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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
最終話 ショートケーキと告解
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予感とゴングと私

 目を覚ますと、まず、頭に激痛が走った。


「いっ……いったいなぁ……」


 思わずそう呟いてしまいつつ、なんとか、目を開ける。


「……なにこれ……倉庫……?」


 ここは、どうやら、レンタル倉庫の中のようだ。

 以前テレビコマーシャルで見たことがある作りをしていた。コンテナごと貸してくれるというやつだろう。そして、そんな倉庫の中で、パイプ椅子の上に、私は座らされていた。

 痛む自分の手首を見ると、結束バンドでとらえられていた。さらにいえば、パイプ椅子に両足がくくりつけられている。要するに四肢が使えない状態だ。


「なにこれ……」


 しかし、口には何もされていない。叫べば助けは呼べるかもしれない……と考えていると【なにか】予感がした。


「……起きてしまったね……お嬢さん」


 声は背後からした。

 振り返ろうとする前に、声の主が私の視界に現れた。その……【ハイライト】の香りとともに。

 彼はパイプ椅子を持って私の目の前にやってくると、持ってきた椅子に座り、煙草をくらえた。

 やはり、何度か、コンビニの前であったおじさんだ。

 ……やはり、この人だった。

 私は自分の手首を見てから、彼を見た。


「……あなたは、……、誰なの? ……私に忠告をして……こうして、拉致して監禁をする……どうして?」

「なら、きみこそどうして? 何度も忠告をしたのに……彼が危ない男とわかっていただろう? ……なのに……」

「……あなた、いつから、こんなことしようとしてたの?」


 おじさんは煙草に火をつけ、煙を長く吐く。どうやら、言葉を選んでいる様子である。私は唾を飲み、相手の様子をうかがう。

 彼の見た目はごく普通に見えるが、特徴があるとすればやつれているということだろう。ひげの剃り残しや、傷んだスニーカー、神経質に噛み切られた爪などから、彼の生活の荒れがうかがえる。だが、不審には見えない、普通の人だ。おそらく職務質問は受けないだろう。

 しかし今、拉致、監禁を行っている。

 普通の人がここに至るまでにはそれなりのことがある。だから彼もそれなりに覚悟と、それなりに信念を持って、私の前に座っているに違いない。

 問題はその覚悟と信念の程度だ。

 普通の人がサイコパス気取りで、優秀な白翔くんへの嫌がらせとしてこんなことをしたのであれば、この後、きっと無駄に格好いいことを言う。白翔くんに対してマウントを取ろうとするはずだ。その程度の小者であれば、いずれ隙を見せる。だから逆上させなければなんとかなる……トラウマは残るだろうけれど日常には戻れるだろう。

 でも、そうではなかったら、……人生全部を賭けてここにいたら……、これは、私にとっても【命を賭けた勝負】になる。


「……いつからだったかな……こんなことを考えだしたのは……きみを巻き込もうと思ったのは……多分、きみが……殴られてもなお、あの男と話していたとき、かな……」

「……あのとき? ……どうして?」

「きみが、あの男の人生をよりよいものにしようとしているように見えた……傷だらけでも、彼から逃げない……そんなところが……」

「……気に食わなくて?」

「そう……きっとそうだ……」


 ……、ドク、ドク、ドクと心臓がうるさい。

 『やばい』『やばい』『やばい』……警報機が壊れたみたいに脳内で鳴っている。白翔くんといても感じたことがない程の危機感だ。

 なのに、どうしてか、顔が笑いそうになる。


 ――久留木舞は鋼の女王。


 『やばい』【なにか】の感覚から逃げ続けていつの間にかそんな名前をつけられた。そのぐらい、私は逃げが早い。そのぐらい……危険から逃げなくては麻雀では勝てない。そのぐらい、麻雀では何度もこの恐怖を味わう。

 でも本当にこの『やばい』から逃げたいなら、こんなゲームやめればいいのだ。しかし、私はこれを生業にしている。


「……そう、あのときから……」

「……きみはなぜ、あいつから逃げないんだ?」

「なぜ、……」


 ……そうだ、……今、はっきりわかった。

 私はこの感覚が好きなのだ。この、ひりつくような、この感覚が、好きなのだ。だから私は、……『やばい』男とわかっていたのに、彼の手を取った。……いや、【むしろ】【だからこそ】、私は彼の彼女なのだ。

 ドキ、ドキと鳴る、この胸の高鳴りは恐怖ではない。【興奮】だ。『やばい』のは、なにも、【彼】だけではない。

 【自覚】をもって、私は目の前の男を睨んだ。目の前の、【敵】を。


「あなた、……白翔くんがそんなに、憎い?」


 この人生を賭けて、私は賽を投げる。


 男は煙を長く、長く、吐き、ようやく、口を開いた。


「俺は、松下白翔の中学生時代の同級生の父親だ」


 彼は地面を見たまま、淡々と話し続ける。


「彼の周りにはこれまで三人の人間が自殺で死んでいる。彼の両親と、それから……俺の息子」


 私の体は勝手に汗をかく。それでも私は意識を持って彼を見上げる。


「息子の仇討ちをしたい……それだけだ」


 彼の煙草の灰が地面に落ちた。


「彼はここに来る。彼の目の前できみを殺す。そして、俺も死ぬ。復讐したくてもできない苦しみを、生き地獄を、あの男に与えてやる……」


 彼は、視線を上げて、私を見た。しかし目が合っていない。彼の焦点は私には合っていない。

 つまり、彼はまだ、自分の勝負の相手を白翔くんだと【勘違い】している。


 ――この鋼の女王が舐められたものだ。


 私は、油断している素人相手の勝負に、わざと負けてあげるほど優しくはない。


「……じゃあ、あなたの復讐は、ここに白翔くんが来なきゃ始まらないのね?」


 もう彼の【親】はもう終わった。けれど私の点棒は残っている。なら、ここから、八連荘、取り返す。


「なら、彼が来るまで話をしましょう。あなたの息子さんの話を。殺される私には、……理由を知る権利があるでしょう、ね? 私は久留木舞。二十九歳の独身の、……しがない雀士よ、よろしくね?」


 この場の【親】は、もう、私だ。



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