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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
最終話 ショートケーキと告解
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キスには予感は付き物

 サービスエリアに車を止めた白翔くんは深くため息を吐いた。

 珍しく彼がバック駐車を二回やり直したことからも、動揺は見て取れる。その肘をつつくと、彼は不服そうな顔でこちらを見た。


「事故を起こすかもしれないと思ったのは免許を取得してから初めてですよ」

「そう。ダイナミック入店しなくてよかったわ。それで、……今日はどこに行くの?」

「ああ、花見に行こうと思ったんですが、ちょっと……そんな気持ちではなくなってしまいました。どうしましょうね……ア、家具を見に行きましょうか」

「ウン?」


 突然の申し出に聞き返すと、彼は嬉しそうに「では、そうしましょう」とまたアクセルを踏もうとするので、彼の耳を引っ張る。痛みを感じない彼はやはり不思議そうに私を見た。


「折角好きになっていただいたので、同棲しましょうよ。俺の家、ベッド入れたらすぐ住めますよ」

「イヤ。私は自分の家を気に入っていますので」

「じゃあ俺が久留木さんの家に行きますか?」

「私の家にきみが入る余裕はないから!」

「なら、新しい物件を見に行かないとですね?」

「なんでそうなるの! ……白翔くん?」


 今更、彼の耳がまだ赤いことに気が付いた。彼はふざけた調子で話しているけれど、頬さえ赤く、瞳はチラリとこちらを見てはすぐ逸れる。そんな彼の様子を見ていたら、私の頬まで熱くなってきてしまった。

 彼の耳を離し、ため息を吐く。


「……照れてるなら、照れてるって言って」

「……慣れてないんですよ、俺、こういうの……何回も言っているでしょう……」


 彼が右手の人差し指で自分の唇をなぞり、それから嬉しそうに笑った。


「ファーストキスです。嬉しいです」

「そういうことを素直に言うのやめてくれない……?」

「言わないと伝わらないでしょう? フフ、……よかった、久留木さん、本当に俺の事、好きそうだ」


 彼が私の右手を掴む。指が絡み合い、繋がり合う。恥ずかしいけれど嬉しいし、初めて会った頃のような不安感はない。


「……いつの間にほだされてしまったのかな、鋼の女王なのに……」

「何故不服そうにされますか。いいことじゃないですか。どの道、俺と一生過ごしていただくしかないんですから、好きになった方がお得です」

「そんな怖いこと言う人なのに、可愛く思えるから困る……」

「か、……あ、……そうですか……」

「照れるなら聞かないでよね」


 私たちは結局この日、サービスエリアで過ごした。

 ここからどこに行こうともせず、ただ手をつないで、コーヒーを飲んで、屋台料理を食べて、一日過ごす。なにひとつ盛り上がりはなく、けれど、ほんの少しも退屈しない時間だった。彼とのデートで大なり小なり、ヤバい事件が起きなかったのは初めてだな、と思いながら、帰りのドライブまで穏やかに過ごした。

 彼は私を家まで送ってくれ、玄関の前で私の手を握った。


「どうしたの?」

「……『帰したくない』という気持ちに苛まれています」


 真面目な顔でそんなことを言われてつい笑うが、彼はつられては笑ってくれなかった。ただ、真剣な顔で私を見下ろしている。


「そんな可愛い年下彼氏みたいなことを急に言われても……」

「可愛い年下彼氏じゃないですか、実際。……あなたは可愛い彼女でしょう、俺の。もう、とりあえずじゃなくて、ちゃんと……」


 そういえば、付き合う時はそんな言葉で始まっていた。

 あの時にはきっともう、絆されていたし、好きになり始めていたのだろう。でも、それを言うと彼がまた照れてしまう気がしたので、ただ、彼の手を握り返す。


「……作ったショートケーキあるけど、コーヒーでも飲んでいく?」


 彼は短く息を吸う。


「今度は、意味が分かった上で言っていますよね?」

「雀士は先読みは得意って知ってます? それに、私は……勝負時は間違えないよ」


 笑ってみせると、彼は息を吐き出して笑い返してきた。そして――彼の携帯が鳴り始めた。瞬間、彼の表情が消えた。


「……電話だよ?」

「……音が鳴るということは……おそらく緊急事態ですね、なんだろう、今更薬に問題が見つかったかな……」

「出なさい」

「はい……失礼します」


 彼が電話に出る。これはもうお開きだなと思いながら、家の扉にもたれると、トン、と彼が私の頭の上に手をおいた。

 壁ドンだ。


「……ええ、承知いたしました。すぐ戻ります……ええ、今、出先なので……」


 彼は電話をかけながら、しかし、私に顔を近づけてくる。私は顎を上げて、彼を待った。


「はい、三十分ほどで……では」


 彼は電話を切ると、私にキスをした。触れて離れ、また触れる。とても手慣れているとは言えないキスで、でも、今までしたことがあるどんなものとも比べ物にはならない。

 彼は私の頬にキスをすると、壁から手を離した。予想通り、真っ赤な可愛い顔をしている。


「……少し勉強して出直します」

「やだ。なにそれ」

「こういった方面には無知なんですよ……あなたをちゃんと満足させるものを、次回は」

「……満足してるよ。すごくね」


 彼は二回咳き込んでから「年上彼女ぶって……」とふざけたので、私は彼の胸をつついてから「生意気な年下彼氏」とふざけておいた。


「次回は帰さないですからね」

「はいはい、きみの家には入らないけどね」


 そんな別れ言葉を交わし、彼がマンション前に停めた車に乗るところまで見送ってから、家に入る。


「はー……やばい、浮かれ過ぎかな……」


 鍵をかけて、チェーンロックをかけ、靴を脱ごうとしたときだった。



 ――【なにか】きた。


 振り返ろうとしたその瞬間に、ガアン、と衝撃が走る。なにがあったのかわからないまま、体が玄関に倒れる。視界が急速にビビットカラーになっていく。これは、『やばい』。【なにか】。明確に、『やばい』。【なにか】、きてる。


「……だからね、あの男はやめろといったんだよ、お嬢さん」


 誰か家に侵入していた、その誰かに後ろから殴られた、そう理解しても、もう遅い。そして、その誰かの声は聞き覚えがあり、なによりこの【ハイライト】、バチン、と首の後ろになにかを当てられた。

 ぐるぐる回る視界の中で、できることがないまま、『白翔くんとのデートが平和に終わるはずがなかったなあ』と思いながら、私は意識を失った。



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