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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
最終話 ショートケーキと告解
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告解など赦されない

「……先に私から話しましょうか……」


 殴られた頭はズキズキと痛むし、結束バンドで絞められた手首も痛いし、パイプ椅子に括りつけられている足首も痛い。けれど、私は笑顔を浮かべた。相手は私の笑みに動揺したのか、怪訝そうに目を細める。その煙草の先から灰が落ちた。

 だからこそ、私は笑顔を深める。

 笑顔は、表情の中で最も作りやすく、最も人をだましやすい表情だからだ。まるで、親愛を持っているかのように思ってもらえる。本心をどこまでも隠せる。

 私は親愛を込めた表情で、口を開く。


「私はね、白翔くんとは夜中のコンビニで会ったの。あなたと会ったコンビニね。あそこにタクシーが突っ込んできたときに会ったのよ。すごい出会いでしょう? 劇的で、一生忘れられない出会いだった。私、足を怪我したんだけど、それを彼に手当てしてもらったの」

「……知っている。見ていたから。お嬢さんがあいつを助けてなかったら、あいつはあそこで死んでいた」


 ぞくり、と、うなじが冷える。

 あの瞬間も見ていたということは、この人は本当にずっと白翔くんを監視していたということになる。

 彼は細く煙を吐く。


「あのとき、あいつが死んでたら、俺はきっと深く後悔していた。手段を選ばず、もっと早く、復讐をしておくべきだったって」

「……そう。じゃあ私、あなたの恩人かしら?」

「ハハ、ある意味では」


 私が笑顔だからか、彼も笑う。その目は相変わらず私を見ていない。つまり、……彼はまだ油断している。


「あなたの息子さんはどんな子だったの?」


 彼が嫌そうに私を見るが、私がにこにこと笑っていると、仕方なさそうに口を開いた。


「……息子は生まれたときから手間のかかる子どもだった。例えばフードコートで食事をしたら、その場にいるどの子どもよりも大きな声で泣く子だった。例えば、おもちゃを買ってもらえないからとスーパーで転がって泣き喚くような子だった。偏食で、小さい頃はヨーグルトぐらいしか食べてくれなかった。言葉も遅くて心配した。オムツが外れるのも遅かったし、小学校に入ってもたまにおねしょをするような子だった。けれど、可愛かった。大変なことが多い分、とても可愛かった。……小学校では作文で賞をとった。それが嬉しかったな、自分のことみたいに……あいつはいつも俺についてきて、遊びをねだっていた……」


 彼は遠くを見ている。遠い記憶を見て、今はいない人を見ている。だからこそ、私は彼の目をずっと見ていた。


「中学に入って、息子はいきなり背が伸びた。俺と同じぐらいの背丈になって、……、少しずつ、息子が考えていることがわからなくなった。学校で何があったか、……そんな話は自然としなくなっていった。思春期だ。そういうものだろう、と思っていた」


 中学生にもなると、親と自分が別の生き物であること、別の考えを持つこと、必ずしも理解し合えないことがわかってくる。私の場合はそれが顕著に表れ始め、高校では取り返しがつかないほどの溝になり、今に至っている。だから彼の話は共感できた。

 そうだ。共感できる。あまりにも普通の話だ。普通の家庭の話だ。でも、彼の息子がどうなったのか、私はこの普通の家庭の『落ち』を知っている。だからこれは、身を割くような痛みの話だ。そこかしこに地雷がある。

 慎重に「それで?」と続きを促す。


「あまり学校の話をしなくなったが、それでも、……息子からよく聞いていた名前がある。『松下』、息子と同じクラスで……今はきみの男の名前だ」

「……白翔くんのこと、どんな風に話していたの?」

「とても頭がいいけれど、身体が弱くて、可哀想な子だ、と。……たまに足が動かなくなるから、車椅子を持ってきていると言っていた。息子は、その移動をよく手伝っていたと……」

「車椅子?」

「ああ、厄介な病気で、と……」


 彼の親が死んだのは中学生の頃のはずだ。そしてその三年後、高校生のときに発症し、新薬を発表したのは彼が十九歳の時……彼が車椅子を中学の頃から乗っていたのでは計算が合わない。

 ということは、白翔くんが車椅子を使っていたのには別の理由があるはずだ。

 が、目の前の男は疑問に思わないのか、話し続ける。


「息子は彼をよく手伝っていたらしい、一緒に勉強をしている……だとか、そんなことを聞いた。仲良くしているのだと。……そんな折りに彼の両親が自殺した。いや、保護者には事故で亡くなったという連絡が入ったが、……子どもたちの中では心中だったと噂が流れた。彼も巻き込まれそうになったが生き残ったと、本人もそれを否定しなかったそうだ」

