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南風に乗って

作者: i-ziu

 お庭に、椰子の木の芽が出ていた。

 心が躍りだす気持ちを抑え、スコップ片手に早速掘り出す作業を始める。前に日本に遊びに言ったとき、現地で知り合った人に教えてもらったのだ。椰子の木は小さい内ならタケノコみたいで茹でて食べると美味しいって。

 丁寧に椰子の木を掘り返してると、海の香りと何だか花火の匂いが流れて来ることに気づいた。変ね、今日は何かの祭日だったかしら、それとも近所の子供が線香花火でもしてるのかしら。

 あぁ、線香花火!夏の風物詩!また花火で遊んでみたくなってしまった。次に入港する日本〜ハワイ間の貨物船に線香花火は含まれてないかしら。あるのならば、私のために何本か都合を付けてくれると嬉しいのだけども。


 徐々にスコップが椰子の木を掘り返すごとに、かって味わったタケノコの煮物の味覚が口一杯に再現される。柔らかく肉質のあるタケノコ、噛むごとに溢れ出す醤油と鰹節の風味、昆布とお酒と共に煮込んだそれは日本料理の定番とさえ言える。

 でもタケノコには弱点があった。収穫後にすぐ食べないと急激に甘みが無くなり、アクが強くなって美味しくなくなって来るのだ。だからタケノコは、朝に収穫して一時間以内に調理するのがベストだと言われている。

 そうなると問題があった。私の住んでるハワイのイオラニ宮殿から、東京までの距離となると6210kmにも達してしまう。もちろん、ハワイではタケノコは栽培してないので、食べるとしたらアジア圏からの取り寄せとなり、どうしても長期保存のための加工を施すことになる、結果としてタケノコの甘みは夢幻のごとく霧散してしまう。

 フリルのついた純白のハンカチを取り出し滴る汗を拭く、ハワイアンの柔和な顔立ちの中に、どことなく日本人女性を思わせる丸みを帯びた顔立ちを思わせる。日本人とハワイアンの混血児、それが彼女マリーベル。日本では、真理鈴と名乗ることにしてるけれど。


 なんとか掘り出して水洗いしてみると、幼い椰子の木は水滴を反射し美しく新鮮そうに輝いてみせた。それが嬉しくて、誰かに見て欲しくて駆け出した。執事の叫び声と後ろからの爆音はほぼ同時だった。

 振り向くと、ホノルル飛行場から無数の黒煙が揺らめき、夥しい数の航空機が上空を乱舞していた。南国特有の熱風の中に混じってた火薬の臭いはこれだったんだ。

 いつのまにか執事のセバスチャンが、傍まで来て戦争が始まったことを次げた。先ほど大使館経由で、米国から宣戦布告されたと言うことを。空からは米国戦闘機らしい、獰猛で力強い発動機音が響いて大地を振動させていた。


 そうだ戦わなくては、民と国を守るため今こそ。

 その意思をセバスチャンに伝えると、声を裏返して露骨に慌てた。当然の反応と言えた、国王であるリリウオカラニは海に泳ぎに行くと言ったっきり連絡がつかず。その他の王族も、欧州で始まった全世界規模での戦争の予感に怯え、各国を外交戦略のため飛び回っている。その多くは、戦争回避のために英国や米国などの敵対国家に常駐しており、万が一の危険もある。

 最悪の場合、リリウオカラニ女王の第一子である、マリーベリーが王座に座り、ハワイ王国を導いて行かなくては成らない。そう1941年12月8日早朝のホノルルはそんな場所だった。


 「畜生、米公どもがぁー、農夫を先導してクーデターを実行するだけじゃ飽き足らずよくここまでぇー」

 あまりに頭に来たのでそんな暴言を吐いてみる、空かさずセバスチャンがそれを窘める。いいですかマリーベル様、王女足るもの常に言葉使いにはー。

 最初の目に見えることの発端は、1893年1月に起こったと思う。米国資本系の農場経営者らが中心となり行ったクーデターだ。彼らに先導された農夫らの集団はは、ホノルルを抗議しながら練り歩き、ハワイ王国の中心部であるイオラニ宮殿を包囲すると、リリウオカラニ女王の退陣を迫った。

 ハワイ政府とクーデター勢力の交渉は数時間に渡り、リリウオカラニ女王の必死の説得が行われてるとき奇跡が起きた。イオラニ宮殿を包囲していたクーデター勢力が解散を始めたのだ。ハワイに移民していた日系人のおよそ三万人が、リリウオカラニ女王の危機を知るや集結を開始し、宮殿を包囲した勢力を逆包囲することに成功したからだ。

 女王はこれにいたく感謝し、ハワイの日系人と日本政府に謝辞を述べた。この事件は裏で米政府が手引きしていたことを知ると、米国に警戒感を強め、数年後に事実上の対米戦略として、日布同盟を締結するに到った。


 マリーベルはそんな国際情勢の中で、日本とハワイの結びつきを強化するために、東伏見宮依仁親王とリリウオカラニ女王の間に儲けられた子供だった。政略結婚だったけれど夫婦仲はマリーベルから見て円満だったように思える、両親は国を指導する立場なので国際情勢が悪化してからは殆ど会えなくなってしまったけど。


 「よし、では早速ハワイ王朝近衛師団を集結させよ、米軍の襲来にそなえ守りを備えるのじゃ!!」

 カメハメハ王朝は、軍事によってハワイを全統治した戦闘的な王族だ。ようするにハワイで一番ケンカが強いのが彼らだ。こんなとき逃げ出してどするのだ。そんな風に彼女が考えてると、セバスチャンが寝耳に水のようなことを言ってくる。

