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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
最終話 ショートケーキと告解
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感情は事故る

 彼の車の助手席に座るとすぐ、彼はナビを入れることもスマホを出すこともなく、車を発進させてしまった。


「どこ行くの」

「秘密です」

「怖いから言って」

「怖がられるほど信用ないですか?」


 彼は楽しそうに笑いながら、高速道路に乗ってしまう。行先を告げずに高速に乗ってしまうことに『ヤバい』といつもの予感はあるのに、それよりも『意外と可愛い顔で笑うのよね』なんて思ってしまう。


「……信用していないわけじゃないよ。でも、白翔くんは、ほら、前科があるから」

「前科なんてないですよ、俺は一度も捕まったことはありません。事情聴取までです」

「笑いながら言うことじゃないでしょ……」


 咎める言葉は言ってはみるけれど、『もう、そういうところ……意味分かんない、可愛い……』などと頭が勝手に浮かれた事を考えてしまう。

 つまり、あんなに怖かった相手なのに、いつの間にか、まんまと彼のことを好きになっているのだ。

 そう自覚すると、急にどうしたらいいのかわからなくなる。顔を見ると胸がときめくし、笑ってもらえると嬉しいし、彼の甘い匂いに包まれている現状にそわそわしてしまう。彼の方は何も変わっていないのに、勝手に私の心だけが変わってしまって、身の置き場がない。密室でふたりきりと言う事実が恥ずかしくて、勝手に頬が熱くなっている気がする。

 気怠そうに見せるために頬杖をついてため息をついてみたけれど、上手く誤魔化せている気は少しもしない。


「久留木さんだって、事情聴取ぐらいあるでしょう? ほら、ダイナミック入店のときとか、……」

「きみと関わる前は一度だってなかったよ……ウン、……」


 これまで通りに話そうとしているのに、妙に言葉に詰まってしまう。

 きっと他の人からしたら大した変化ではないけれど、相手は白翔くんだ。だめだろうなと思っていると、「久留木さん」と彼が私を呼ぶ。


「どうしました? なんか変ですね?」


 やはり彼は賢い。私は車窓に視線を移し、もう一度ため息をついてみた。


「……なんでもない」

「なんでもない人は、なんでもないとは答えないんですよ」

「きみは賢い……」

「そりゃ賢いですよ。賢くなければ新薬など作れません。……本当にどうされました?」


 彼の声色に心配が滲んできてしまった。

 渋々横目で彼を見ると、彼もチラリと横目でこちらを見た。高速でよそ見運転をさせてしまう程度には心配をされているらしい。


「……、ええと……どう、説明したらいいのか……」

「はい」

「……ちょっと待って、整理する」

「はい、分かりました。待っています」


 私は高校を卒業してからずっとひとりだった。

 他人のことを恋愛の意味で好きになったことはあるし、デートをしたことだってある。だけど、そんな相手に話せないことがたくさんあった。両親に絶縁されたこと、母をレンタルしていること、眠れないこと、……どう話しても気持ちが悪い秘密ばかりだ。秘密を守ろうとすると、家に呼ぶことも、将来の話をすることだってできない。だから親しくなればなるほど、すぐ疎遠になってしまう。

 だからずっとひとりで、この先もひとりでいいと思っていた。

 なのに、そんな私の秘密を、彼はすっかり暴いてしまった。しかも、この気持ち悪い部分を可愛いだとか、大好きだとか、言うのだ。

 両親との絶縁はこの先も続くし、母もレンタルし続けるし、不眠だって気休めにしかよくならない。私の抱えている問題はそのままだ。だけどもう、秘密ではない。彼が私を知っているのだ。

 それだけで、私は今、昨日よりもずっと息がしやすい。

 だから彼がそんな風に勝手に私を暴いてくれることが、『ヤバい』よりも、『嬉しい』。

 この私の気持ちは……、きっと彼の計算通りなのだろう。

 それは少し悔しい。負けたような気持ちになる。でも、勝負師としてありえないことだけれど、彼にだったら負けても仕方ないような気になってしまう。

 そのぐらいに、……『嬉しい』。

 これが恋なのだとしたら、きっとこれまでのは恋ではなかった。そう思ってしまうぐらいに、私は彼のことが好きになってしまっていた。

 だけど、これって『今更』だ。

 だってすでに私は彼と付き合っているのだ。それどころか彼はもう何度も私に好きだと言ってくれているし、プロポーズまがいのことも何度もされているし、勝手にレンタル母にまで挨拶をしてくれている。だから、今更私がこの思いを告げたところで、『だから、なんなんです? え、付き合ってますけど?』などと言われたら、答えようがないのだ。

