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スーサイドメーカーの節度ある晩餐  作者: 木村
第三話 シュークリームとストーカー
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キャンパスライフは不穏なる

 お昼休み前のその講義が終わり、学生たちが流れるように教室を出ていく。

 私は講師に聞きたいことがあったのでその流れに乗るのはやめて、講師に声をかけた。講師の男性は普段舞台で演技指導をしているらしい。道理で声が通る、とても聞き取りやすかった、と私が褒めると、ありがとうございますと彼は笑った。


「あのー……松下さんはなんておっしゃってました?」

「松下くん? 後ろにいるけど呼ぶ?」

「い、いえ……恐れ多いです」

「恐れ多い?」


 一番後ろの席に座ったまま私を待っている松下くんは私の視線に気が付くと、ひらりと手を振ってきた。アイドルのような仕草だが彼がやると嫌味がない。私もひらりと手を振り返しておいた。


「彼、とても気安いと思うけど……」

「いやー、でも俺にとっては命の恩人なので」

「え? そう?」

「ええ、俺は元々……」


 彼が話すことによると、彼は元々難病の患者だったそうだ。

 その病気はどこも悪くないのに全身を激しい痛みが襲うもので、脳のどこかが誤作動を起こしているらしいが、対処療法しかなかったそうだ。あまりの痛みにまともに生活ができなくなるというのに、根本的な治療法がない。患者の大半が自死を選ぶ、そんな病気。

 それが松下くんの開発したもので動けるようになり、なんとか今の生活ができるようになったそうだ。


「この……三年でようやく人並みになれました。この仕事はうちの劇団の座長が受けているものなんですけど、今日は松下さんが来られるということで座長に頼み込みました」

「……楽しんでいるみたいだったよ」

「あ! そうですか⁉ それはよかった!」


 彼は嬉しそうに笑った。

 松下くんは講義中ずっと楽しそうだった。講義が楽しかったのか私をからかうのが楽しかったのかは判別できなかったけれど……嘘ではない。


「演劇、頑張ってね」

「ありがとうございます。あ、今度舞台をやるのでよかったら……」

「あ、じゃあ松下くんを誘ってみるよ?」

「本当ですか⁉」


 社交辞令だったのだけど断ることができない様子だったので、私は愛想笑いを浮かべておいた。

 彼の劇団のSNSをフォローし、彼の今度の舞台の話を聞き、ちょっとした雑談をしてから松下くんの元に戻ると、彼はニコニコ笑顔だった。こういう顔の猫がアリスに出てきていたような気がする。


「『コミュニケーションは相手が理解してこそ』……だっけ?」

「そうですね」

「……松下くんがすごい人ってことはなんとなく分かりました」

「ふふ、ありがとうございます。彼が講師でよかった」


 やっぱり講師がそういう人だと知っていたのか、と松下くんの頬をつねる。


「なんですか、久留木さん。かわいいことして」

「まるで神様みたいなことを言うんだもん、あの先生。もしかしたらさわれなくて、通り抜けちゃうかなって」

「さっきあれだけ俺の手に触ったじゃないですか」

「私から触ったわけじゃありません」


 彼はどこまで先を読み、どこまで計算して、そうして、私をどうするつもりなのだろう。『ヤバい』予感はある。それはむしろ、どんどん強くなっていく。でもその予感に従うべきなのか、それよりも大きな彼の作る動きに乗るべきなのか、それが分からない。

 彼の笑顔は爽やかだ。その爽やかさや彼のやさしさは嫌ではない。例え上っ面のものだったとしても、……嫌ではない。

 それが困る。だって彼と関わるとダイナミック入店、意識不明、強盗、ひっきりなしにトラブルばかりだ。今日はまだないけど、……多分この調子で過ごしているとまたなにかに巻き込まれる。


「講義終わったから帰ろうかな……」

「もうお昼ですよ。学食に行きませんか?」

「あ、それすごい大学生っぽい」

「ふふ、そうですね。……大学生活、楽しんでくれていますか?」


 松下くんが彼の頬をつつく私の手をとらえて優しく笑った。


「うん、楽しいよ。……こういう道を選んでいたらきみみたいなのに目を付けられなかったんだろうなあ」

「まさか。俺はあなたがどこにいても絶対に見つけますよ」

「なんでよ。怖いこと言わないで」

「運命だから」

「怖いよ、それ」


 松下くんは私の手を握り締めて「本当ですよ」と言った。

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