 「お気持ちは分かりますが、マリーベル様にはハワイより脱出して貰います。もうすぐ同盟国である日本の戦闘機が、ここに到着するとの連絡がありまして……」

 「脱出だと!!民を置いて脱出など出来ぬわ、たとえこの身が砕けようともっ最後まで戦うぞ!!」


 そこまで言って、マリーベルのお腹が空腹の悲鳴をあげた。何となく格好つけて演説の真似事までしてたので気まずい雰囲気すらした。それは、彼女に冷静に状況を分析する切欠を与えたのかも知れない。

 「あー、そうじゃな。食べることは戦の基本じゃからな、それに王様の所在を掴めぬのなら万が一に備えることも必要じゃな、私がいれば今ハワイが占領されようとも勝機は残される」

 国が国としての幻想を維持するには、その主柱となる文化が絶対に必要だった。そして王族とは、その文化的な主柱の最も分かり易い象徴だ。王が崩御したことが原因となり消滅した国はあまりにも多い。


 米国戦闘機とは違う、洗練された発動機音が聴こえてきた。空をみると日の丸が胴体に描かれた戦闘機が降下してくる。その機体は優雅にイオラニ宮殿上空を一周すると、近くの交通道路に悠々と着陸してみせた。

 キャノピーが開くと、中から女の子が出てきた。可愛らしくお嬢様結びをしたスレンダーなパイロットだった。最近の大和撫子は銃も握ると言うのは本当だったのね。

 パイロットはマリーベルの前に来ると、彼女と彼女が持ってる椰子の木を交互に見た。その後ろにいるセバスチャンを見ると鍋を抱えており、その中には、醤油・鰹節・日本酒・蒟蒻らしきものが入っていた。推測するにどうやら椰子の木をタケノコに見立て土佐煮を作るらしい。全くこんな緊急時にふざけた奴。


 それが顔に出てしまったのか、マリーベルは文句を垂れ出した。

 「いいか、パイロットよ。食することは全ての基本じゃ、日ノ本の国にも腹が減っては戦は出来ぬと諺があるじゃろう。美味しい物を食べれば笑顔になれる、お腹が満腹になれば笑顔になれる。食が満たされると言う事は民が満たされると言うことじゃ。それは何をするにも常に基礎となることじゃし、我々が達成し続けなければ行けない目標じゃ。してそちの名前はなんと言う?」


 そこで初めてパイロットは自分が名乗ってない無礼に気づいた。いけない、これは急いでたとは言え処罰ものかも知れない。

 「私は大日本海軍第一航空戦隊所属の、志木目昴です。とにかく、今は急を要しますので手に持った物を置いて一刻も早くあの戦闘機に乗って下さい」

 昴が指差した戦闘機は、新品のまだ塗装の真新しい匂いも立ち込めるような美しい戦闘機だった。零式艦上戦闘機二一型、それを急遽、マリーベル王女を乗せるために、複座型に改造したのだ。


 「シキモクスバルさんですか、貴女はまだ分かってませんね。いいですか、食べることは戦うことの基本でもあるのです。美味しいものを食べるのは、勝つことの基本でもあるのです。武力によりハワイを統治した私達が言うのですから間違いないです」

 昴は焦った、緊急時だと言うのに王女様の話が予想外に長くなりそうだったからだ。幼少期、校長先生の話で何度も貧血になった昴は、本能的ともいえる知覚でもって貧血になりそうな話を聞き分けるスキルを持っていた。

 そうだこんなことはしていられない、いいじゃないか王女様が土佐煮を作るくらいは、問題があるとすればそれがタケノコじゃないくらいじゃないか、別に食べるのは私じゃないし、うん、そうだそれで行こう


 「分かりました、いいです。その土佐煮セットも一緒に積んで乗って下さい。土佐煮は私も好物です、できればご馳走して欲しいです、王女様の土佐煮を食べればきっと腹も満たされ百戦錬磨でしょうね」

 そこまで言って昴は驚いた、目の前のマリーベル王女が泣いてるからだ、目を真っ赤にして、まだ幼さを残してるとは言え一国の王族がここまで人前で泣き崩れることは予想外だった。

 「分かってくれましたか〜、嬉しいです、嬉しいですうぅ……。こんなに私の料理を切実に熱望される方は生まれて初めてです。私、作ります。昴さんのために、精魂込めて椰子の木の土佐煮を!!」

 そこまで言って、ヒシっとマリーベルは昴の左腕に力強く抱きついた。顔は上気し、なんだか恋する乙女のように見えるのは果たして錯覚だろうかと昴は思った。


 二人は零戦に乗り込む、椰子の木の土佐煮セットと一緒に。

上空には無数の敵機がいる、しかし洋上の機動艦隊と、基地航空隊の総力を上げマリーベル搭乗機を護衛することに全力を尽くすことにより、その努力は何とか成功しつつあった。

 やがて、マリーベルが搭乗した零戦は洋上の航空母艦に無事に着陸すると、挨拶もそこそこに空母の炊事場に直行する、椰子の木の土佐煮を作るため。

 しかし、そこでマリーベルは日本海軍の料理レベルのあまりの体たらくを目の当たりにし、激怒し、日本ハワイ両軍の兵站、とくに食事関係の充足に力を注いでいくことになる

 それは兵站、とくに兵士のそれを軽視し過ぎていた大日本帝国に少なくない影響を与えることになるのだが、それはまた別の話。


 真珠湾攻撃により太平洋戦争と、昴とマリーベルの愛と受難の日々が始まった。


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