「……それは、中学校ではきっと、浮くでしょうね」

「ああ。彼は孤立した、と、……息子は彼の側に立ったらしい。だから少し浮いてはいるが、心配しないでほしい、とそんな話をした」

「中学生の息子さんとお父さんにしては、とても仲良しね」

「ああ、俺たちは仲がいい親子だ」


 異様なまでの即答だ。

 私は笑顔のまま、「そうね」と相づちを打ちながら考える。

 ここまでの即答だ。それに、大して話していない中学の頃の息子のことを、物語のように話せるということは、……これはもう事実ではない。長い年月の中で彼の頭の中で都合よく書き替えられたストーリーだろう。

 話半分で聞いておかなくては、真実を見誤る。

 私は慎重に「それから?」と先を促した。


「……松下はいじめられるようになったそうだ。無視、みたいなところか……そして、車椅子の補助を誰もしなくなった、と……」

「誰も?」

「そうだ。……俺の息子もな。……ただ、俺の息子は、優しくてな、それを悔やんで、……自分を責めた」

「……それで?」

「松下が車椅子ごと階段から落ちる事故が起きた。あいつは怪我をしなかったが、息子の罪悪感はピークに達した。それで、翌日、同じ階段から自分で落ちたんだ。……俺の息子は打ちどころが悪かった。それで、死んだ」


 サラリと彼は話したが、その手は震えている。ガタガタと震えるその手から煙草が落ちて、地面に転がる。


「……それがどうして、白翔くんのせいになるの? 不幸な事故でしょう?」

「表向きはそうだ。だが、……松下は、事故を息子のせいだと、……そう、息子を責めていたんだ! それさえなければ、息子はあそこまで追い詰められなかった!」

「……そう、……」


 たしかに、もし白翔さんが悪いことをするなら、そういうふうに直接手をくわえはしないが、相手を追い詰めるやり方を取るだろう……つい、そう思ってしまった。酷い彼女だ。

 しかし、彼は実際そういうタイプだ。

 だが同時に、彼は無駄にそんなことはしないはずだ。ではなぜ……彼は、この男の息子に対してそんなことをしたのたろうか。もし松下くんが【なにか】したというのなら、この男の息子もまた、恐らく【なにか】したのだ。

 でも……違和感を覚えた。


「……あいつは死ななくてよかった……」


 目の前の男はブツブツと話し続ける。


「あいつさえいなければ……、追い詰められなかった、……、……もはや死ぬしか道がない、と思い詰めるほど、あいつが……」 


 彼の独白、呟き、視線から、思想は読めた。相手の手の内もわかる。だから私は、彼の懐に切り込むことにした。


「要するにあなた、白翔くんのことをよく知らないのね。……息子さんのことも」


 目の前の男が、ようやく、私と目を合わせたのがわかった。


「俺が……息子のことをよく知らない……?」


 この人は孤独で、思い詰めている。

 だから止まらなかっただけで、本当は誰かに止めてほしいのだ。……本当は、息子さんに止めてほしいのだ。息子さんに説明してほしいのだ。その上で、納得したいのだ。

 それなら死なねばならなかった、と。それなら、死んでもよかった、と。

 だがもう遅い。この人は止まらなかった挙げ句、この鋼の女王に喧嘩を売ったのだから、その始末は取ってもらわなくてはならない。

 私は彼の目をじっと見て、微笑み続ける。


「ええ、あなたは肝心なことを何も知らないわ。息子さんの気持ちを知らないもの」

「知っている、俺はあいつのことは何もかも……」

「息子さんは松下白翔に対して何を思っていたのか、あなたの話からは何もわからない。同情? 憐憫? ……そんなことで、そこまで思いつめないことをあなたはわかっている。だからあなたは未だに納得できないのよ。息子さんの自殺に」


 ハイライトの残り香が鼻をかすめる。


「人がそこまで思い詰めるのは罪悪感。……今のあなたを追い詰めたものと、同じもの」


 彼の目が泳ぐ。


「あなたの話からはもう一つわからないものがある。息子さんとあなたの関係よ。話さなくなったというのなら、あなたの話は誰から聞いたもの? 誰から聞いて、……都合よく作り上げた話?」

