『鋼の女王』
東一局 親:矢田
「カン! すまんな、お前のあがり牌なくしちまって……ま、つーことで嶺上開花、四暗刻。綺麗に上がっちまったな?」
東二局 親:斎藤
「あ、ごめんね、矢田くーん。それ頭ハネなのー。隆ちゃん、千点ちょーだい♡ はい、じゃあ女王の番だねー?」
東三局 親:久留木
「ロン。清老頭。……矢田くんのことわかってたら、一気にいくよ?」
「ロン。三色同順。ドラ、ドラ、と」
「ロン。混老頭。矢田くんは字牌に親を殺されたの……?」
「うっわ、ごめんなさい、地和だ。いや、ごめんなさい、これは計算してない。えー、もう解散しますかね……」
「ロン。立直、一発、七対子。もうちょっと逃げないとだめだよ、矢田くん。……矢田くん?」
結果については、まあ、……ネット上では好評だった、とだけ言っておこう。
「今日も見事な『鋼の女王』だったなあ、あっはっはっ」
けらけら笑っている斎藤さんは無視して机にしがみついている矢田くんの背中を撫でる。
「もう泣くのやめてよ、矢田くん。感想戦しようよ」
「だっでどうぜまげだもん……」
「負けるの悔しいならちゃんと勉強しないと駄目だよ。今日もう完全にカモだったじゃないの」
「がもじゃない! うわあああんっ」
「うわあ……そんなに泣く? そんなに泣くことある……?」
感想戦は三時間かかり、打ち上げに行く頃には矢田くんの目は開かなくなっていた。
けれど彼は初めて打ち上げについてきてくれた。快挙である。しかも梅酒をちびちび飲みながら斎藤さんのコップにビールを注いでいる。これはもう成功と言えるだろう。
「おう、梅酒好きか? いいなーいい趣味だぞー」
「ん……」
「こっちも飲むか?」
「うん……」
「そうかそうか!」
とにかく斎藤さんが心から喜んでいる様子だから、きっと大丈夫だ。彼はここから少しはうまくやっていけるようになるに違いない。これなら思い切りいじめてやった甲斐がある。
私はほっと一息ついてから、隣で芋焼酎の熱燗を飲んでいる由美さんとの距離を詰める。
「……ちょっと相談があるの、由美さん」
「なにー? 確定申告ー?」
「大丈夫。今年はもう準備終わったよ」
「ほんとにー? 三年後に脱税とか言われたりしないー?」
「多分……え、多分大丈夫……」
「会計士の彼氏一人ぐらい作っといた方がいいよー?」
「いや、彼氏は一人でいいって言うか……」
「あれ? もしかしてーコイバナー?」
「恋っていうか……ううん……」
「えっコイバナ⁉ 舞ちゃんが⁉」
「ちょっと声が大きいっ!」
由美さんの口を塞ぎ、ちらと男たちを見る。
……聞いていなそうだ。由美さんの口を解放してから「こっそり聞いてよ」と言うと「仕方ないなあ」と由美さんがにやにやと笑った。
「どうしたのよーわざわざ私に話すってことは、いつもの雀荘ナンパじゃないんでしょ?」
「うん、雀荘で会ったんじゃないの。でも雀荘とか来るタイプよりも『ヤバい』感じで……」
「ヤクザってこと?」
「ヤクザではないよ。年下の医学生で実業家。ちゃんと実績もあるみたいなんだけど、……でもなんか信用できないっていうか……『ヤバい』予感がするっていうか……」
由美さんは芋焼酎を飲み干し、「同じやつ、おかわりー」と頼んでから私の腿をつついた。
「イケメンなの?」
「……それ、重要?」
「最重要」
松下くんの顔を思い浮かべる。
「問答無用のイケメン……」
「うっそ! いいじゃん! 舞ちゃん普段そういうこと言わないのに!」
由美さんの唇を「しずかに」とつつく。由美さんは「ごめんごめん」と笑った後に、私の腿をバンと叩いた。
「雀荘出会いじゃないならその時点でかなり優良物件よ?」
「それはそうかもしれないけど、でもなんか『ヤバい』感じするんだってば」
「んー、そうねー……他の女の子だったら『気のせい』って言うんだけどー……舞ちゃんが『ヤバい』って思った牌は当たるしー……『逃げ』強いもんねー……」
元々私の麻雀は手堅くて冷たいと言われていた。
斎藤さんに色々教わってからは魅せるための打ち方をある程度できるようにはなったけれど、私の本質は『振り込まないから負けない』だ。それが私の打ち方。つまり『逃げが速い』のだ。
そのぐらい、私の『ヤバい』という予感は当たる。
「麻雀は賭けレートが高くない限りは取り返せるけど、恋愛は取り返せないからなあ……うーん、ちょっと怖いかもね、それー。それに恋愛は直感大事だしぃー」
「やっぱりそうだよね……、どうしよう。今からでも明日の断れないかなあ……」
「断る? なに? デートすんのー?」
「なんかそうなったみたい」
私が頷くと由美さんは「うっそ!」と大きな声を上げた。
「うるさいってば!」
「ごめんごめん、でも舞ちゃんすっごい珍しいじゃん。雀荘以外に出かけるのいつぶりー?」
「いつぶりって……コンビニとかは行くし……」
「デートはいつぶり?」
記憶を探る。
「……二年前?」
「『ヤバい』予感なんかよりもその事実の方が『ヤバい』ってわかるー?」
「……、……はい……」
「ていうか大丈夫? 服あるー?」
「え、服?」
由美さんが真顔で私を見ている。自分の服を引っ張って「だめ?」と聞くと、ふふふと微笑まれた。背中に冷たい汗が流れていく。由美さんが私の腕を掴んで立ち上がった。
「隆ちゃーん、私たち帰るねー」
「おう、綺麗なおべべ選んでやれ」
「聞いてたの⁉」
ジジイは半笑いで「お前の服、若作りすぎる」と言う。それどころかその隣にいた若造にも「俺も久留木さんの恰好は年齢に合ってないと思います」とぬかしやがった。
「は⁉ 男ども失礼極まりないんだけど‼ 今度絶対泣かすから二人まとめて! 絶対に!」
「はいはーい、舞ちゃん帰るよー」
由美さんに引きずられるように飲み屋を後にした。