第17話 湧き上がる不可解
西暦2019年、4月16日。12時47分。
私は社員食堂にて、鰆の照り焼き定食に舌鼓を打っていた――なんてことは無く、現在絶賛居候中のセイヤの事を思い出していた。
眼の色、髪の色、肌の色。鼻の輪郭や、耳の形だって違う。けれども、今目の前に居る征也さんと、セイヤは確かによく似ていた。
……あの時。
2週間ほど前、白い機械と共に突如として家の中に現れたセイヤ。
目覚めた彼は記憶を失っていて、私は片思い中の人の名前をつけたけれど。
彼が因果の流れを巡って私の前に現れたのは、既に定められていた事象の1つに過ぎない。
あの時会社の中で奔った頭痛は、彼の再来を知らせていたのだろう。
(もしかしたら、セイヤは秋山さんに縁がある人なのかもしれない)
既に私は、セイヤが地球人でないことを知っている。彼の出身地や家族構成はまだ思い出せていないのだけれど。恐らく、近い将来思い出す。
いつか訪れる、離別の未来へ向かうにつれて。
そしてもう一つ。私の中で目覚めつつある予言の力。全ての生命がいつか必ず手に入れる、シンカの力。
私が視た未来は全てが物悲しくて、いつか必ず訪れる未来に押しつぶされそうになるけど。
でも、記憶を取り戻したセイヤなら。●●●●と私なら、未来を変えられるかもしれない。
(……ん?)
私は、脳内を掠めた僅かな違和感に思わず箸を止めた。
セイヤ。そう、彼の名は今現在セイヤだ。私がそう名付けたから。
けど私は今、確かに別の名前を呼んだ気がする。確か――。
だが、脳裏に浮かんでは消える思考の泡から拾い上げようとした彼の名は、隣に座る紬ちゃんの怒声によってかき消された。
「だーかーら。私は別に、貰ったお給料の中でやり繰りしてるんだから、別にいいじゃない」
「良くない。第一紬、今月いくら課金した? こっちは親御さんから言われてるんだぞ? 紬はいっつも金欠だって騒いでるって」
「ぐ、お母さんめ。言わなくていい事をなんで言っちゃうかなー」
「まだある。お前、ご飯あんまり食べてないらしいな? 昔からお前は小食だったけど、最近はより食べなくなったって言ってたぞ」
「べ、別に。ちゃんと食べてるよっ」
子供を叱る親のようで、或いは妹に注意をする兄のようにも見える。
そんな2人を間に挟みながら、ご飯を頬張る私と間島さん。面白そうに見守る外野。
なんだろう、漫画のワンシーンを追体験してるみたいだ。それか、ドラマの撮影に放り込まれでもしたのかな。
余りにも場違いな状況に戸惑っていると、遂に痺れを切らしたのか、紬ちゃんがガタリと音を立てて立ち上がった。
「もういいっ! ごちそうさま!」
「あ、おい待て紬。っていうか、まだ食べてないだろ」
「もう食べ終わった! 遥風先輩、先に経理室戻りますね」
「う、うん」
ぷんすかと怒りながら食堂を後にする紬ちゃんに、慌てて立ち上がる征也さん。だけど、食器が空になっているのを見て、愕然とした様子で目を見開いたまま硬直した。
………なんだろう。何か引っかかるような。
「相変わらず、紬君は征也君に辛辣だね。もうちょっと優しくなっても良いのにね」
コーヒーを啜りながら紬ちゃんを見送る間島さんは、そう言いながらもどこか面白そうに含み笑いを浮かべている。
それに、営業部の人たちだろうか。どこかのテーブルから、「また怒らせたのかよ征也」とか、「次はどっちに賭ける」とか揶揄いの声が聞こえてきた。
征也さんはひと睨みでその声を封殺すると、席に座りなおして私と間島さんに頭を下げる。
「すみません。せっかくのお昼の場なのに」
「い、いえ。気にしないでください。」
「気にしてないよ。それにしても、紬君の怒り方は豪快だね。見てて心底気持ちがいいよ」
私達がそう言うと、征也さんは大きく溜息をついた。
「あいつ、昔から心配になるんです。無鉄砲というか、考えこんだら一直線というか」
「気にしすぎなんじゃないかな。紬君だってもう立派な大人なんだし」
「そうですよ。紬ちゃん、経理室に居る時はしっかりしてますよ?」
「そうだといいんですけどね」
そう言いながらも征也さんは眉を曇らせている。
コーヒーを飲み終わった間島さんが、「じゃあ、お先に」と言って席を立った。
間島さんを見送った私と征也さんは、しばらく無言のままご飯を食べ進める。……あ、このお漬物、美味しー。
それにしても。き、気まずい。
無言に耐えかねて口を開きかけたその時。征也さんがぽつりとこう零した。
「あいつ、いつ飯を食い終わったんだ?」
「え?」
何時って、何時だろう。2人が言い争う前とか?
でも、私が座った時にはまだ手を付けてなかったような気もする。
私が返答に窮していると、征也さんは私の方に向き直って真剣な眼差しで私にこう言った。
「あの、深山さん。紬、いつ昼飯を食べ終わったか見ました?」
「……いえ」
「俺が席に座った時は、まだ口を付けてないハンバーグ定食があったんです。でも、そのあとすぐ喧嘩になって」
「そう、ですね。その時は、まだ2人とも食べてませんでしたよね」
「はい。けど、あいつが席を立った時、もう食器が空になってたんです。……あいつ、いつ飯を食べたんですか?」
そんな馬鹿な話があるだろうか。
いつの間にかご飯が消えて無くなるなんて。そんな、超能力者でもあるまいし。
――超能力?
脳内に浮かんだ一言にぎくりとしたその時。私の頭に電流が奔った。
《先輩。私、どうかしちゃったんです》
《こんなはずじゃ無かったのに》
《こんな風になりたかった訳じゃないのに》
《先輩。せーや。助けて》
それは、未来の記憶。紬ちゃんは未来で、大粒の涙を流しながら私と征也さんに慟哭していた。
変わり果てた自分に。
変わらない周囲に。
絶望するしかない状況に。
私が見た未来は、確かに紬ちゃんの異変を伝えていた。
「あの、深山さん?」
「え」
「大丈夫ですか? なんだか、急に立ち上がって」
私はいつの間にか立ち上がっていたらしい。仲の良い同期や先輩たちが、心配そうに私を見つめていた。
私は何でもないですと言って周囲に微笑むと、慌てて椅子に座る。
今のは、話したところで絶対に理解されない。
征也さんは私のとった不審な行動に疑問を抱いているようだったが、こほんと咳払いをすると話を続けた。
「それだけじゃないんです。ついこの前なんですけど。あいつ、急に白髪が増えて、肌も真っ白になって」
「ありましたね」
「俺、どうしたって聞いたんです。でも、あいつ何でもないって」
「絶対そんなわけないんです。だって、あいつがああなったのって」
そこまで言って、征也さんは口を噤んだ。
「もしかして、紬ちゃんがああなった原因に心当たりがあるんですか?」
「……」
征也さんは周りをきょろきょろと見渡して、誰も注目していないことを確認すると、スーツの内ポケットから布にくるまれた何かを取り出した。
布の中には、深い青色の鉱物が入っていた。
海の色よりも、この世界のどんな青よりも深い青色をしたその鉱石は、じっと見つめていると吸い込まれそうな感覚に陥る。その中心では、うっすらと光が揺らめいているようにも見えた。
私がその鉱物から目を逸らせずにいると、征也さんが忌々しそうにこう言った。
「これを見つけてからなんです。あいつがおかしくなり始めたのは」




