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第3話 エイプリルフールにも程度ってもんがある

 私が手を伸ばした瞬間、クローゼットはまるでぶるぶるっと生き物のように振動したかとおもうと、突然パアッと輝きだした。


 「ちょっ! 何よこれっ!?」


 束になったLED電球がいっぺんに輝きだしたような、あるいは無数の水晶に太陽の光が当たった時のような暴力的なまでの輝きに、私は咄嗟に瞼を閉じた。けれども、どれだけきつく目を瞑っても、顔を両腕で覆ってもクローゼットのから放たれる光は強さを増していった。

 そして、それに比例するかのように振動音も更に大きくなっていく。


 瞼をぎゅうっときつく閉じていても、暴力的なまでの輝きに耐えきれなくなって悲鳴を上げた次の瞬間、クローゼットはピタリとその動きをピタリと止めた。

 それと同時に、あの眩い光も急激に収まっていく。


 はて、どういう事だろう?

 私は恐る恐る目を開けてみた。一見すると、何も変わってない。

 目の前には、私の服や小物が閉まってあるはずの、クローゼットがある。

 それでも、何かが違ってしまっているというのは、他人より数倍鈍いと評判の私でも分かった。


 「ええー……。ちょっとこれ、どうするのよ。扉開けたら、いきなり変な物が飛び出してきたりとか、ないよね?」


 私は突如発生した異常事態に、どうしようもなく怯えていた。

 玄関に置いてある非常用の懐中電灯を手に、恐る恐る近づく。もちろん、こんな小さなモノでは何もできないと知っていたのだけれど、生憎と私の部屋にはこれ以上武器になりそうなものが一つも無かった。

 鍋の蓋は小さすぎるし、フライパンはシンクに使ってびしょびしょだし。

 洗っているうちにクローゼットから何か飛び出してきて、抵抗できずにあんな事やこんなことをされたら嫌だ。


 「――よっし! 女は度胸、一丁やってやりますよ! かかってこいおらぁ!」


 私は恐怖心を紛らわすためにわざと大声を上げながら、件のクローゼットの扉に再び手を掛けた。

 ギィ、と木が軋むような音と共に蝶番が鳴り、折れ戸が開かれる。

 そうして、クローゼットの中身を確認しようとした私は、あまりにもあり得ない光景に、言葉を失った。



「……ぇ?」


 

 だって、おかしい。

 今朝までは、私の夏物の服が仕舞われていた。だと言うのに、引き戸を開けた途端、白くてツルツルした壁が現れたのだ。

 その非現実的な光景に、遂に私の頭がイかれてしまったのかと思って頬をつねったり後頭部を思いっきりひっぱたいてみたけれど、感じる確かな痛みがこれが夢ではないと証明してくれた。


 我に返って、右手に持った懐中電灯で白い壁を照らしてみたり、矯めつ眇めつ眺めてみたけれども、光を反射してキラキラと輝く壁は、やっぱりどう見てもただの壁にしか見えない。

 だけれど、私の目の前に君臨する奇妙な壁は異様なほどの重厚感があった。


 「……ん?」


 ふと。

 クローゼットの前を行ったり来たりしていた私は、小さな違和感を感じて首をひねる。

 違和感の正体を掴みきれないまま、私は恐る恐る白い壁に近づく。

 ゴウン、ゴウンと小さな小さな動作音が鳴る壁の表面に、僅かに溝のような模様が彫られている。

 溝の部分を指でなぞってみると、明らかに人工的に彫られていることが分かった。

 ペタペタと壁のあちこちを触っていくと、溝は下から上まで一直線に伸びていたり、あちこちで折れ曲がったりとある程度の規則性がある。

 そして、どうやらこの白い壁。大きさの違うブロックを継ぎ接ぎして、楕円に成型しているようだった。


 「……もしかしなくてもこれ、何かの機械なのかな?」


 そのまま白い壁を撫で繰り回していると、左斜め下の部分、溝で四角形に区切られた部分がガシャリ、と音を立てて飛び出してきた。

 結構な勢いで脛にぶつかったものだから、余りの痛さに私は情けないうめき声を上げて蹲る。


 「こ、この野郎……! あれか、私が無遠慮に触りまくったからか。物言わぬ無機物の癖して、ちくしょうめ」


 私は渾身の恨みを込めて飛び出た部分を睨みつける。

 尤も、私が視線を向けた所で、()()はうんともすんとも言わぬことは、理解していたのだけれど。

 そして、飛び出した壁の一部分。それは見た所、明らかにコンソールだった。格子状に区切られた白いキーボードと、入力されたものを表示する液晶画面。

 パッと見では分厚い電卓にしか見えないが、素人目の私でも下手げに触っちゃ不味い代物だって分かる。

 それを目にした私は――。


 「もちろん、触るんですけどね。ええっと、これ、何をどう入力すればいいんだろう?」


 3×5列で並んでいるキーボードには、文字化けしたような、意味不明の漢字らしき文字がそれぞれ印字されていた。

 日本語に見えなくもない文字もあったが、殆どが馴染みのない、言ってみれば地球上に存在するどの言語にも該当しないものだと分かる。


 「適当に押しちゃって大丈夫かな? うーん、取り敢えず、押すっとな!」


 私は左斜め上にある文字をポチっと押してみる。

 何も反応しない。

 いや、正確には液晶画面にキーボードに印字されているものと同じ文字が表示されている。


 「あー。これ、もしかして何種類かの文字を入力しなくちゃ駄目なパターンかな? じゃあ――っ!」


 不意に。私の心臓が、どくんと大きな音を立てた。

 強く心臓を握りしめられたような圧迫感に、息が苦しくなる。

 でも、それは不快なものでは決してなくて。


 さっきまでの恐怖心は、どこかへと消え去っていた。代わりに湧き上がっていたのは、泣きたいくらいの懐かしさ。

 駄々っ子の様に喚き散らしたい衝動をぎゅっと堪えて、私はただ、心が命ずるままにキーボードに指を滑らせる。

 左斜め上、その真下を2回、真ん中の列を左、右、真ん中の順で。一番下の真ん中を3回。

 そして最後に、右斜め上を長押し。

 ()()()()()()()()()()


 どくん、どくんと心臓の音が煩い。

 それだけじゃない。さっきから、左の薬指が猛烈に熱い。正確に言うと、薬指の根元から第二関節の間くらいの所が。

 予想どうり、私が入力し終えた途端、壁に白金色の幾何学的な模様が浮かび上がった。

 プシューッっと空気が漏れる音に続いて、ガタン、という大きな音。

 卵型の白い壁は起動音を響かせながら、ゆっくりとその中身をさらけ出した。

 


 「――!」


 ベッドの下から急いで持ってきたゴキブリ退治用のジェットスプレーと懐中電灯を手に臨戦態勢に入っていた私は、白い壁の中から現れたモノに、今度こそ絶句した。

 壁の内側は、コックピットになっていた。

 それも、ロボットアニメに出てくるような、左右一対の操縦桿とか色んなスイッチやらボタンがあちこちにひしめく、メカメカしいやつ。

 だが、問題はそこじゃなかった。

 一人の男性が土下座している。

 それも、見たこともないきらびやかな服を着た、美青年が。


 「……は?」


 そして、私はその美青年の名を知っていた。

 そう。

 彼の名は――――アトリア。

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