に響いた。
「来おったか」
「え?」
「この場所で変化があることは読み取れておったのじゃ」
アブドは音のした方に走って行った。
そこではウィルがドラゴギヴィルに襲われていた。アブドは森羅光封剣を構えた。
「まぁ待てよアブド。俺の力をその目で見ただろ?ここ一体の人間全て殺すことだって出来るんだぜ?」
「くっ…」
アブドは剣を見た。そしてそれを地面に突き刺した。
「偉い子だ」
土から現れた四匹の龍がアブドの手足を拘束した。
突然、ウィルの左腕が落ちた。
「ぐぁぁぁッッ!」
ウィルは傷口を押さえながらしゃがみ込んだ。
「腕一本くらいで…。君にはもっと鳴いてもらわなくちゃいけないのに。うーん、もうちょっと増やすか」
デトルートは龍を増やし、数十人を空中に持ち上げた。
「おーい、アブド。今からこの人たち全員殺したら、絶望してくれる?」
ドラゴゲネシスの肉体の修復効果を知ったドラゴギヴィルは彼を内面から壊そうとしていた。
アブドは四匹の龍をその首ごと引きちぎり、森羅光封剣を掴んでデトルートの元へ駆け出した。
「動くなよ」
デトルートがそう言い放つと、アブドの手足は付け根から切断され、四肢のないアブドは倒れた。さらに龍がアブドの体を固定した。
「オールハトゥーム…力を…貸してくれ…」
アブドは言葉を絞り出した。
『何故ダ』
「奴を…殺ス…ッ!」
『断ル。貴様ノ私怨晴ラシニ付キ合ウツモリハナイ』
「私怨…ナンカじゃ、ナい…!」
『ナニ?』
「オレは、俺ハ、俺は…!3人の想いを…受け継いで…!」
「堕ちろッ!ドラゴゲネシスッ!」
デトルートが叫んだ。
「世界を救う!」
轟く雷鳴。雷が空を裂いた瞬間、デトルートの胸を森羅光封剣が貫いた。
閃光が煌めき、アブドは目を瞑った。
『マダココマデノ力ガ残ッテイタトハ』
アブドが目を開くと、目の前に光り輝く龍がいた。
「お前は…ドラゴフォース…?」
『ソウダ。ドラゴゲネシス、貴様ニコノ力ヲ譲ル』
「ドラゴフォースの力を?」
『私ヲ剣ニ封印シタノハ、ドラゴフォースノ力ヲ支配シヨウトシタカツテノドラゴゲネシスダッタ。ソレ以来私ハ、利用サレ続ケテキタ。アブド・デ・へルート。オ前ノソノ覚悟、決シテ忘レルデナイゾ』
そう言い残して、目の前の龍はゆっくりと消えた。
「ああ。ありがとう」
再び目を開くと、森羅光封剣が刃を向けて顔の前に迫った。
「全ては心の中。固定観念に縛られるな。光を封じた森羅光封剣こそが、光を記すプラヴィーロレコードだ!」
刃の付け根を噛み砕くと、アブドは光に包まれた。翼が生え、以前より広がり、手足が一瞬のうちに再生し体は二回り程巨大化した。
拳を地面に叩きつけると、ドラゴギヴィルの真下から数多の剣が飛び出し、龍の体を貫いた。
そして次の瞬間、仁王立ちするアブドの後ろに、囚われた者たちはいた。
「何!?こんな一瞬で!まさか、光より速く動けるというのか!?」
「ドラゴギヴィル、覚悟!」
アブドは地面を蹴った。その手に握られた森羅光封剣でドラゴギヴィルに斬りかかる。
デトルートは龍を出現させ盾にするも、アブドは次々と切り裂いていった。
剣先を、龍が突いた。アブドの手から剣が抜けた。
「ウオオオオォォォォッッ!!」
アブドはそのまま拳を握りしめデトルートの頬を殴った。
その瞬間、アブドの脳内に声が響いた。
『タケル、今マデ、アリガトウナ』
『タケル、今まで、本当にありがとうね』
『もう、いいの。タケル、ありがとう』
――何なんだこれ…記憶?