「俺は話を作ってなんかいない!」

「あなたの息子さんの思い出話は、よくある子どもの話でしかない。一般的な幼児の話。本当に育児に参加していたならもっと、体温を感じる話をするはずよ」


 家庭にもよるだろうから、これははったりだ。しかし当たったのか、彼の目は泳ぎ、動揺し続けている。つまり図星だ。

 やはり彼の手札はもう見えた。


「あなたは息子さんと仲良くはない。あなたは、息子さんに罪の意識がある。よく思い出しなさい。あなたは……」

「やめろ!」


 彼が立ち上がった。

 興奮しているのか息は荒く、手は震え、顔は赤い。私は奥歯を噛み締めた。

 ガアン、と予想通り、左頬を殴られた。ジン、ジン、ジン、……と痛む、が、彼を睨む。


「あなた、子どもを殴ったでしょう」

「な……」

「暴力を手段に選べるほど日常的に、あなた、家族を殴っていたでしょう。自分の手の中にあるはずのものが、自分の予想を超えると、あなたは今みたいに勝手に追い詰められて、暴力に走る……当たりみたいね」


 口の中で血の味がする。

 話しにくくなり、唾を吐くと、地面に黒い痕ができた。目の前の男は再び拳を振り上げようとしている。

 次は一発ではなく、きっと、私が黙るまで殴るつもりだ。なら、先に話さなくてはいけない。彼の急所はもう見えた。


「お父さんが悪いわけじゃないよ」


 彼の手が止まる。


「……そう言って、あなたを許してくれる人はもう死んだの」


 彼の目がゆらゆらと揺らいでいる。


「あなたの罪はもはや誰にも裁かれず、許されない」


 彼の顔色が白くなっていく。カタカタと彼が震える。


「……俺は、悪くない、俺は……」

「そうね、実際、あなたは悪くないわよ。あなたの息子さんも悪い訳では無い。全て運が悪かったこと。……例えばあなたが息子を殴り、その日、彼がその傷のせいで、ふらりと階段から落ちたとしてもね、それは法では裁かれないわ」


 彼の目に怯えが走った。

 それで、『やはり』とわかった。


 『やはり、私の彼氏はそういう人なのだ』と。


 私は彼を見上げて、微笑んだ。


「やっと歪められた自分の認知を正された気持ちはいかがかしら」

「お、おまえ、……おまえ……なんで、そんなこと……あいつが、あいつが話したのか!? 息子のことを! あいつは……あいつは息子のことを、なんて……」

「そんなはずないでしょ。彼がそんなこと話すわけなくない? あなた、口説くときに死んだ友人の話をするタイプ? モテないわよ、それ」

「は……? じゃあなんで……なんで、あいつが、葬式で話したことを知ってる……?」

「あなたの話を聞けばわかる。そのぐらいね、私は白翔くんを知ってるのよ」


 白翔くんが車椅子に乗っていたのはきっと、車椅子に慣れるためだろう。

 いずれそれを乗ることになるかもしれないと彼はわかっていたはずだ。そして、その補助をしてくれていた相手と、何を話していたか知らないが、きっと将来の話をしたはずだ。

 親の話もしたはずだ。

 彼の家族は崩壊していて、そして、相手の家族も崩壊していたなら、彼らはきっととても親しい友人になっていた。

 友人を殴る人間を、殺した人間を、彼は決して容赦はしない。そのときに、……私のように彼を止められる人間が周りにいなければ、彼は必ず復讐を成し遂げる。

 なら、私は、白翔くんがあえて話しそうなことを彼にぶつければいい。簡単だ。

 私は彼にとても似ているのだから。


「彼はあなたを法で裁くなんてことはしない。友人を殺した相手を法でなど裁かせない。生き地獄に落とす。……復讐なんて逃げ道、あなたにはない。あなたは、生きたまま、もう地獄に落ちている」


 彼が後退った。その目が完全に怯えている。


「白翔くんはね、そういう人なの。そして私は、そういう男と付き合える。……今、あなたが敵に回している女は、そういう女なのよ。どうする? まだ話す? ……私はあなたを自殺に追い込むぐらいは、あなたの罪を話せるわよ」


 彼が、私から目をそらし、踵を返した。ふらつきながら、ブツブツとなにかつぶやきながら、彼は倉庫から出ていく。


「……はぁ……」


 両手を振り上げて、勢いよく、叩きつけるようにして振り下ろす。手首の拘束が少し緩んだ。推進力を使うと手首の拘束は外しやすいらしい。昔、雀荘で警官に聞いたトリビアがこんなところで役に立つとは思わなかった。私は結束バンドから手を抜き、髪留めを外す。

 こんなところまで見ていなかったのだろう。髪留めの裏に貼り付けていたカッターナイフの刃を使って、足首の拘束を切った。

 立ち上がり、ようやく私は倉庫から出た。

 男はもういない。おそらくまた自分の認知を歪めようとしたか、もしくは、……今度こそ自殺したか。どちらでもいい、興味はない。


「はー……つかれたぁ……どこよ、ここ……今、何時なわけ……?」


 私はとにかく、警察に通報するために歩き出した。


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