薬と眠り
痛みというのは遅れてやってくるらしい。
私が痛みに気が付いたのは救急車に乗せられたときで、痛みが引いたのは大学の附属病棟で痛み止めの点滴を打たれた時だった。
けがは少しも治っていないのに、痛みがなくなるだけで随分と楽になった。
「痛み止めが効いてくると眠くなるかもしれません。そしたら少し眠って休んでください」
先生の声が遠くに聞こえる。
「……はい」
返事をした自分の声は、瞼の裏で聞いた。
それは久しぶりの、眠りだった。思考もなにもなく、とん、とん、とん、と眠りに落ち、真っ暗なところで意識を切った。
「なにを、やって、……」
……遠く、声がする。
「中島さん、どうしてっ! ……あなたがついていて、っ……」
切った意識が浮上する。
「何故久留木さんが怪我をしているんですか!」
見知らぬ人に馬乗りで殴られていた私を助けてくれたのは翼くんだった。そんな彼の胸倉をつかんで白翔くんが怒っている。
中島さんはあれやこれやと言い訳をせずに「すまん」と謝ると、白翔さんはぜえぜえと肩で息をしながら「あなたには失望しました」と言った。
「あなたは少なくとも警官としての使命を全うしてくれると思っていました」
「すまん」
「……もういい、……もういいですよ」
白翔くんは疲れたようにそう言ってから、私に視線をうつした。それから私が起きていることに気が付くと、優しく笑った。いつもの爽やかな、上っ面の笑顔。
「久留木さん、……痛みは、ありますか?」
「……うん、ちょっとあるかな」
「痛み止めを追加してもらいましょう。今日は、大事を取って、入院を……」
白翔くんに右手を差し出すと、彼は震える両手で私の手を取った。
「ごめんなさい」
「……どうして謝るの?」
「こんなことになるなんて思わなかったんです。ごめんなさい。痛かったでしょう。怖かったでしょう?」
彼は私の手に額をつけて「ごめんなさい」とまた謝った。
「どうせならお礼が聞きたいな。もう、……あのサイトきっと復活しないよ。……そうでしょう?」
彼はゆっくり顔を上げて「……そうですね、……」と呟いた。
「でもお礼なんて言えません。あなたがこんなことをするなんて思わなかった」
「どうして? 私は自分の身の潔白ぐらい証明するよ」
「……身の潔白? なんの話ですか?」
「さあ。……なんの話だろうね」
体を起こすと、殴られた頬が痛んだ。
「帰る」
「いや今日は大事を取って……」
「帰る。送って、『白翔くん』」
彼の赤茶色の目を見てそう言うと、彼は悩んだようではあったが「分かりました」と頷いた。翼くんもなにか言いたそうだったけれど、でも「分かった、送ってあげてくれ」と私たちを見送ってくれた。
「……白翔くん、今日、車?」
「ええ、車です」
「じゃあ、それで送ってね」
「分かりました」
そんなことを話しながら、ふたり並んで病院の駐車場まで歩く。
眠っている間にすっかり夜になってしまったらしい。窓の外は真っ暗だ。久しぶりに眠れたおかげで、痛みはあるけれど体は軽い。
廊下を歩くとかつかつとヒールの音が鳴る。その自分の足音も朝よりは元気に聞こえた。
「久留木さん、ごめんなさい……」
「それはどの件について?」
「怪我をさせてしまったことです」
「私の独断専行で、きみには一切関係がないでしょう?」
「俺のために、でしょう」
彼が私の手に触れるから、それをはじいた。
「私のため、だよ。私はきみに誤解されたくないからやった。でも、……そうね、結果的には、『きみのせい』だった」
白翔くんは私の手を見て、それから私を見た。それは、いたずらがばれて怒られることを覚悟しているような、そんな顔だった。
だから私は息を吐いた。
「車で話そう。人前で話すことでもないでしょ」
「……分かりました」