デトルートの右腕がアブドの首まで伸びた。首の骨が折れる音がする。
「あアアああアあァァァッッ!アアァァッ!」
翼が空気を押す。腰から生えたパワードスーツの左右の噴射口が火を噴く。
「ダァァァァアアアアッッッ!!」
アブドの右腕に乗った全ての力がデトルートを空の彼方へ吹き飛ばした。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
アブドは気を失い、そのまま落下した。
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アブドは目を覚ました。前の前の闇の中、一つ瞬きをするとそこは赤茶色をした荒野へと変わった。
荒野の土の上に少年が倒れていた。
ふと視界に、黄色い光が映った。顔を上げると、少年の頭上には龍がいた。龍が飛び立つと、黄色い光線は少年に当たる直前に屈折した。
『タケル、今マデ、アリガトウナ』
しかし龍に、その光線は直撃した。
「ボルケーノォォォォォォォォ!!!!」
龍の声はアブドがデトルートとの戦いの中で聞いた声だった。
「アアアァァァアアッッッ!!!」
少年に目を向けると、彼は龍の肉を引きちぎって食べていた。
「コロスッ、コロスッ、コロスッ!ウガァァァァッッ!!グァァァァッッ!ガァァァァァァッッッ!!」
アブドはタケルが覚醒する瞬間を目の当たりにした。
「コロシテヤルッッ!」
もう一度瞬きをすると、うずくまるタケルと、十字架にかけられた女性が目に入った。
その女性は首と手足とが切断され、落下した。
「サイトウさァァァんッッッッ!!!!アァァァァーッッッッ!!!!!」
瞬きをすると、また景色が変わった。
「タケル…」
タケルの名を呼んだ少女が手を伸ばす。
「…!…やめっ…」
「もう、いいの。タケル、ありがとう」
「ビオ、ロ…ッッ!」
「最後に言い残すことは?」
ビオロは何者かに銃口を突きつけられていた。
「私は…本当に、タケルが…大好きよ」
「ははは、最後まであざとい女だ」
三発の銃弾が、ビオロの頭を吹き飛ばした。
「アアアアァァァアアアアアッッッ!!!!」
アブドはブラックホールに落ちていくタケルを目にした。空間が歪み始める。意識がぼんやりとしていった。
「目が覚めたか?」
「…あぁ。…あんたは…誰だ?…いや…俺は…誰だ…?」
薄れゆく意識の中で、タケルの声を聞いた。
「俺はドミナード。そしてお前は、デトルートだ。おいおい、忘れちまったか?俺たちは共に野望を抱いた仲じゃないか」
――デトルート…。そんな…!
「野望?」
「あぁ。この宇宙を、支配するってな」
――ダメ…だ。お前はタケルだ。ドラゴギヴィルに…負けるな…!
「…そう…だったな」
「さぁ、始めようか」
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アブドは目を覚ました。療養を受けていたアブドは起き上がるとマギデットの店に向かった。
「俺、ドラゴギヴィルと戦った時に声を聞いたんです」
アブドはマギデットに声と、そして夢で見たタケルの記憶の話をした。マギデットは言った。
「なるほど。繋がりましたか。アカシックレコードに」
アブドはマギデットに言った。
「俺はタケルを助けたい。タケルを助けられれば、ドラゴギヴィルを魂まで還元できる。再封印が可能です」
「話を聞くに、タケルの心は酷く憔悴しております。彼の心に語りかけ、呼び戻すことができればあるいは」
「心に…でもどうやって?」
「やはり尋ねるしかないでしょう。アカシックレコードに」
マギデットの教えのもと、アブドは瞑想していた。
「何が見える?」
「…ドラゴギヴィル。…液体が噴き出している…血だ。…青い血や…白い血…男も…女も…子供も…ウィル?」
アブドははっと目を開けた。
「奴がまたここに来る。俺を狙って。どこか遠くに逃げないと!」
「話は聞かせてもらったわ」
暖簾を上げ、一人の女性が店の中に入ってきた。
「アロン…さん…」
アブドとマギデットはアロンと共にバーバル街を離れた。辺境の惑星カニーツへと逃れる最中、3人は無の境界線に遭遇した。
マギデットはアブドに教えた。
「全ての銀河は繋がっているのです。銀河が崩壊する時、エスタルダストが他の銀河に供給されます。そしてそのエスタルダストを元に、新たな銀河が誕生するのです。しかしある時、崩壊ではなく消滅した銀河がありました。それがポイント・ミデン。宇宙の端にあったその銀河から、連鎖的に銀河の消滅が始まりました。そうして生まれたのが、無の境界なのです。無の境界の先にはその名の通り、何も存在しないのです」
