表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート①怒りの国

作者: 3番サード

 「その国の人間はわけもなく怒り狂っている。とても正気ではない。」と、隣国の人々は言う。しかしながら、わけもなく、というのはいささか見当違いである。その国では、「本音を人前にさらけ出す」ことが奨励された結果、ほとんどの人々が、怒りという感情のストッパーを外してしまったのだ。要するに、思ったことを口に出すようになったらみんな何かに怒っていた、というのが正解である。いつしか誰に対しても、内に秘めた怒りをぶつけることが日常になった。そして、とても正気ではない、というのはまさにその通りだと思う。


 「どこ見て歩いてるんだババア!轢き殺されてえのかこの馬鹿!」

 タクシーの運転手が、道端を歩いていた中年の女性に怒鳴る。

 「こんな路地裏でスピード出す方がおかしいだろ!とっとと辞めちまえヘタクソドライバー!」

 中年女性も負けじと言い返す。

 家を出れば、ものの数秒でこのような光景に出くわす。もっとも、今回の例はただ短気な2人の言い争いにしか見えない分、かなりまともである。


 授業中の教室などはもう、見るに堪えない。

 坊主頭の男子生徒が「先生!眠い!授業長いしうざい!」とどうしようもないことを口走り、「黙れクズ!お前みたいなのは生徒でもなんでもない帰れ!」と明らかに怒りすぎな先生に、「教師がクズとか言うのキモ」と三つ編みの女子生徒がボソッと呟く。

 「今俺にキモって言ったの真紀ちゃん?もう1回言ってもらっていいかな」

 こんな馬鹿馬鹿しい本音のやり取りの中、授業が進行していく。


 誰にも聞こえないよう慎重に、フッとため息を吐く。ため息など聞かれてしまえば、怒りの火種になり得ることが容易に想像できた。ここで言うため息とは「何の気なしに発した言葉」と同義である。臆病な私は、この1か月間ほとんど誰とも会話をしていなかった。本音、もとい怒りの矛先が自分に向くことに怯え、嘆き、暮らしているのが私で、この国の現状を本気で憂いていた。見知らぬタクシードライバーも中年女性も、クラスメイトも先生も、みんな、毎日顔をぐしゃぐしゃにして怒っている。どうしてこんな世の中になってしまったのか。私は、まだ自分だけが正気を保っていると信じていた。


 私の隣の席には、先ほど発言した三つ編みの女子生徒が座っている。彼女はゆっくりと顔をこちらに向け、私の目をまっすぐ見て話しかけてくる。

「ねえ三島くん。今日もずっと黙ってるんだね。三島くんってなんだか、いつも怒ってるみたいで気持ち悪いね。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