最後の謎
安価、というものを説明された。
今現在の時間は、夜九時。
オル達の視線が、僕に注がれている。
ちらりと、その目を確認する。
アーサーやジェニーのように、淀んでいるようには見えない。
とても、理性的に見えた。
「謎についての答えは出たか??」
オルが聞いてきた。
彼らは、僕が第三の謎について考察厨さん達に聞いていると思っている。
実際は、違う。
僕は、これまでのことを考察厨さん達に報告し、今後についてどうするべきか相談していた。
謎については、まだ書き込んでいない。
「いいえ、返事がありません。
もしかしたら皆さん、もう寝たのかも」
こちらの基準で言えば、真っ当な一般人はそろそろ眠り始める時間だ。
オル達は、こちらと向こうの違いを知らない。
だから、こう言っても信じてもらえた。
考察厨さん達が安価を始めた。
決まるまで時間があったので、僕はオル達に聞いてみた。
「ところで、皆さんはなんで聖杯探しを始めたんですか?」
僕の質問に、オル、ウェイチ、ミカリがきょとんとする。
「やっぱり、王様になりたいからですか??」
ウェイチとミカリが、オルを見た。
オルが難しそうな顔で僕を見ている。
「なんで、聖杯探しのルールが変更されたか知ってるか?」
オルがそう口を開いた。
「アンジュに聞きました」
「なら、話が早い。
この王都だとそのルールが適用されて被害者が減ったらしいが、魔族の国だと、この千年それで血みどろの歴史が繰り返されてきた。
少しでも聖杯に近づいたと思われる者、とくに庶民は、捕まって拷問を受けた。
聖杯や謎に関する答えを吐かせる為だ。
魔族の王族も必死なんだよ。
中には、有力な情報を得た者もいたと言われている。
誰よりも早く、聖杯を手に入れて世界を支配する力を手に入れたい、と願ってるんだろうな。
そうすれば、過去の汚名が晴らせる上、勇者に対して復讐できるわけだろ」
「そういう考え方もできますね」
「その被害者の中に、俺の両親がいた。
両親も、お前と同じで勇者オタクだった。
それが災いして、ある日連れていかれた。
そして、グチャグチャの肉の塊になって帰ってきた」
僕は驚いた。
話すオルの顔が、迷子の子供が、必死に泣くのを我慢しているような表情だったからだ。
「あの日に誓ったよ、絶対聖杯を見つけて壊してやるってな。
聖杯さえなければ、父さんも母さんも死ぬことは無かったはずだから。
俺は両親を埋葬したあと、国を出た」
偶然とはいえ、聖杯を壊す話題が出るとは驚いた。
話しつつ、オルはウェイチとミカリを見た。
「この二人とは、旅の途中で知り合った」
そこから先は、ウェイチが話してくれた。
「モンスター退治のクエストの最中だったかな。
その頃は、ミカリと組んで色々仕事を受けてたんだ。
ピンチになってた所を、オルに助けられた。
俺もミカリも聖杯に興味はあったが、真剣に探そうとはしてなかった。
俺とミカリが、オルに協力してるのは、まあ、その時の恩を返すためだ。
一人より三人で挑んだ方が効率いいだろ?
だから、仮に俺とミカリのどっちかが聖杯を手に入れたら、オルの願いを叶えるつもりだ」
ミカリは軽く頷いてみせた。
納得済みのようだ。
嘘には、見えない。
「……いいんですか?
それ、僕に聞かせて」
「だってお前、聖杯がほしいってわけじゃないんだろ??」
「まぁ、そうですけど」
「それなら、聖杯壊してくれって頼みやすいかなって考えたんだ」
「そもそも壊せるんですか、聖杯って」
「伝説だと、勇者は聖杯によって万能の力を手に入れたとされている。
なら、万能の力を手に入れた後に聖杯を壊せばいいだろ」
なるほど。
そういう手もあるか。
そうこうしているうちに、安価が終わった。
安価の内容は、三個目の謎が解けるまでオル達を利用し、答えがわかった時点で、僕がここから逃げ出し聖杯を手に入れようというものだった。
そして、壊し方の発想がオルと同じで、笑いそうになってしまった。
僕は逃げ出す必要が無くなったことを書き込んだ。
その理由も忘れず書き込む。
オル達が嘘をついている可能性もある、という指摘をされた。
たしかに、そうだろう。
オル達が僕に嘘をついている可能性は否定しきれない。
けれど、二個目の鍵を手に入れる時、あの空間から弾き飛ばされる際に、オル達は僕に手を伸ばしてくれた。
必死な形相だった。
聖杯に繋がる手がかりを、失いたくなかったのもあるだろう。
でも、なんというのだろう。
アーサーやジェニー、そしてアンジュとも違った表情だった。
そう、どちらかと言えば、エマさんや館長さん、フィンさんやカーリーさんが僕に向けてくれていた表情に近かった。
だから、きっとオル達は嘘をついていないと思う。
「……わかりました。
そういう話なら、こちらとしても丁度いいです」
僕の言葉の意味を計りかねて、オル達が怪訝な顔をした。
「実は」
僕は二個目の謎の時に見たものを話した。
それを聞いて、三人は驚いた。
奇しくも、目的が同じになったのだ。
僕は最後の謎が書かれた紙に視線を落とした。
【天に近く、不死の薬を燃やした山に登れば、道が開かれる。
そして、最後の試練が君を待つだろう】
前者が謎で、後者が参加者に対するメッセージだろう。
安価が終わって、一息ついてる考察厨さん達へ、僕はこの謎を提示した。
返ってきた答えは、考察厨さん達の世界にある山の名前だった。
【富士山】という名前らしい。
この名前と同じ名前の山はあるか、と聞かれたが、僕には聞き覚えが無かった。
頃合をみはからって、僕はオル達に考察厨さん達から返事があった事を伝えた。
地図を広げて確認してみたが、やはりわからなかった。
今日はもう時間も遅いということで、謎解きは明日に持ち越すことになった。
しかし、ひとつだけ懸念があったようだ。
「それはそうと、手帳が大神殿側に渡ったのはマズイよな」
ウェイチがそんな事を言ってきた。
僕が、謎解きのメモや考えをまとめる為、散文を書き散らかしていた手帳。
あの手帳を取り戻せなかったことを言っているようだった。
「あー、大丈夫ですよ」
僕の言葉に、オルが聞いてくる。
「いや、そこまで大丈夫でもないだろ。
大神殿に渡ったってことは、奴らも謎を解いて追いついてくるだろ。
たしかに、三つ目の謎に関しては何も書いちゃいないけどな」
「あ、いや、そうでなくて」
僕は、種明かしした。
ここまで来たら、この人達を信じて見ようと思ったのだ。
懐から全く同じ、でも勇者の印が入っていない手帳を取りだして見せた。
「いやぁ、盗られたのが書きミスだらけの手帳で良かったですよ」
僕のセリフに、三人は盛大に笑ったのだった。




