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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
第一話 ピザトーストと窒息
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お母さんバトル

「……東京都文京区本郷一丁目のコンビニエンスストアに……」


 昨日の事件を報じるニュースを見ながら私はチーズトーストを食べる。

 あの後、交番で事情聴取を受けている間に夜が明けてしまい、結局トマト缶も買い損ねたのだ。すでに口の中はピザではなくなっていたとはいえ、あんな思いまでしたのに目的を達成できなかったことにはげんなりするが、これはこれで美味しい。ケチャップの代わりにはちみつをかけたチーズトースト、これは朝にはぴったりだ。

 母からは「あんたまた夜中にパンなんか作って……そんなことできるならパン屋でバイトしなさいよ、麻雀なんてやめて……」と説教されることになったが、まあ、それも一興だ。

 母とパンを食べながらニュース番組を見る。


「これ、あそこのコンビニじゃない。事故? 怖いねえ」

「私このときコンビニいたよ」

「えっ! なにしているの!」

「ケチャップなかったから」

「あ、そういえばそうだったわ、買わないと……そんなことどうでもいいのよ! 怪我したの⁉」

「したけどたいしたことない」

「見せなさい!」

「えっ」


 『彼』に治療された足は腫れることもなく、すでにただの擦り傷となっていた。母はガーゼを捲って、その大したことない傷を見ると安心したように息を吐く。心配してくれたらしい。少し嬉しい。


「これなら痕も残らなそうね……もう、だから雀士なんていやなのよー」

「今関係ある、それ……?」

「普通に朝起きて! 仕事して! 夕飯には帰ってきて! 夜は寝る! 普通に! どうしてそういう生活ができないの! 雀士だったとしてもそのくらいしなさい!」

「そういう普通の生活している人が息抜きで来るところが雀荘だから無理じゃないかなあ……」

「あんた、これ、病院でやってもらったのよね? テキトーに自分でやったんじゃないわよね?」

「これはたまたまコンビニに居た人が……」


 そこまで言ってから『ミスった』と気が付いた。


「あんたそれ! ちゃんとお礼言ったんでしょうね⁉」

「え……いや、いいでしょ。なんか気持ち悪い感じの人だったし……」

「あんた‼」


 この後、お礼を言っていない事と三万円渡された事を暴露するまで母の追及は続き、お礼を言いに行くことを約束するまで説教が続き、結局、渡された名刺の電話番号に連絡を入れるまでリビングから退室することはできなかった。


 ――松下 白翔 株式会社バスタルド


 あとは電話番号だけ書かれたシンプルな名刺だ。ひっくり返すと同じ内容が英字で表記されている。Akito Matsushita……、『白翔』と書いて『あきと』と読むらしい。

 こじゃれた名前だなと思いながらそこに書かれた携帯番号に電話をかけると三コールで『もしもし、松下です』と低い声が電話に出た。出なければよいものを……と思いつつ、口を開く。


「えーっと昨日……この名刺を受け取ったんだけど……」

『失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』

「昨日名乗ってないから知らないでしょ、なんで聞くのよ」


 本音で話したら「ばか! お礼を言うんでしょ!」と母に脇腹をつつかれ「名乗りな!」と怒鳴られた。渋々「久留木です」と名乗ると電話の向こう側で『くるき……?』と彼が呟く。


『申し訳ありませんが、私にどういったご用件でしょうか?』


 私だって別にかけたくてかけているわけじゃない。むかむかしてきた。


「昨日のお礼に?」


 母に脇腹をつねられた。イッタ、と声を出してしまうぐらい痛かった。


『お礼? なんのことか分かりませんがお気になさらず……』

「というよりお金返したいからどこにいるか教えてもらっていい? なんで住所書いてないのこの名刺」


 電話の向こうで彼が『あっ』と急に思い出したような声を上げた。


『ああ、昨日のお姉さんでしたか。ごめんなさい、すぐに思い出せず……あの後、ちゃんと病院には行かれましたか?』

「え? 行ってないけど……」

『それは良くないですね。足は動きますか?』

「ただのかすり傷だし、こんなの」

『お金を返したいということはこちらに来ていただけるんでしょうか?』


 矢継ぎ早に来る質問につい「行くつもりだけど」と返すと、彼が『それは嬉しいです。またお会いできるんですね』と嬉しそうな声が返ってきた。何故か寒気が走った。


『でしたら、東大前に来ていただけますでしょうか。駅まで来ていただければお迎えに参ります』

「東大前……? 南北線?」


 くすくすと彼が笑う。


『ええ、改札出たところで待ち合わせしましょう』


 流されるままにそんなことになってしまった。


「……ちょっと出かける。そのまま打ってくるから……」

「あんたの勤め先、木曜は休みでしょ! どこ行くの!」

「雀荘だよ! 雀荘なんていくらだってあるの!」

「この駄目人間! ちゃんとお礼言うのよ⁉」

「分かったってば……駄目人間ってひどくない?」

「あ。それでその人、イケメンなの?」

「へ? ……顔なんか覚えてない」

「あんたね!」

「いってきます!」


 第二次戦争が起きる前に私はコート片手に家を飛び出した。


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