下宿には本当に色んな人がいるなと感じる、今日この頃
表示させていた掲示板を消して、僕は毛布にくるまった。
考察厨さん達の助言を聞くことにしたのだ。
神経が高ぶっているから、そんなすぐには寝付けないとおもっていたのだけれど、意外とすぐに睡魔がやってきた。
泣いたのが良かったのかもしれない。
僕はいつの間にか眠ってしまい、気づいたら朝だった。
コンコン、という扉を叩く音で目を覚ました。
鍵はかかっていない。
昨日壊されて、そのままだった。
エマさん曰く、今日修理してもらうとのことだった。
「おーい、起きてるかい??
というか、無事かな??」
ノックの後、そんな声が届いた。
フィンさんだ。
やけに瞼が重かった。
のそのそと起き出す。
「おはよう、ございます」
扉を開けると、フィンさんとエマさんが並んで立っていた
「お、良かった。
無事だ」
フィンさんが言って、エマさんが胸をなでおろしている。
何なんだ、いったい。
「はい?」
僕は首を傾げた。
しかし、それを説明するより先にエマさんが僕の顔を見て、
「なにか冷やすもの持ってくるわね」
なんて言って、その場から去ってしまう。
その背中を見送ってから、フィンさんが口を開いた。
「実は、昨日から今朝にかけて【パーシヴァル】って名前の人物たちが襲われたり、連れ去られたりしてるらしいんだ」
僕は目を丸くした。
(考察厨さんの言った通りだ)
「俺の知り合い、というか同僚にも【パーシヴァル】って名前のやつがいるんだけど。
昨日、無断欠勤したんだ。
真面目なやつで、そんな事するやつじゃない。
欠勤するならするで連絡があるはずなんだ。
でも、連絡はなかった。
もしかしたら体調不良で倒れてるのかもってことになって、そいつの家に上司が訪ねて行ったんだけど、扉が壊されてて家の中も荒らされてた。
それで警察に通報したんだが、どうにも他にも同じことが起きてるらしいことがわかった。
スコアボードに名前が出たから、鍵に関することを聞き出そうと、スコアボードの【パーシヴァル】を探している連中がいるらしい。
それも複数」
うわぁ。
「うわぁ」
思ったことがそのまま声に出てしまった。
「ちなみに、同僚はまだ見つかっていない」
「そうなんですね。
とりあえず、僕は本とメモを盗まれただけですから」
「だけって」
フィンさんは、頭をガシガシとかくと言った。
「アーサー君達の事は聞いた。
まさか窃盗を働くようなカスだとは思ってもみなかったけど」
「あははは。
まぁ、アイツらからしたら俺ってそういう扱いをしてもいい相手だと思われてたってことなんですよねぇ。
悲しいですけど、仕方ないです」
そこで、エマさんが水で濡らしたタオルを持ってきてくれた。
「今日はこの下宿から出ない方がいいわね」
タオルを瞼にあてて冷やしている僕に向かって、エマさんが言った。
「そうですね。
大人しくしてます」
やることはそれなりにある。
部屋の片付けと、それが終わったらこのことを考察厨さんたちに報告しよう。
部屋の大掃除だと思えばいい。
幸いというべきか、勇者や聖杯に関係なさそうな本はのこされていた。
学校で使っていた教科書やノートも、勇者学のもの以外は残されている。
目を冷やして、少しだけ腫れがおさまった。
それからエマさんにタオルを返して、朝食を食べた。
フィンさんは、あの後すぐに出勤していった。
こんな時でも、エマさんの料理は美味しかった。
部屋に戻って片付けを開始した。
勇者関連の書籍がまるっと盗まれたことによって、部屋の中に押し込まれていた物の量が減った結果、お昼すぎには部屋の体裁が戻った。
というか、窃盗にあったあとの方が綺麗という皮肉な結果に、乾いた笑いしか出てこなかった。
どこにあったのか、随分昔に手に入れた旅行雑誌が出てきたので開いてみる。
国内外の勇者関連の観光名所に印がしてあった。
僕が付けたのだろう。
この雑誌は、有力な聖杯への手がかりとは見なされなかったらしい。
イラスト付きで、ご当地グルメの特集記事が載っていた。
勇者と、後に【剣聖】のギフトを与えられる人狼族の青年が出会った場所だ。