 彼はもう世間的には、溺愛と呼べるレベルで私に尽くしてくれている。

 こんな私の思いを今更告げたところで、なににもならない。なににもならないけど、私の身体はそわそわしてしまって、普段通りに話すことすらできない。じゃあどうしたらいいのだろう、……この思いにどう折り合いをつけたらいいのか……考えても答えが出ず、結局口からはうめき声が漏れてしまった。


「……整理が上手くいかないなら、そのまま話していただいて結構ですよ? 俺、賢いので察することはできます」


 白翔くんが優しいのか残酷なのかわからない手助けをくれた。

 私は彼を見て、それからナビの現在地を見て、しばらくカーブがないこと、前方にも後方にも車がいないことを確認してから、渋々、口を開いた。


「……私、白翔くんのこと、……」


 自分の鼓動が大きい。吐きそうなぐらい煩い。喉が熱い。なんとか、息を吸い、喉の奥の言葉を引きずり出す。


「好きになっちゃったみたいで、……その、……ドキドキして、話し方がわかんなくなっちゃったの……変だったらごめんね……」


 耳の奥の鼓動の音がさらに大きくなった。

 ドク、ドク、ドク、とうるさい自分の鼓動を聞きながら、彼を横目で見る。


 ――こちらを真っ直ぐ見ている彼と、ばっちり、目が合った。


「白翔くん! 前見て!」

「アッ……ああ、ああ、……ええ……、えぇ……?」


 彼は視線を前に戻した。が、車線こそ超えないが、車が妙な蛇行を始めている。あわてて助手席からそのハンドルを支えるが、左ハンドルなどやったことがないし、アクセルにもブレーキにもさすがに届かなかった。このままだと、高速の真ん中での事故が起きてしまう。咄嗟にハザードランプをつけて、彼の肩を叩く。


「白翔くん、落ち着いて! ごめん、言うタイミングを間違ったね⁉」

「い、いえっ、あの、いえっ、……おえっ……」

「吐かないで⁉ いや! 吐いてもいいから、とりあえず、高速下りてからにしてくれる⁉」


 彼はハザードランプを止めることはなく、私の手の支えを借りたまま、車をなんとか非常駐車帯に停止させてくれた。


「ここって止めていいところだったっけ……」

「事故を起こすよりましでしょう……高速の事故は大変ですよ……」


 彼はガタガタと震える両手をハンドルから引きはがすと、自分の顔を覆う。でも、両手で隠しきれていない耳どころか、うなじまで真っ赤になっていた。いや、顔を隠す指先まで真っ赤だ。

 彼は照れている。そのことに正直、驚いた。


「……そ、……、そんな、反応してくれると思わなかった」

「……どうしてです……?」


 彼は顔を上げることなく、低い声を出す。前にトランクに放り投げられた時みたいな声だけれど、あのときのようなヤバい予感はしない。


「だって、一生逃がさないみたいなこと言うなら、……好かれる自信があるんだと思ってた。だから、……計算通りでしょう? そんなに驚くと思わなかったというか、……あの、……、その、喜んでくれると思わなかったというか……」

「驚くに決まっているでしょう! 嬉しいに決まっているでしょう! あなたは俺をなんだと思っているんですか!」


 彼が顔を上げた。

 額まで真っ赤で、……今まで見たことないぐらい、へにゃへにゃに崩れた笑顔だった。彼の右手が私の頬に触れる。彼の手が熱すぎる。その熱がうつって、私も赤くなるのがわかる。きっと恥ずかしい顔をしてしまっているから隠したいと思うのに、嬉しそうにしている可愛い彼の顔から目を逸らせない。

 彼の目は、潤んでいた。


「あなた、本当に……俺の予想を超えてくる……、なんなんです、俺をどうしたいんです?」

「ど、どうこうしたいわけじゃないよ、今まで通りでいいというか……」

「馬鹿だな。今まで以上にメロメロですよ」

「メロメロって昭和じゃないんだから……ていうか、馬鹿って……」


 反論をしようとしたけれど、彼の顔がとても近くて、なにも言えなくなる。彼の目が、彼の手が、彼の全てが私にキスをしていいかを伺っていた。彼の鼓動の大きさが伝わってくるし、私の鼓動の早さも彼にきっと伝わっている。目を閉じて顎を上げると、彼が息を吸うのがわかった。

 触れた唇は、乾いていた。

 ほんの一瞬、子どもの戯れのようなキス、だけど、彼はそれだけで私の肩に額をつけた。目を開けて、彼の赤い耳を見る。彼は深く深くため息を吐いてから、顔を上げる。


「あなたのせいで、俺が馬鹿になったらどうしてくれるんです……責任取って早く結婚してください」


 拗ねた顔で繰り出すとんでもない彼の暴論に、私はついつい、笑ってしまった。


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