スーサイドメーカーたちの節度ある晩餐
近くにあったコンビニから通報してもらった結果、パトカーで病院に連れて行かれ、病室で警官から事情聴取が受けることになった。すべてがおわったのは翌日の昼過ぎだ。
男は指名手配になるらしいから、そのうちに捕まるだろう。私は手首と足首を打撲していたが、それだけで、気持ちが落ち着いたら帰れと言われた。医者はなかなかに厳しいのだ。
だから私は少し待った。
予想通り、彼はすぐにやってきた。
「久留木さん、……すいません……」
白翔くんは私のベッドに腰掛けると、私の顔を両手で包む。泣きそうなのか震えていて、顔色は真っ白だ。服装だけはいつものように真っ黒で、本当に似合っていない。
彼の服は、喪服だ。いつか明るい色に染めてあげたい。そう思いながら、彼の手に頬を寄せた。
「遅いよ」
「……すいません、……また、俺のせいであなたを傷つけましたね……」
「そうね……でこピンしていい?」
「へ?」
彼の額を、ぺんと叩く。彼は目を丸くした。
「あと何人いるの、あういう人」
「あういう、人……とは……」
「私に出会う前に何人、あういう風に追い詰めてきたわけ? やるならせめて、ちゃんと仕留めてきてくれない? 今回みたいなの、困るんだけど」
彼は目を泳がせながら、「ええと、……」と何かをカウントする。
「自殺まで追い込もうとして、まだ死んでない相手は六人残ってますね、やりきれず……」
「思ったより多い! 馬鹿! 翼くんがあなたを疑うのも当然でしょう! やり過ぎ!」
「……すいません……」
もう一度額をペンと叩くと、彼は額をおさえ、ぎゅうと目を閉じて、「ごめんなさい……」とまた謝った。
彼は私の膝の上に手を置くと、祈るように、頭を下げた。
「……親に愛されない俺は、……生きるにはふさわしくない……もはや死ぬしか道はない、……」
「誰の言葉?」
「友人です。……友人ですよ、今はもういないけど、……いいやつでした。俺と、……車椅子の改造をしていたんですよ、ロボットみたいに変形させようって……そんな馬鹿なことをしていました。優秀で、いいやつで、でも運がなくて……。どうしたら、今も生きていたのか……それだけがわからないんです。どんなに考えても、どうしても、それだけがわからない……」
彼の告白に、自殺を誰かのせいにして、そうして恨むなどと言うのはどこまでもお門違いだ、と言ってしまうことはできなかった。
だって、彼はもう、復讐を終えている。つまり全て、今更で、どんな肯定をしても、否定をしても、取り返しはつかないのだ。
だから、私は彼の頬に手をあてた。
「……別にきみは悪くないでしょ。仕返しのやり方がえげつないだけよ」
彼は目を開けて、私をじっと見る。だからじっと見返す。腕を広げると、彼は光に吸い寄せられた蛾みたいに私に抱きついてきた。いつもの甘い、彼の匂いだ。
「……あなたにもっと、早く出会いたかったです」
「嫌よ、こんなこじらせ中学生の面倒なんて、若い頃は無理。今だから見られるの」
「酷い言い方……」
彼が泣いているのはわかったけれど、かけてあげる言葉はなかったから、ただ彼の背中を撫でた。
彼は私の肩ですこし泣いたあと、鼻をすすりながら、身体を離す。そうして目が合うと、彼はもういつものように笑っていた。
「怪我をさせてしまいました。お詫びにあなたのお世話がしたい。お互いの家の間の分譲マンションを購入しましたので、一緒に住みましょう」
「……拉致監禁からやっと、生還したのに、また拉致、監禁されろって言うの?」
「はい。俺は逃しませんよ。拘束なんてしませんけれど」
彼が歯を見せて笑う。年相応の可愛い顔だった。
「……はぁ。しょうがない人」
私はため息をついて、彼にキスをする。彼は顔を真っ赤にした。
「じゃあせめて、次はちゃんと助けに来てね」
「今回だって行きましたよ、あなたが俺の迎えよりも先に逃げ出しただけです」
「有能な彼女で良かったわね」
「有能すぎますよ……もう……ショートケーキも食べ損ねてしまいましたし……」
「いつでも作るよ、彼氏のためなら」
照れる彼が可愛くて、つい、笑ってしまった。
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フキノトウが安売りをしていたので大量に買ってから家に帰った。
「最高ー、今日は最高のつまみができるわ、春爛漫」
歌いながらふきのとうを水にさらしていたら、玄関の扉が開いた。パタパタと近づいてくる足音に、この予感に、つい顔が緩む。
キッチンの扉が開き、絶対的なイケメンの白翔くんが笑顔で帰ってきた。
「ただいま、久留木さん」
「おかえり」
彼が慣れたキスをくれる。いつも通りの平日の午後七時だ。が、彼の手にはスーパーの袋があった。
「山菜が安売りしてましたので……アッ」
「アッ」
「……同じスーパーに行きましたね、これは」
「蕗味噌作るよ。手伝って」
「はい」
事件の一ヶ月後、私達は結局同じ家で暮らし始めた。
同棲は初めてだけれど、今のところ概ねうまく行っている。私は相変わらず不眠症だし、彼は相変わらず【なにか】『やばい』やつだけれど、同棲自体に問題はない。生活リズムも違うし、年も違うし、何もかも違うけれど、根本的なところがとてもあっていて、家族と暮らすよりも気楽だ。
要するに、認めたくないけれど、私達は似たもの同士なのだろう。
「蕗味噌作るなら、ハイボール飲みたいよね?」
「ふふ、酔っちゃいます?」
「んふふ、どう?」
「もう……可愛い顔して……」
「いひひひ」
恋人としても彼は優しいし、彼曰く経験不足だというあれこれさえ勉強で補ってくる程度に熱心だ。私もそれほどまともな経験はないため、慣れてきた彼には翻弄され続けている。それもまた、悪くない。彼には負けても悔しくない、そんな風に、私も彼が好きなまま、生活は続いている。
だが、問題が全くないわけではない。
「とりあえずね、先にお伝えしなきゃいけないことがあります」
「はい、蕗味噌の作り方ですか?」
「家に脅迫状が届きました」
彼はわざとらしく目を丸くする。なのでその額をペンと叩いた。彼はすぐ、クスクス笑った。
「喧嘩売られるのは久しぶりですね」
「楽しそうにしないでちょうだい……はい、フキノトウ剝きながら、考えようね」
「はあい、お手伝いします」
春の匂いを感じながら、なんでこんな人を好きになったのかしら、と私は深く、いつものため息をついた。
(スーサイドメーカーの節度ある晩餐 了)
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