様々な屋台が軒を連ねているということが書かれていた。
ついつい見入ってしまった。
それで記憶が刺激されたのか、僕の脳内に勇者アルンと人狼青年の出会いの物語が再生された。
小説ではなく、勉学のためという理由で地元の劇団が公演した演劇の場面が思い出された。
普通に面白かったことを覚えている。
勇者と人狼青年が出会ったのは、勇者が世界を救う旅に出てわりとすぐのことだった。
人狼青年は冤罪により、死刑を待つばかりであった。
それを勇者が救い出し、仲間になった。
勇者にしてみれば、兄のようであり親友であったらしい。
人狼青年と勇者が出会った場所は、王都からほど近い場所だ。
馬車でだいたい二時間くらいか。
その勢いで次々と仲間たち関連の知識を思い出す。
次に仲間になる聖女は、ちょうど国境のあたりだったはずだ。
この場所までは、馬車を乗り継いで半日かかる。
最後に仲間になる大魔導士は、隣国で出会っている。
隣国まで行って戻ってくるのに、強行軍をしたとしても数日がかりだ。
全員が勇者のよき戦友だった、と小説や他の資料には書かれていた。
そこで、妙な引っ掛かりを覚えた。
でも、何に引っ掛かりを感じたのかわからない。
「ま、いっか」
片付けも終わったところで、昼食を摂りに食堂へ向かった。
平日休みの社会人もいるので、エマさんはきちんと昼食も用意してくれるのだ。
昼食を美味しく頂いていると、他の部屋の住人の一人が声をかけてきた。
褐色の肌に、燃えるような赤い瞳、長く黒い髪をした妖艶な異国の女性だ。
占い師をやっているらしい。
「あらぁ、坊や。
昨日は災難だったらしいわね」
「カーリーさん、こんにちは。
えぇ、まぁ」
カーリーさんは笑みを浮かべて、こちらに来ると、僕の前に座り直した。
そして、ジィっと僕の顔を覗き込んできたかと思うと。
「あら?
なにかいい出会いでもあった??」
「はい?」
戸惑う僕を尻目に、カーリーさんはエキゾチックな絵が描かれた数十枚のカードの束を取り出すと、シャッフルを始めた。
彼女の仕事道具だ。
「汚れますよ」
「平気よ」
彼女は、空いてる場所にシャッフルしたカードを並べていく。
絵は、伏せられている。
全部は並べない。
数枚だけだ。
そういえば、格安で下宿に住む女の子たちの恋愛運とか占ってたな、この人。
「あの、ひょっとして僕を占ってます?」
「えぇ」
「代金払えませんよ?」
「いらないわ。
個人的に、面白そうな星が出てたから、なんだろうなって思っただけだから」
「そうですか」
裏にして並べたカードをひっくり返していく。
とても楽しそうだ。
「金運が上がってるわね。
それと、今までの関係が破壊されたことによって、新しい風が舞い込む、いいえ、舞い込んでいるといったところかしら?
それに、坊や、嘘はよくないわ」
「はい?」
「占いの代金が払えないって、嘘ね」
ドキッとした。
鍵を手に入れた時の賞金がある。
だから、払えないと言ったのは確かに正確には嘘になってしまうのだろう。
「まぁ、いいわ。
これは私が勝手にやってることだから。
……試練の後、想い人と出会えるかもしれないって出てるわね。
でも、変ね?
すでにその人とは出会ってるのに、再会するってわけじゃないらしいわ。
すれ違っていたりってわけでも無いらしいし。
顔は合わせていないのに、合わせてるって出てる。
なにかしら、この結果?
んー????」
なんだそりゃ。
カーリーさんからしても、珍しい結果らしかった。
「まぁ、とにかく頑張りなさいな。
あとこれあげる。
なかなか厳しい試練が待ち受けてるみたいだから」
と言って、カーリーさんはこれまた異国情緒溢れるお守りをくれた。
「ありがとうございます」
あとで鞄にでも付けよう。
食事を終えて、部屋に戻る。
ガランとしていた。
仕方ない。
僕は、手帳を取り出して、それから掲示板を表示させた。
僕の建てた掲示板には、待ちくたびれた、という書き込みが多くあった。
僕が書き込みをすると、【おかえり】という書き込みが一気に増え、流れていく。
知らず、僕は笑みを浮かべた。
何故か、ホッとしたのだ。
僕は現状を書き込みはじめた。