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厄災のアトリア  作者: まほろば


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第12話 紬ちゃんの疑心

 「先輩、男ができましたね」


 朝の朝礼を終えて、私の隣の席に座った紬ちゃんが開口一番、恨み節をぶつけてきた。

 こやつ、なんで分かった。



 西暦2019年、4月8日。午前8時32分。

 株式会社Hamburgの事務室で、私は昨日から溜まった書類を片付けていた。

 取引先へ送る見積書の作成、棚卸表の作成、稟議書・物品購入申請書類の作成、等々。

 片付けても片付けても机の上にどどんと乗せられた書類は増える一方で、隣の紬ちゃんも朝からクレームの対応やら商談に来る相手先に渡す書類の作成やらで忙しそうにしていた。


 「紬ちゃーん、ちょっといいかな」


 2階の総務部にいる年配の男性が事務室に来た。確か、名前は高山英一郎さん。この会社が設立された当初から居て、社長と大の親友らしい。社内ではとても頼りになる存在で、私にとっては雲の上の存在だ。

 しかし、紬ちゃんは高山さんに臆することも無く、仔にゃんこの如く甘えている。


 「はーい。あと1時間待ってくださーい」

 「じゃあ、お茶飲みながら――って、そんなに待てないよ。これ、君が出した物品購入申請書。金額が間違っているよ?」

 「うええっ? 本当ですか?」

 「うん。ほら、ここ。1箱の値段を10箱の値段で書いてる」


 その会話を聞いてぎょっとする。確か、紬ちゃんが通販サイトで頼んだのは、A4用紙100枚入りが8ケース入った商品。

 お値段は確か、税込み2,456円也。それが10箱も届いたら、24,560円!


 「ひゃあー! あ、危ない所だった……」

 「うん、気付けてよかったよ。特に、朝霧さんの耳に入る前にね」


 朝霧さんとは、最近この会社に入社してきた女性社員だ。前の会社で経理やその他事務を担当されていたとの事で、経理部でもないのに数字にはやたらと厳しいのだ。

 彼女の扱いには上司も困っているようで、毎週水曜日に開かれる会議の議題にも上がる程だそうだ。


 「本当にね。紬ちゃん、気を付けないとダメだよ?」

 「えへへ、気を付けます! 高山さん様様ですね!」

 「いやいや、それほどでもないよ。でも、何故か朝霧さんは、紬ちゃんの事を避けているんだよねぇ」


 そうなのだ。

 株式会社Hamburg内で女帝の如く好き勝手している朝霧さんでさえ、目の前にいる紬ちゃんの事を苦手としているらしい。というか、高山さんの言う通り確実に避けている。それも、たいそう露骨に、だ。

 例えば、紬ちゃんが総務のフロアに顔を出すと、朝霧さんは途端に姿を消す。それだけじゃない、どれだけ他の社員にきつい言葉を浴びせる彼女でも、紬ちゃんには何も言わないのだ。

 社内では、紬ちゃんは朝霧さんの弱みを握っているに違いないという噂で持ちきりになっている。


 「そんな事ないですよー。朝霧さんとちょっとお話しただけですし」


 そう言う紬ちゃんの声色は、冷たい。それはもう、絶対零度の息吹を浴びていると思った程だ。普段の温厚そうな表情はなりを潜め、口は弧を描いているのに目が笑っていないのが余計に恐怖心を煽る。


 「うわあ、怖い怖い! 紬ちゃん、人様に見せられない顔になっているよー!」

 「おっと、いけないいけない。私のイメージが崩れる所だった。それじゃ、この書類は直しちゃいますねー」


 怯える高山さんに、紬ちゃんは冗談めいた仕草で頬をぐにぐにと弄ぶ。っそうして、にっこりと笑うと受け取った書類を直し始めた。

 私は、紬ちゃんは絶対に敵に回してはならないと心に誓いつつ、お昼の休憩に入るまで目の前の書類と格闘し続けた。




 同年、同日。午後0時45分。遅めの昼食を取っていた私と紬ちゃんは、朝交わした会話の件について再び話していた。


 「それで? なにがどうして、私に男がいるって勘違いしたのよ?」

 「だってだって、遥風さん。なんかいつもより生き生きしてるし、それに今日はお弁当だし」


 そう言って、紬ちゃんはデスクの上に乗っているお弁当箱を指さす。そうなのだ。何を隠そう、今日はお弁当を持参している。いつもは近くのコンビニ弁当を持参しているのだが、朝2人分の食事を作るようになってからは、ついでに弁当も作っちゃえという事になった。

 作ってはみたものの、おかずの殆どが冷凍だったり、前日の残り物である。

 でもいいよね、冷凍食品。まさか、あんなに進化を遂げているとは思わなかったよ。


 「べ、弁当を作って来たくらいで、そんな風に見える?」

 「うー……、絶対怪しいですよっ。私達、お互い独身でいようねって誓い合った仲じゃないですか」

 「いや、断じて誓ってないから」


 断じて誓ってなどいない。断じて、だ。

 私はその後も続く紬ちゃんの恨み節を右から左へ受け流しながら、お弁当をつつく。

 ――セイヤ、大丈夫かな?

 私は、家に1人でいる同居人が心配になった。ガスコンロは危ないから絶対に使わないように言ってあるし、電子レンジとオーブントースターの使い方もばっちり教えた。冷蔵庫は開けたら必ず閉めるように言ってあるし、大丈夫だよね?


 「先輩、聞いてますか!」

 「へ? ああえっと、ごめん聞いてなかった。なあに?」

 「先輩のいじわるっ! もういいですよーだ!」


 すっかりへそを曲げてしまった後輩を宥めつつ、私は今日の夕飯は何が喜ぶかな、なんて考えていた。

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