そのポイント・ミデンこそがタケルがブラックホールを喰らった地、ドミナードが封印されていた銀河、天の川銀河であった。
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それは突然起こった。レグーノに"星"が降った。
レグーノは突如、暗雲に包み込まれた。
バーバル街庁舎が倒壊した。周りに人だかりができた。
鋭い破裂音が響き渡った。
地面から炎の龍と氷の龍が飛び出した。
人々は大きく開いた龍の口に噛み砕かれた。後には骨すら残らなかった。
火柱がそこここに立った。街は炎に包まれた。
「テメェ!この前の野郎だな!」
大男が鈍器で襲いかかった。ドラゴギヴィルは頭を掴み、潰した。青い血が飛び散った。
ドラゴギヴィルは歩き出した。そして目に入った人々を一人ずつ撫でるように殺していった。
男の四肢を捥ぎ取り、女を切り刻み、子供を踏み潰した。
ドラゴギヴィルは星々を渡り歩いた。
パシフィスの塔が激しく燃えていた。
ドラゴギヴィルは広場に寝転び、その様子を眺めていた。
「つまらないな」
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アブドがカニーツで瞑想を始めて数日、未だアカシックレコードに繋がることはなかった。
アブドは夢を見る条件、今までアカシックレコードに繋がってきた時のことを思い出した。そして川底に沈むと、気を失うまで潜り続けた。
次に目を覚ました時、アブドは漆黒の中にいた。
突如、目の前が光り輝いた。現れたドラゴフォースはアブドに説いた。
「コノ宇宙ニ一ツダケノ物ヲ消セ。ソレハコノ為存在スル。オ前ハ既ニ相対シテイル。ソレガゲートトナル。ゲートヲ使イ、カルディアニ行ケ。ソコニビオロガイル」
カルディアに行くにはゲートとなるものを破壊する必要があった。アブドは俯いた。
「ドウシタ?」
「ゲートの候補で思い当たることがあるんだが、そしたら俺はまた…」
「龍王ノ力ヲ持ツ者ノ定メナノカモナ。コンナ悲劇、終ワラセテシマエ」
「ああ。そうだよな。お前もそう思うよな」
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アブドはマギデットと面と向かって座っていた。
「俺はゲートが、あなただと思うのです、マギデッド。世界に一つだけの存在、それがレコーダーでしょ?」
「ご名答。私は宇宙の誕生と共に生まれました。アカシックレコードの叡智を人々に伝える為。そして、この時のために。私を殺せるのはドラゴゲネシスであるあなただけ」
アブドは頷いた。突如、アロンが血相を変えて戻ってきた。
「主様!見つかりました。裏十二神将です」
アブドとアロンはマギデッドに続いた。アブドとマギデットが入っていく洞窟を死守するとアロンは約束した。
マギデッドは正座して目を閉じた。
アブドは右の掌でマギデッドの目を隠した。
マギデッドは倒れた。腹から無数の管が中央のくびれで繋がった砂時計が出現し、アブドの目の先で静止した。
砂時計の管の一つが破裂し、砂が溢れ出た。砂は洞窟内を覆い尽くし、新たな空間を形成した。
アブドは目を開いた。
空が、周囲全体が、黄色かった。すごく、温かい。なんだかふわふわする。
「ここが…カルディア…?」
「そうよ」
聞き覚えのある声がした。俺は振り返った。
「初めまして。私はビオロ。あなたのことは知ってるわ。アロン・デルート・ケイサル君」
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――――――――――――――――――――
「お久しぶりです。元リーダー」
アロンの目の前に裏十二神将が立ちはだかっていた。
アロンは十二人の将の顔を一人ずつ眺めた。
「メキーラ、マジラ、シャンディラ、バジュラ、インドラ、ハイラ、マハーラ、シンドゥーラ、チャトゥラ、ヴィカーラ。それにあなた達が、新しいクビラとアンディラね」
アブドを探す裏十二神将と死守すると誓ったアロンが激突する。
戦いの最中、アロンは投げ飛ばされてしまった。
「リーダー、あなたに人を指揮する素質はなかった」
「散々こき使われた挙句の果てがこのザマです。お分かりですか?」
