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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
第三話 シュークリームとストーカー
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謎解きと痛みと告解と

 彼の真っ黒なボルボに乗り込み、息を吐く。


「痛み止めの薬が処方されています。飲みますか?」

「うん、ひとつ頂戴」


 差し出された薬を差し出された水で飲む。ぴりぴりと頬の中が痛む。


「ヒビは入っていませんでしたよ」

「そっか、よかった」

「でもこれから腫れると思います」

「これ以上? しばらく雀荘はお休みかな……」


 シートに凭れてぼんやりとエンジンの音を聞く。車の中は暖房ですぐ暖かくなった。


「……聞かせてください、久留木さん」

「私の考えを?」

「ええ。それから、あなたの気持ちを」


 目を閉じて、口だけ開く。


「ファンサイトができたのは一週間前。一番最初の投稿は白翔くんの今までの経歴とか、そういう普通の情報。ウィキペディアみたいなものだった」

「……ええ、ウィキペディアからのコピーでした」

「でもそれに白翔くんの写真がついてた。……きみの顔って思っているよりもゴキブリホイホイだからね、有象無象が寄ってくる」


 痛む頬に手を当てる。少し楽になるような気がする。


「サイトを作った人も思ってなかったぐらい多くの人が来た。そして好き勝手自分の持っている情報を書くようになった。最初の内は噂話程度だったかもしれないけど、そこに粘着する人が出てきた。……さっき、私を殴った人とかね」

「……ええ、あの人はあのファンサイト書き込みの常習者だったそうです。本人が自白した、と……」

「でも、あの人はサイトの運営者ではない」

「……そうでしょうか……」

「そうだよ。運営者はきみだもの」


 返答は、沈黙だった。

 それは、そうだと言っているようなものだ。


「あの程度、ストーカーとして処理もできない。ましてや、きみが被害届を出さない限りは警察も動きようがない」

「……何故そう思ったんですか?」

「私以外できみのことをそんなに知っている人が何人いるだろうと思ったの。なんとなく、ほとんどいないだろうって思った。きみが私を疑っているとしても、きみだったら、疑わしい人みんなになにがしかのことをすると思う。でも、……きみは普通だった。そんな裏で画策しているような動きもない、普通の大学生だった」

「違和感を覚えたと……?」

「きみならそのぐらい隠せるのかもしれないとも思ったけどね。おかしいなとは思った……それから記事を読んで、多分、きみなんだろうなって思った」

「どうしてですか?」

「……きみの記事は読みやすいから。感情がない分、言いたいことがはっきりしている。新聞記者になればいいのに。余計な感情だとか応援する政党だとかない分、きみの記事は分かりやすいだろうな」


 私が笑っても、彼のいつものクスクス笑いが聞こえない。私はゆっくりと瞼を開けた。


「きみがこの自作自演をすることのメリットを考えたの」

「……なにかありましたか?」

「『あなたと付き合えるのは俺ぐらいのものだと思いませんか?』」


 彼は「そうです」と言った。私はため息を吐く。


「……本当にそれだけの理由?」

「ええ、それだけです。こんな、……大変なことになるはずじゃなかった」

「……想定していない事が起きたの?」

「あんなストーカーが生まれるのも想定外でしたし、あんな、ことで……こんな大事になるはずがなかった」


 そうだ。

 たしかに私を殴るほどの激情を持ってしまう人を生まれるなんて誰も想定できないだろう。もしそうなら、彼はほんのちょっと私の同情を引いて、ほんのちょっと私の罪悪感を刺激して、『大変だったんですよ』なんて笑い話にするぐらいだったのだろうか。

 なんであれ、しかし、スタートを切ったのは彼だ。坂の上から雪だるまを転がして、この雪崩を起こしたのは彼自身なのだ。


「自宅に盗聴器が仕込まれていたのだって、想定外でした」

「もしかして、あのキッチンってあれ以来使ってなかったの?」

「あなたがいないのに使う理由がありませんから」

「……そっか。なら犯人さんの無駄骨だったね」

「ええ、……でもあなたが俺の自宅に行く理由にはなった。あなたを、犯人に会わせるきっかけになった。それは、……俺があんな記事をあげたからで、……あなたがそれから盗聴器を疑ったからで……、……あなたが、俺の家まで来てくれるなんて一番、想定外でした」


 彼の左手が持ち上がる。


「白翔くん、前にも行ったけどさ、思った通りに他人が動くわけないでしょう? 私だって、……きみが心配で、そのぐらいのことするって、……少しも思わなかった?」


 彼の左手は私の喉に触れた。


「……『人が痛がってたり苦しがってたりするの、見てて、楽しい?』とあなたは聞きましたね……痛みや苦しみを味わなければ生き物は学習しない。意味のある痛みや苦しみは、生き物に次を与える、大切なアラートです」

「じゃあ宮本くんの発作が起きるのを待ってたのは、次を起こさせないため、だったんだ」

「俺の計算では彼は発作を起こし、薬を投与されれば生き残った……一歩間違えれば死ぬ、とわかった上で、俺は俺の計算通りにいくかを観察していました。……俺にとってはそれが普通」


 彼の温かい掌が触れているところから、とく、とく、と自分の鼓動を聞こえる。


「あなた以外は俺の想定の範疇でしか動きません。なのに、あなたが関わると、すべてがずれる。俺も、俺自身、なんでこんなことをしているのか……。でも、……あなたを捕まえられるなら……」


 彼はゆっくりと私に向かって頭を倒す。肩でそれを受け止めて、黙って、彼の告白を待った。


「……初めて会った時、あのコンビニの前に止まっていたタクシーの運転手は無呼吸症候群を患っているようでした。エンジンは止めていませんでしたしストッパーの高さも大したものではなかった。……あのタクシーは毎日、あの時間はあそこで仮眠を取っていました。事故を起こす要素はいくらでもあった」


 私の肩に凭れた彼は「死ねるはずだったんだ。事故で、あの日、……死ねるはずだった」と言った。吐くような声だった。


「俺の薬を誰よりも長く、重く、服用しているのは俺だ。たしかに痛みも苦しみもない生活を送っている。……そして、この薬がないと生きていけない人は俺以外にも大勢いる。だから、俺は自殺だけは選べない。俺が自殺なんてしたら、……この薬は潰される。……俺の自殺は、後追い自殺を生むだけだ。だけど、……もういやだった。ずっと、……なのに俺はいつも死に損ねる……」

「……死にたかったの? そんなに……」


 彼は頷いた。


「……あなたは、最初から俺の想定とは違った。……それが、面白いと思った。面白がっているだけだと思ったのに、あなたはどんどん俺の想像を超えるから、……負けたみたいで、それが苦しくて、痛くて、……なのにまた会いたくて仕方なくて……」


 とく、とく、とく、と鼓動が聞こえる。


「あなたに対する感情が恋ならいい。この感情は俺に痛みを思い出させてくれる。この、……息がつまるような苦しさも、……きっと、俺を生かしてくれる。あなたがいい。……あなたがいいんだ」


 彼の手に触れる。温かい手だ。


「……要するに白翔くんって、ちょっと面倒な人なんだね」


 私の言葉に彼は「はい」と言った。それから「だからどうか逃げないで」と私を脅す。どうしようもない人だなと思いながら、でもそれほど嫌ではなくて、結局、しばらく彼の頭を撫でていた。


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