感情の定義付け
「ゆきちゃんはあきちゃん好き?」
「好き! かっこいい!」
「そうだよねえ、かっこいいよねえ」
「似てるから!」
「うん?」
ゆきちゃんはにこにこと笑いながら、どこかのアイドルグループを口にした。そのボーカルに白翔くんは似ているらしい。残念ながら私はその中の誰がボーカルなのかわからないので「そうだよねえ」と言うしかなかった。
「まいちゃん。あきちゃんって足はやいかな?」
「ん? なんで?」
「足はやいとモテるから……」
「そう……幼稚園ってそういう感じだったか……」
「ひーくんもモテるの!」
「ひーくん? だれ?」
「チューリップ組! ゆきちゃんといっしょ!」
「足はやいの?」
「はやいーでもいやなやつなの!」
ひそひそとゆきちゃんが教えてくれたことによると、チューリップ組(年長組)のひーくんはカッコよくて足が速いからモテるのだけど、ゆきちゃんの物を持っていったり「おかあさんいない子」と言っていじめたりするらしい。それはいやなやつだなと思ったけれど、私が同意を示す前に「でもかっこいいの、仲良くなれたらいいのにな」とゆきちゃんが言った。
「ゆきちゃんはみんなと仲良くしたいの!」
「ゆきちゃんはお父さんに似て、将来苦労しそうだな……」
誰とでも仲良くしたいと思うのは美徳だが、男女間の場合は必ずしもそれが幸と出るとは限らない。現実は漫画ではないのだ。しかしそんなこと大人が幼稚園児に言うべきではないだろう。
「ゆきちゃんはひーくんとあきちゃんならどっちが好き?」
「付き合うならひーくん。結婚するならあきちゃん」
「……結婚があきちゃんで大丈夫?」
「あきちゃんお金持ちだもん!」
「それは大事な観点ね……」
そんな話をしながら駒場の近くにある雑貨屋に入る。そこでゆきちゃんが「歩く!」と言うので抱っこを止めて手をつなぐことにした。子どもの手は湿っていた。
「まいちゃんはあきちゃんになにをあげたらいいかなあ」
「なんでないしょのプレゼントしたいの?」
「なんでって……」
ゆきちゃんを連れ出すための口実に過ぎなかった。けど冷静に、これまでの白翔くんとのことを思い出すと(家まで送ってくれたり、デートを提案してくれたり、そもそも彼氏だった)私は彼にもう少し感謝を示しておくべきだろう。
「日頃の感謝かなあ……」
「まいちゃんはあきちゃんと付き合っているの?」
「……付き合ってたらどう?」
「お似合い!」
「あ、そう?」
子どもの頃は年の近い男女が一緒にいたら、みんな付き合っていると思っていた。多分、ゆきちゃんから見たら私たちはそうなのだろう。
と分かるのに、お似合い、と言われて、悪くないと思う自分が少し恥ずかしかった。相手から好意を示されてまんまと好きになるなんて、……実にちょろい……。
ため息をつく。
「ねえ、ゆきちゃん、あきちゃんってどんな人だと思う?」
「あきちゃんは『すっごい頭がいい人』で、それから『すっごくきびしい人』で、だからおとうさんはあきちゃんとお仕事できて『すっごくうれしい』って言ってたよ!」
「……そっか。それならよかったね」
白翔くんはちゃんとあの強盗のおじさんを雇ってくれているようだ。
『弁護士』と『会計士』というダブルライセンス持ちでありながらそれを全く活かせていなかった後藤さんが、白翔くんの下で最大限活かされているなら、それはきっといいことだろう。
ゆきちゃんが笑う。
「だからゆきちゃんとあきちゃんが結婚したらおとうさんよろこぶよね?」
「あきちゃんはゆきちゃんよりも十五歳ぐらい年上だから……」
「だめ?」
「だめとは言わないけど……ゆきちゃんが好きだと思う人と結婚したらおとうさんは嬉しいんじゃないかな」
「まいちゃんはあきちゃんが好きなの?」
少し考える。それは難しい質問だった。
「好きってどういう感情なのかな……」
「喜んでほしいって思うことだよ!」
「……喜んでほしい?」
「そう! だからプレゼントあげたいって思うんでしょ? だから、好きなんだよ!」
「ああ、……そっか、じゃあ好きなのかな……」
少し恥ずかしくなった。
「まいちゃんはあきちゃんラブなのね」
「……そうね、どうやら、いつの間にやら……そうだったみたいね」
ゆきちゃんはくすくす笑った。
『あきちゃん』へのプレゼントとして、ゆきちゃんが選んでくれたB5サイズのノートを買った。黒地の革表紙に方眼紙のノートだ。
ブランドも値段も書いていないシンプルなデザインで、たしかに白翔くんに似合いのノートだと思った。