「王を裏切っておいて…よくそんなことが言えるわね…」
「裏切る?いいえ。あなたは勘違いをしておられる」
「正体を偽った獣が入り込んだ。それを駆除しようとしたまでです」
「なのにあなたは、我々を壊滅にまで追いやった」
倒れ込んだアロンは十二人に囲まれた。
「これはその腹いせです」
「復讐です」
「殺すだけでは生ぬるい」
「半殺しにして、あの時の苦しみを味わわせる」
アロンは十二人に身体中を踏みつけられた。
右手を伸ばし森羅光封剣を手に取ろうとした。
「そうはさせませんよ」
森羅光封剣の刃が砕けた。アロンのもとに転がった剣の柄の刃の根本をアロンは舐めた。
「アロン…様!」
轟く雷鳴。十二人が浮き上がった。翼が天にまで伸びるように広がった。頭には角が、腰には尾が生えた。
「ガッッ…ガァアアッッ!ガアアアアアアッッッ!」
アロンの咆哮が響いた。
「対抗を。御力を解放するのだ」
裏十二神将の背中からも翼が生える。それぞれの体の一部が硬化し、鋭く尖った武器と化した。
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ビオロはアブドの過去を語った。
「先代王、アヘド・ビフォア・ケイサルの長男でアレク・モナク・ケイサルの兄。アカシックレコードで見なかった?」
「いや、全く」
「そう。私は見せられたわ。この為だったのね」
アブドはビオロに眠らされた。目を覚ますと、ティナの膝の上にいた。
アブドは飛び起きた。
「ななななんでここに?」
「私も分からないけど、気付いたらここに」
「そっか。何て言うか…また会えてよかった」
ビオロも連れ戻そうとするアブドにビオロは言った。
「本来肉体に入る魂は一つだけ。だから魂の継承を行う。力を次の世代に移す。ドラゴプロクス、ドラゴイードルという二つの魂を持ち、天の川銀河のエネルギーを取り込んでいる今のタケルは非常に不安定な状態にある。そこに多大なショックを受けたことで彼の自我が失われてしまった。ドラゴギゥイルに操られてしまった。一刻も早く行きましょう。タケルを助ける為に」
アブドは立ち上がった。
「始めよう。ビオロ」
「ええ」
ビオロの肉体は胸の中心に凝縮し、一つの玉となった。空中に静止するそれを、アブドはつまんで飲み込んだ。
「じゃあ、行ってくるよ。ティナ」
二人はゲートの前に戻った。
「私が行ったら、肉体がないから消滅しちゃうのよね」
「…うん」
「ねぇ、アブド」
「どうした?」
ティナはアブドの頭に手を回し唇を合わせた。
「私はあなたを殺さないといけないのに…こんなのおかしいのに…でも…でもね、本当は入団試験で守ってくれた時からずっと…だから…だから…忘れて…」
ティナはアブドの胸に顔をうずめて震えていた。
アブドは二度、ティナの背中を優しく叩いた。
「全て終わらせて、必ず戻ってくる」
ティナは顔を上げた。その顔は涙で煌めいていた。
アブドはティナから離れた。
「忘れるもんか」
アブドはゲートの中に消えた。
「アブド、いってらっしゃい」
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アロンは剣の柄を握りしめて刃を再生させると、裏十二神将を一人ずつ殺していった。
そして12人を全て殺すと洞窟の入り口の前で倒れた。
アロンは夢を見た。それは懐かしい、かつての思い出であった。
少女に名はなかった。少女はタルタニッドという男の言うがままに人を殺した。
「次はこの男を殺せ。王子だ」
少女がアロン・デルート・ケイサルを知ったのはその時だった。
少女はアロンに見つかった。そして牢に入れられた。少女の牢にやってきたアロンは言った。
「まだ幼い子供なのに、こんなのあんまりだ」
アロンは少女に温かい食事を与えた。それから2人の交流が始まった。
あくる日、アロンは少女に尋ねた。
「どうして僕を襲ったのか、聞かせてくれるかな?」
少女は全てを打ち明けた。それは決して許されることではなかった。アロンはその告白に涙を流した。
「これは僕からの提案だ。君が人の命を奪ってきたその罪は消えない。でも償うことはできる。君のその力を、人を守ることに使ってくれないかい?」
――人を…守ることに。アロン…様を、守ることに。
「私やります。この命に変えても、アロン様をお守りします!」
それは少女に初めて芽生えた自我だった。
