表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
最終話 ショートケーキと告解
42/47

夢でも見ない光景

 鎌倉デートの後の月曜日、恐ろしいことに彼は本当に我が家にやってきた。


 もちろんアポなしで、しかも朝一。もっとはっきりと言えば、私の大好きな『月木の母』が出勤してきた、ほんの五分後のことである。

 ちなみに私が何人かの『母』に依頼していることは、朝食の作成、それから私を起こすこと。その後に『母』が了承すれば、共に朝食をとりながら雑談をすること。その後で、私の朝支度を待った上で出勤を見送ってもらこと。それから、朝食の後片づけと、家の戸締りだ。トータル二時間分払っているが、大体一時間ぐらいで終わる。それが私が『母』に頼んでいることだ。

 そして白翔くんは、そんな『母』の出勤五分後に、アポなしで家にやってきたのだ。

 つまり何が起こったかと言うと、『母』が朝食の準備をしている最中に、『母』の知らない『彼氏』がやってきて、私が寝ている間に『母』と『彼氏』が勝手に仲良くなり、そして『母』と『彼氏』が私を起こすという事態が発生したのである。

 さらにちなむと、私がその惨状を理解したのは起床直後、――前日の日曜日、明け方まで雀荘で打っていたためほとんど眠れていない私の目の前に、満面の笑みの彼が現れた、その瞬間である。


「……やめてよ、当たり前みたいにすっぴんを見るのはさ……」

「可愛いですね、久留木さん」


 彼が私の頬をつつく横で、私のきゃぴきゃぴと愛らしい『母』が、「早く起きなさい! ご飯できたよ!」と喚く。だから『雇用主』の私は、渋々起き上がった。


「あんたね、彼氏が迎えに来るなら先に言いなさい! お母さんももうちょっとこぎれいな恰好したんだからね!」

「私だって来るなんて聞いてなかったもの……、というかお母さん、それなら私が化粧する時間ぐらい稼いでくれてもいいでしょう……」

「彼氏にすっぴんを見せられないような娘に育てた覚えはないよ! ほら、とっとと! 白翔くんを待たせるんじゃないよ!」

「すんなり名前呼び……はあ……」


 チラりと見ると、白翔くんはやっぱりニコニコ笑顔だ。人差し指で彼の頬をつつくと、彼は私の手に頬を寄せてきた。


「ドン引きしなさいよ……気持ち悪いでしょう、『こんなの』」

「あなたのことはもちろん、あなたの可愛いお母さんも大好きですよ」


 彼は私の右手をつかむと、薬指にはめていたペアリングをとって、左手の薬指にはめ直してきた。彼の左手の薬指には、もちろんリングが光っている。彼は私の薬指にキスをすると、「これも似合っています」と笑った。


「本当にきみってやつは……」

「いやですか?」

「……ウウン、救われる気持ちがする」


 白翔くんがなにか言おうと口を開いたが、それが音になる前に「いいから早く朝の支度しなさい! お母さん、仕事行っちゃうよ!」と騒ぐので、私たちは顔を見合わせて微笑んでから、朝食の席に向かった。すっぴんだし、パジャマだし、寝ぐせだってついているから、恥ずかしいし、情けないし、彼女としてどうなんだとは思う。けれど彼はもう、私が誰にも晒せなかった一番深いところを暴ききっている。だから安心して、無防備でいられた。

 これは、奇跡みたいなことだ。

 机の下で私の足にちょっかいをかけてくる可愛い彼氏の足を踏みながら、困ったなあと少し思った。


「久留木さん、朝ごはんは俺も手伝ったんですよ」

「白翔くん、料理できるの?」

「理論は知っています」

「出来ない人の発言だな、それは……でも、ありがとう」

「いいえ、……いいえ、このぐらいのことであなたがほだされてくれるなら、安いものですよ」


 彼の言葉にほんの少し違和感を覚えつつ、きゃぴきゃぴした母と彼が作ってくれた朝食を食べた。あたたかい味噌汁が喉を通る度に、染みついた眠気が消えていくような気がした。

 朝食がほとんど終わったところで彼がふと「久留木さん、非番ですよね」と言い出した。


「当たり前のように私のスケジュール把握しているのは何故なの」

「お店のホームページで告知されていましたから」

「あんなサイト見ている人いるのね……店長が喜ぶわ……」

「更新されているのですから、ちゃんと見ますよ。それで、俺も今日は休みをとりましたので、突然ですがデートしませんか?」


 私が返事をする前に、母が「あら、いいじゃない! いってらっしゃい!」と答えてしまった。それをされてしまうと、最早私の選択肢は残っていない。


「……化粧して、デート服に着替えるまで待ってくれる?」

「もちろん。お母さまとお話しして待っています」

「あら! 根掘り葉掘り聞いちゃうよ、お母さんは!」

「やめて、そこの二人で仲良くならないで……」


 私がため息を吐くと、私の心の柔らかい部分を知っている二人が、顔を見合わせて笑う。死ぬ間際に思い出しそうなぐらい、眩しい光景だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