第19話 異次元からの介入
「っ! こ、これって!」
私以外の全てが灰色に凍った世界の中で、私は目の前の現象に開いた口が塞がらなかった。
それは、この光景を再び目にしたからでは無い。あらゆる物質が静止した空間の中で、征也さんの掌にある青い鉱石が燦然と輝いていたからだ。
鉱石の中で星が無数に集まった時のような、或いは水晶が燃えているかのような光を放っている。よくよく見ると、征也さんの手がゆっくりとだが元の色を取り戻しているように見えた。
この奇怪な現象には覚えがある。確か、スーパーに行った時に一度だけ遭遇した。最下級時空間固定魔法って言っていたっけ。
あの時は、アイドルの●●●君がこの魔法を使ったんだ。
……あれ。あの人、名前なんて言ってたっけ。
「失敗。座標設定がゼプト単位でずれてたなんて。いいや、割っちゃえ」
後ろから聞こえた透き通った女性の声に、私は飛び上がらんばかりに驚いた。
だって、周囲を見渡しても私以外動いている人なんて居なかった。物音1つしない空間に私以外の声が聞こえてきたら、誰だって驚く。
振り返ると、灰色の空間の中に一本の罅が入っていた。その罅は次第に大きくなり、やがて布を引き裂いた様な音と共に空間が割れた。コールタールよりも深い漆黒の中から現れたのは、白のブレザーと赤色のプリーツスカートに身を包んだ高校生位の少女。
その女の人は、私を認めると眠そうな目を僅かばかりに開いた。
「――あれ? この空間の中で、動ける人が他に居たなんて」
その言葉から察するに、この女の子が空間を固めたと見て間違いないだろう。けれども、一体全体何の為に?
私はいつでも逃げられるようゆっくりと後ずさりながら、女の子の様子を伺う。こちらに害意は無さそうだけど、油断はしない。スキーブーツに残った雪で滑るのが不安になって、私はぐっと両手を握りしめた。
だけど、少女は首を傾げながら私を観察した後、ふっと相好を崩した。
「久しぶり、アトリアの番。いや、ハルカ。まさかこんな場所で出会えるなんて」
「え?」
「会うのは何時ぶりだろう。懐かしいね」
ひ、久しぶり? 私が?
生憎と目の前の少女に見覚えは無いし、恐らく初対面だと思う。懐かしいって言われても、私にはなんの事だかさっぱりだ。
だけど、少女は旧友に再会したかのように話を進める。
「ここに来たのはね。この時間軸において、空間隔違点が連続的に観測されたからなんだ。少し気になるなーって思って次元跳躍してみたら、なんとビックリ。まさか現時点で蒼鉱石が人類に発見されるなんて」
空間隔違点? 蒼鉱石? この子、一体何を言っているんだろう。
彼女の言っている内容はさっぱり理解出来ないけれど、話を聞いている内に直感した。
私はこの子を知っている。それは、幾度かの予言によって蘇った、私の体験してきた未来の記憶。それに、次第に熱を帯びてくる左手の薬指。
あの黄色い鉱石を介したせいやとの繋がりが、私の勘が正しいと証明してくれている。
尤も、彼女の名前は依然として思い出せないままだけど。だから、私は彼女に尋ねる。
「貴女は、誰なの?」
「私? 私の名前、覚えてないの?」
覚えている訳無いでしょうに。そんなツッコミを心の中でしつつ、目の前の女性を観察する。銀と見間違うほどの白い髪。白い肌に、金色の眼。ほっそりした体つきは年頃の女性よりも幼さを感じられる。
浮かんでは消えて行く朧げな記憶に、私は何度も手を伸ばす。けれども、すんでの所でするりと抜けていく感覚に苛立ちを隠せない。
うんうんと唸る私を暫くぼぅっと眺めていた彼女は、不思議そうに頭を傾けながら小さく呟いた。
「本当に、覚えてないみたい。残念」
「残念って言われても。本当に初対面なんだけど」
そう言うと、 目の前の少女は残念そうに肩を落とした。
「そっか。仕方ない、自己紹介してあげる。私はフリックガング。フリックガング・フェオーネ・ラィ=セカンダル。よろしく、アトリアの番。ううん、ハルカ」
その名を聞いた途端、ギシリと嫌な音が頭に響き、同時に記憶が溢れた。
(ガリバー旅行記? それ面白い?)
(私は面白かったよ。フェオーネも、偶には地球の本を読んでみたら?)
(必要ない。旧時代の本なんて読んでも、脳のリソースが圧迫されるだけ。……でも、興味が出てきたら借りるかも)
(その言葉、忘れないからね。それにしても。ふふ、ツンデレさんめ)
(ツンデレ違う。お母様に言うよ? アトリアの番が虐めたって)
……ああ、この記憶は。
私がセカンダルに滞在した時の記憶。あの子との大事な思い出。そして、私がいずれ到達する
今よりそう遠くない未来で、私はこの子と出会う。
「どうしたの、ハルカ。急に固まっちゃって」
「何でもない。あと、その呼び方は止めてよね。フリックガング」
そう言うと、少女は顔を顰める。ふふ、そうだった。彼女は自分の名前が嫌いなんだった。男らしくて嫌なんだって、しょっちゅう言っていたっけ。
ねえ、フィオーネ。そう声を掛けようとしたところで、征也さんの真後ろから声が響いた。
「先輩に何してるの!」