そして反対する両親にアロンが逆らったことも初めてのことだった。
その後少女は当時のアンディラだった先代に見そめられ、アロンの護衛をしつつ十二神将となった。
「晴れて公認となった訳だし、いつまでも君は良くない。名前を付けてあげないとな。何かある?」
「アロン様が付けてくださる名前がいいです」
「うーん、それじゃあ…君は…」
「アイ!」
洞窟のあった崖が吹き飛び、ゲートが閉じた。
「アロン…さま…?」
アブドはアイに駆け寄り、倒れているアイの背中に手を回して起こした。
「こんなに、ボロボロになって」
「思い出して…くれたのですね…」
目の先に砂柱が立った。
「探したよ。アブド」
「ドラゴギヴィル!」
アブドは右腕を伸ばした。高さ30メートルはゆうに超える巨大な壁が、真横に際限なく広がった。
「全部見たよ。俺の存在が全宇宙の記憶から抹消された後、アレクの命で十二神将に殺されかけた俺に危害が加わらないように、セメラムズ監獄に匿ってくれたんだな。朦朧とする意識の中で、俺を忘れまいとアイの人格を消してまでアロンとして生きてくれたんだよな」
「ぜんぶ…アロン様の…ためです…」
アブドはアイを抱きしめた。
「ありがとう。アイ。よく頑張ったな」
「あ…あぁ…アロンさまぁ…」
アイの両目から涙が溢れた。
「…アロン様…もう一度お顔を…見せてください」
「ああ。いいよ」
アブドとアイの目が合う。その瞬間、アイの唇がアブドの唇に触れた。
「ぜんぶ…アロン様の…ものです…から…」
アイは笑った。アブドはもう一度アイを抱きしめた。
アロン・デルート・ケイサルの胸で、アイは事切れた。
目の前の壁が崩れていく。ドラゴギヴィルが再び姿を見せる。
「焦らすなんて酷じゃないか」
ドラゴギヴィルは拳を地面に打ちつけた。カニーツが惑星の核から吹き飛んだ。
宇宙空間の中で、ドラゴゲネシスとドラゴギヴィルが向かい合った。
「お前を殺して、この宇宙を支配する」
「お前を殺して、この宇宙を救い出す」
2人の、宇宙の命運をかけた戦いが始まった。
ドラゴギヴィルは指差した。
「見ろよアブド。無の境界線だ。あれに飲み込まれれば、何もかも無くなるんだ。なら同じことじゃないか。俺が全てを破壊しようが。そこにあるのは消滅までの時間の差だけだ。それも微々たるものにすぎない。なぁ、アブド。いいだろ?」
「いい訳あるか。命を奪うことを正当化する理由なんか無い。それにお前は、何が不満なんだ。俺は分からないよ。俺はあの日見た輝く宇宙を今でも覚えている。あの景色が、お前の目にはどう映るんだ」
「光が創った世界なんて、それだけで破壊する理由には十分だろう。アブド、俺はずっと辛かったんだ。誰からも必要とされず、存在しているだけで憎まれ、恨まれ、全ての罪は俺のものとなった。いらないよ、こんな世界」
アブドはドラゴギヴィルを追い詰めた。
頭頂から股まで、ドラゴギヴィルの体が左右に裂けた。
そして中から、真っ黒な腕が2本飛び出した。
腕はアブドの背中に回り、アブドをドラゴギヴィルの体へ抱き寄せた。
アブドはそのまま、ドラゴギヴィルの体内へ吸収された。
――――――――――――――――――――
かつてビオロは言った。
「方法は一つ。私の魂を飲み込み、あなたがドラゴギヴィルに喰われるの」
ドラゴゲネシスとドラゴフォースの力が無意識のうちに働かないように、体力を限界まで消費する必要があった。
――そうか。俺はこの時の為に、アロン・デルート・ケイサルとして、アブド・デ・へルートとして生きてきたのか。
アブドは瞼を開いた。
目の前に、両手足を先の見えない長い鎖で繋がれた少年がいた。
「起きろ。タケル。迎えに来たぞ」
『タケ…ル…?誰だそれは。僕はデトルートだ』
アカシックレコードで見た記憶と、同じ声が脳内に響いた。
「いいや違う。君はタケルだ。君はドラゴギヴィルに、ドミナードに操られている。俺はそれを止めに来た」
『駄目だよ。ここにいろと言われているんだ』
「そうか」
アブドは自分の胸に手をめり込ませた。そして中から赤い球を取り出した。
「ここからは君の出番だ。ビオロ」
アブドが赤い球から手を離すと、魂を起点としてビオロの体が出現した。
「ここまでありがとう。アブド」
「ああ」
ビオロはタケルの顔に両手で触れた。
「タケル。起きて」
「無理だよ」
また別の声が響いた。
「ドミナードッ!」
「デトルートは俺のものだ」
「そうはさせない。絶対に助ける。ビオロ、頼んだぞ」
「任せて」
