第20話 後輩ちゃんが求めた力
私はびくりと体を硬直させて、声が聞こえた方向へ顔を向ける。
センターハウスの入口で、息を切らせた紬ちゃんが立っていた。肌は病的な迄に白く、髪色も殆どが白くなっている。瞳の色は血の色に染まり、頬にうっすらと蒼い一本の線が奔っていた。
紬ちゃんはキッとフィオーネを睨みつけて、征也さんを守るように立ちふさがる。
なんで、どうして。その疑問は直ぐに解消した。硬く握られた彼女の右手が青白く発光している。多分、征也さんが持っている持っている石と同じ物を、彼女も手に入れたんだろう。
そっか。探しに行ってたんだ、一人で。私たちに何にも言わずに。紬ちゃんがなかなか戻らなかった理由を察した私は、何故だか紬ちゃんに裏切られたような気がして、酷く胸が痛んだ。
フィオーネは黙り込む私達を交互に見て、溜息を吐いた。
「そう。貴女だったんだ、空間隔違点発生の原因は」
「くうかん……? あなた、何を言っているの」
「知らなくていい。忠告しておくと、その力の使い方は間違っているよ。鉱石の扱い方も知らない旧時代の人間ごときが、触って良いものじゃ無い」
「だから、何を言って――っ!」
激昂した紬ちゃんがフィオーネに詰め寄ろうとしたその時、紬ちゃんは頭を抱えて蹲る。激しい痛みが彼女を蝕んでいるのか、額に脂汗が浮かんでいる。
私は今すぐに駆け寄って助けてあげようとしたけれど、状況がそれを許さなかった。フィオーネが私を目で制し、黙って首を横に振る。彼女の眼は、表情は。私に出来ることは何も無いと言っていた。
フィオーネが手をかざしながらゆっくりと紬ちゃんに歩き出す。
「近づかないでっ!」
そう叫んだ紬ちゃんが、右腕を振るう。
灰色の空間に罅が入り、ガラスが割れた様な音と共に空間が裂けて別の空間が姿を現した。
あんな事まで出来るなんて。苦しみながらも人間離れした異能の力を振るった後輩に、私は背筋が凍った。
「あんたを、過去に送り返す」
「……へえ。旧時代の人間風情が、大口を叩くなんて」
フィオーネはそう言って、金色の瞳に鋭い光を宿す。
ふと、私は大小様々な光が煌く紫色の空間から、七色の光に包まれた誰かが出てきたのが分かった。けれども、まるで靄が掛かっているかのように顔も姿も見えない。
あれは、誰なんだろう。
だが、それは一瞬の事で紬ちゃんの呻き声と共に姿を消した。紬ちゃんの握る青い鉱石が光を失い、それと同時に異空間も閉じた。
空間が閉じた痕跡を横目で見ながら、フィオーネは紬ちゃんを憐れむように見ながら話し掛ける。
「無理しない方がいい。拒絶反応で相当苦しいでしょ」
「あ、あんたに何が分かるのっ! 私はっ」
「喋らなくていい。貴女の行動は理解した。それを使って、過去を覗き見てたんだね。それが快感になって止められず、タガが外れて力の制御が出来なくなったって所かな」
「……っ、このっ!」
彼女の反応を見るに、フィオーネの言葉は図星らしい。
だったら、紬ちゃんが妙に察しが良かったのもあの石の所為か。あの子は日常的に青い石を利用していたのかもしれない。
私は二人の会話を聞きながら、冷静でいられている自分に遅まきながら気が付く。
「私の魔法に介入出来ているのも、蒼鉱石が理由。貴女は力を使って、魔法が掛かる前の自分を固定した」
「だから、何なの。あんたには関係無い」
「でも、この有様。抑制アイテムも無しに使うから、星の力に呑まれる。ねえ、気付いてる?」
苦しみながらもふらふらと立ち上がった紬ちゃんに、フィオーネは尚も見下ろしながら淡々と告げる。
「あなた、もうシンカしてる」
シンカ。紬ちゃんが、私と同じくシンカしている。それも、こんなに早い時間軸で。フィオーネの言葉は私の胸に深く突き刺さり、じわじわと絶望が広がっていく感覚に足が震える。
だって、彼女がシンカするなんて未来、私の予言には無かった。
自分の行く末を理解出来ているのだろう、表情を強張らせた紬ちゃんを他所にフィオーネはポケットから何かを取り出す。
私にはどう見ても拳銃にしか見えないそれを、彼女は紬ちゃんに銃口を向けて厳かな口調で詠唱を始めた。
「"時の鐘は打刻を失い、万象は輪廻を忘れ旅路を流離う。私は籠へ連なりし者。己を鑑みぬ蒙昧なる賢者は、秩序と理の束縛に悶える"――」
「へっ!? 紬ちゃん、離れて!」
何かヤバイ。そう感じた私は咄嗟に紬ちゃんを守る為に駆けだす。
「"時の果てを知らぬ無垢なる愚者に、暗然と悠揚の福音を。"――中級事象干渉魔法・強制剥離」
詠唱が終わると同時に、フィオーネは引き金を引いた。
銃口から放たれた眩い銀閃は、私をすり抜けて紬ちゃんの右手を貫通する。強烈な破裂音と共に紬ちゃんの右腕が跳ね上がり、衝撃によって開かれた右手から青い鉱石が離れ、粉々に砕かれてあちこちに散って行く。
弾き飛ばされた青い鉱石が欠片も残さずに消えて行くと同時に、紬ちゃんの姿も元に戻っていく。髪の色が戻り、次いで肌に血の色が差し、瞳は鳶色に。けれども、頬に奔った青い線だけは残った。
「つ、紬ちゃん。大丈夫?」
「……はい。先輩も、さっき光が先輩の体を」
「私は大丈夫。それよりも、今は自分のを一番に考えなさい」
フィオーネは私たちの方へ歩きながら、軽く指を振る。細い銀色の光が空間のあちこちに刺さり、刺さった場所から次第に色が戻っていく。
次いで征也さんの手から青い鉱石をそっと取り上げると、指先で挟んで力を込めた。
ピシリ、と音を立ててひび割れてゆく鉱石を見て、私は慌ててフィオーネを制止する。
「待って! それ、割っちゃうの?」
「? そうだよ。だって、この時間軸には必要無いんだもの」
何でもない風に彼女は言うが、とんでもない。あれは大事な後輩を変異させた発生源なのだ。
何が何でも持ち帰って、セイヤに調べて貰わない事には。
「フィオーネ、聞いて。紬ちゃんがシンカした原因がその石、私持って帰りたいの。とことんまで調べて、もうこの子が関わらないようにしたい」
焦りながら言葉を紡ぐ。一度シンカした人間は、この石と関わらざるを得ないし決して元には戻らないと解っているのに、だ。
フィオーネは思案顔で私を見て、小さく頷いた。
「これを、アトリアに渡して」
そう言うと、フィオーネはトパーズのような鉱石をポケットから取り出して私に手渡す。
……これは、黄鉱石。それも、セカンダルの王立研究所にあった物。
「アトリアなら、多分謎も解ける。記憶もね」
どうしてそれを。そう口に出そうとした時には、魔法は解けて世界は色を取り戻した。
「深山さん、やっぱり俺も……? って、二人ともどうしたんですか?」
後には、茫然と立ち尽くす私と荒い息を吐いて蹲る紬ちゃん、何も無い掌を空に差し出す征也さんが残った。




