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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
第三話 シュークリームとストーカー
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陰険なるお誘い

「……松下のストーカーがいる」

「凪くんじゃなくて?」

「俺はストーカーじゃない!」

「あ、そうなの」


 凪くんの説明によると、一週間ほど前から松下くんの情報がネット上に流出し始めたらしい。研究内容であれば研究所としても被害届が出せるのだが、あくまでも流出しているのは松下くんのプライベート情報らしい。


「ファンサイトの形式をしているんだが、何度削除申請してもすぐ復活する。今も調べたらすぐ出ると思うぞ……ほらこれだ」


 凪くんが見せてくれたスマホ画面にうつされたサイトは、たしかにぱっと見はファンサイトのようだった。

 松下くんがイケメンのせいで盗撮写真もまるで宣材写真のように見えてしまうあたり問題だ。


「毎日記事みたいに更新されてるんだ……ほら、……やばいだろ?」


 そのサイトには一般人にも関わらず、松下くんの生年月日や学歴などにとどまらず身長(一八四センチ)や体重(七二キロ)、好きな食べスパイスカレーなんてことまで書かれている。そして毎日誰かの手によって更新され続けているようだ。


「これ、どうにかならないの?」

「どうにかしようとはしているんだが……警察はこれじゃ動けない」

「なんで?」

「そもそも松下は一般人だが、バスタルド社長としては有名には間違いない。あと、顔がいいから一回漏れたら多分、この先ずっと追われる」

「追われるぐらいに顔がいい……って、凪くんは松下くんの顔大好きなんだね」

「「は?」」

「松下くんは黙ってなさいね。……凪くんはちょっと照れるのは一番ガチっぽいけど……え、ガチなの?」


 松下くんは表情がすべて死んだ顔になり、凪くんは「違う! 客観的に見ての話だ!」と怒った。意外とこのふたりは仲良くなれそうなのだが、そうするには私が邪魔な気がする。シャーロックとワトソンだって、話の都合上邪魔になったワトソンの奥さんは早死にしたような……余計な思考はそのあたりで切り上げて、私は松下くんを見た。


「ここ一週間、ストーカーに遭ってたの?」

「……もう話してもいいですね?」

「うん、嫌いにならないよ」

「よかった。そうです。そういったサイトが作られたようですね。あと、それに便乗してかいくつか面倒なことが起こっていまして……」


 松下くんの言うことには、研究室から盗聴器が見つかる、怪文書が届く、帰り道につけられる、その他もろもろ『ヤバい』ことが発生していたらしい。でもすでに、つけてきたものは捕まえて塀の向こうに押し込み、家は鍵を換えたあと警察が頻繁に見回りに来てくれることで落ち着いたそうだ。


「盗聴器⁉ 聞いてないぞ、そんなの!」

「凪さんには言ってませんからね。それに盗聴器はどうでもいいんですよ……届いた怪文書の方がちょっと問題でして……」

「怪文書? そんなものまで届いたの⁉ 怖すぎるんだけど、なんなの?」

「『久留木舞と別れろ』と、何通か……」

「え、なにそれどういうこと、私のせい⁉ もしかして私のファンの誰か? 嘘でしょ、そんな粘着質なファンいないんだけどっ!」


 私の叫びに松下くんはにこりと笑った。


「久留木さんになにも問題が起きていないならいいんです。実際、もう解決したようなものですよ……警察が見回りしてくれてますし安全は保障されるでしょう。直接襲い掛かってくるものがいるなら、それは俺が処理すればいい」


 松下くんはどうでもよさそうに肩を竦めた。


「……つまり大丈夫ってこと?」

「ええ、大丈夫です」

「だったらじゃあなんで、今更私に言うの?」

「そりゃ言わないと伝わらないでしょう? ……あなたと付き合えるのは俺ぐらいのものだと思いませんか?」

「ほほう、そう来ますか……」


 隙あらば私の手を取る松下くんにさすがに苦笑しか返せない。そんなことしている状態じゃないだろう。


「でもサイトは消えないんでしょ?」

「一度ネット上にあがったものは消せないでしょう。俺は無駄な努力はしませんよ」

「いいの?」


 松下くんは眉を下げた。


「いいもわるいも、どうにもならないこともあります」

「……そう」

「とにかく、そういうことがあったので凪さんは久留木さんが大学にいるのは危険じゃないかと言いたかったのでしょう。そうですね、凪さん? 凪さんは優しいだけですからそれ以上の他意はありませんね?」

「な! い!」


 訓練された軍隊のように凪くんが素晴らしい返事をする。松下に睨まれた凪。さすがにすこし哀れだった。


「松下くんは凪くんと仲良くなれると思うよ? 凪くんは松下くんのことすごい人だって思っているんだから」

「いや俺はそんな、……すごいやつとは思っているけど別に仲良くしたくは……」

「凪くん、一回ツンデレ引っ込めてね」


 ツンデレ蛙の額をペンと叩くと、陰険蛇が「久留木さん、凪さんをベタベタ触り過ぎです」と矛先を私に向けてきた。


「そんなことないでしょ」

「あります。みんな勘違いをします。やめてください」

「勘違いじゃないかもしれないじゃない」

「ならなおのこと駄目です。俺を選んでください」

「……きみはどうしてそんなストレートなことを言うの?」


 松下くんは口を尖らせた。


「そうでもしないとあなた、聞かないじゃないですか」

「……そうかな」

「そうです。俺は、……出会いからやり直せるならもっとうまくやりましたよ」

「ふうん、……まあ、そうかもね」


 それはお互い様のような気がする。私も出会いからやり直せるなら化粧ぐらいして外に出た。


「まあ、いいや。状況は分かった。ありがとうね、凪くん。これからも松下くんと仲良くやってね」

「じゃあ俺は帰っていいな?」

「いいよ。そんなに怖かったの?」


 凪くんはすぐに席を立ち、去り際に「あんなのと付き合えるのはあんたぐらいしかいねえんじゃねえの」と言っていった。松下くんは「最後だけいい仕事しましたね」とアサシンのような顔でそれを見送っていた(もしかしたら最後ではなく最期かもしれないが、それには気が付かなかったことにした)。




 食堂を抜けて大学の正門まで出てきたところで松下くんは「本当はせっかくの機会ですから他の講義も受けて行ってほしいんですが……」と申し訳なさそうに言った。でも私はもう十分だった。


「楽しかったよ、ありがとう。大学生なってみたいと思ってたときもあったから、……楽しかった」

「……家まで送ってもいいですか?」

「いやいや、いいよ。私も寄りたいところがあるし」

「でも、危ないかもしれないですから」

「そんな顔をしても駄目です。きみにそんな義務ないもの。私はまだあなたの彼女ではないんでしょう?」


 松下くんは「ちえっ」とわざとらしく言ってから、くしゃりと笑った。


「それで日曜は、デートしてくれますか?」

「……うん、それは約束だからね」

「楽しみにしています。本当に楽しみにしています」

「二度も言わないで」

「大事なことなので何度も言います」


 松下くんはくすくすと笑った。底の見えない笑顔だ。彼は私の手を離し「俺のこと知りたくなったら、ネットで調べてくれればすぐに出ますよ」と私の耳に囁いた。


「……性格悪い。なんでそういうこと言うの?」

「あなたに調べてほしいからに決まっているでしょう?」


 日曜に迎えに行きます、と彼は笑った。そんな彼に手を振って、私は大学を後にした。


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