「ティナと約束したんだ。全て終わらせて、必ず帰るって」
アブドはドラゴギヴィル近づき、殴りかかった。
「タケル。起きて!アブドが戦っているのよ。あなたも!」
『僕はタケルじゃない。君は一体誰だい?何故僕に固執するんだ』
ビオロはタケルの体を抱きしめた。
「天の川のブラックホールで、私を蘇らせる方法を探していたのよね。全部見たわ。あなたはずっと、私の為に戦っていたのよね。ありがとう。ありがとうタケル。お願い。帰ってきて」
二人の足元にアブドが転がった。
「お前じゃ俺に勝てないんだよ。アブド」
「気にするな…続けてくれ、ビオロ」
「タケル…あの日の…続きを。私に、幸せをくれてありがとう」
「まとめて消し炭にしてやる。消えろ!」
ドミナードが黒炎を吐いた。
アブドが立ち上がり、炎を受け止めた。
ビオロはタケルの唇にキスをした。
鎖に亀裂が走る。そして粉々に砕け散った。
タケルは目を覚ました。
「ビオ…ロ…?」
「タケル!」
「ここは…どこ?」
「ここは君の心の中だ。初めましてだな。タケル」
「君は?」
「俺はアブド・デ・へルート。ビオロと一緒に、君を助けに来た」
「そんな…そんな…!」
「お前の負けだ。ドミナード」
「いいや違う。アブド・デ・へルート!貴様の体は俺が吸収した。龍王の力は全て俺の下にある。ここでお前ら全員殺せば、何も問題はない!」
「させるか!」
アブドは再びドミナードに襲いかかる。
「タケル。あなたも戦うの。アブドを助けるの」
「うん」
タケルは真っ白な地面を蹴った。
ドミナードの蹴りがアブドの腹に入った。
後方に飛ばされるアブドの背中に触れ、勢いを殺した。
そしてドミナードの鼻先に右拳を叩きつけた。
ドミナードが吹き飛んだ。
「ありがとう。タケル」
「こっちのセリフだよ。アブド」
「いこう」
「うん」
二人は地面を蹴った。
「「ウオオオオオオオオッッッ!!!!」」
タケルの左拳が、アブドの右拳が、立ち上がったドミナードにめり込む。
二人の拳が、ドミナードを打ち破った。
ドミナードは消滅した。
二人は向かい合った。
「アブド、体が」
アブドの肉体も、消滅しかけていた。
「一つの肉体うつわに魂は何個も入らないからな。俺は待ち人のところへ帰るよ」
「そっか。アブド、僕のいない間、世界を守ってくれてありがとう。僕を助けてくれてありがとう」
「これが俺の運命だったんだ。それに俺は礼を言われるほどの善人じゃないんだ」
「それでも君は僕の恩人だ」
二人は固く手を結んだ。
アブドは消えた。
「タケル」
ビオロが後ろから抱きついた。
「ずっとこうしたかった。寂しかったよ」
「僕もまたビオロに会えてすごく嬉しい」
「ずっとこうしていたいな」
「でも…」
「分かってる。私がすべき事も」
「ドラゴプロクスとドラゴメイドは二人で一つだもんね」
「ええ。あなたとずっと一緒にいられるなら、これ以上の幸せはないわ」
タケルはビオロの手に自らの手を重ねた。
「じゃあ、始めましょうか」
ビオロの温もりが消えた。タケルは振り返った。
「ビオロ」
タケルは目の前に浮かぶ魂を口の中に入れた。
「いただきます」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
アブドは目を覚ました。
アブドの魂は、カルディアに還った。
「アブド…」
目の前に、ティナがいた。
「ティナ、ただいま」
ティナはアブドを抱きしめた。
アブドは瞬きをした。
ティナの先にシオンとリデルがいた。二人は笑っていた。
「「アブド、おかえり」」
光り輝く雫が溢れた。
少年は罪を負ったその日から決して笑うことはなかった。許されることではないと、そう思っていた。
アブドは笑った。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「ガアアアアアアアアアアッッッ!!」
ドラゴプロクス、ドラゴイードル、ドラゴゲネシス、ドラゴフォース、ドラゴギヴィル。その全ての力を手にしたドミナードが目覚めた時、宇宙の半分が崩壊した。
「今コソ、コノ宇宙ヲ我ガモノニ」
――――――――――――――――――――
ポイント・ミデン、天の川銀河の無が凝縮し、タケルの身体を構築した。
「アブド、ビオロ、ありがとう。ドミナードは僕が止める。この力を使って」
【次回予告】
〈第陸章 森羅回帰篇 Part3〉
「何度でも言うよ。君は一人じゃない」




