主人公は思い馳せる 2
竜王が目覚めて六日目。
ミアは早朝に竜王の元へ向かった。
「竜王様、体調は如何ですか?」
ミアの声を聞き、竜王が顔を上げる。
「あぁ、目覚めた頃より随分といい。 ミアこそ、声がかすれてきているように思うが大丈夫か?」
「気をつけてはいるんですけどね……」
十時間歌うという生活も今日で三日目。
疲労も喉も腕も限界を迎えていた。
「でもお城の人達が喉の痛みに効くものだったり疲労回復だったりと色々と差し入れてくれるので助かります」
「そうか。 で、ランセルとは仲良くやってるのか?」
「ごく普通ですよ。 竜王様には申し訳ないですが、私達は結婚するつもりはありませんから」
「ふむ……」
キッパリと断るミアに少し不満気な声を漏らすが、同時に寂しげな顔をする。
「我ももうすぐ眠りにつく。 お主の言う通り寂しさが心を支配しているのだ。 考えは変わらんのか?」
「私達が結婚しなくてもその寂しさを払拭してみせますから。 だからもう少し待っててください」
「そうか……それは楽しみだ」
竜王は目を細め顔を床に下ろすと、ミアは近づいてそっと身を寄せた。
「では私はそろそろ行きますね。 今日は竜王様が聞きたい歌を一番に歌います。 何かご希望はありますか?」
「うむ。 では『歌』を歌うあれがいい。 ミアが歌ってくれるお陰で少し覚えたのだ。 共に歌ってみたい」
「喜んで。 では待っててくださいね」
そう告げて、ミアはその場を後にした。
自身の部屋に戻り扉を開くと、バルコニーでクロノとルールーが何やら話をしていた。
「二人共、どうしたの?」
ミアに気づいた二匹は慌てた様子で何かの合図を送ると、ルールーは何も言わずに飛び立っていった。
「何話してたの?」
「大した話やない。 それはそうと、竜王様の方はどうやった?」
「随分良くはなってるみたい。 今日は竜王様のお気に入りから始めるわ」
「おっ、あれはオレも好きな歌や。 オレも歌ってええか?」
「大歓迎よ」
ミアは嬉しそうに朝日を浴びたギターを抱くと、歌う生活三日目をスタートさせた。
◇
夜を迎える頃には体力は殆ど残っておらず、ミアはベッドへ倒れ込んだ後動けなくなっていた。
指先の皮膚はすっかり固くなったが、手首や肘付近にも痛みが出てきている。
(かなりキツイな……これじゃあ明日が不安だ……)
手や喉のケアをしたくても疲れてテーブルまで手が届かない。
ミアは葛藤の末そのまま目を閉じた。
コンコン。
「んん……」
あれからどれ程眠っていたのだろう。
何かを叩く音に気づき目を覚ました。
虚ろな目で扉の方を向くが気配がない。
(誰だろ……?)
辺りを見渡すと、ルールーがバルコニーに来ていたのだ。
「ルールー、おかえりなさい」
ミアはローブを肩にかけてバルコニーに駆け寄ると、そこにもう一つの影が見えた。
「やっと起きたか」
「え……?」
ルールーの陰に隠れてジルもバルコニーに降り立っていたのだ。
「何でこんな所にいるの?!」
「ルールーが『ミアが呼んでるから来い』って言うからついて来たんだが」
どうやらルールーとクロノの仕業のようだ。
今朝の話し合いはこの為だったのだろう。
「二人には世話になったからね、兄上には内緒だよ。 十分後にまた来るから!」
ルールーは口早にそう告げると、あっという間にバルコニーから降りて姿を消した。
そうして残された二人の間に気まずい空気が流れる。
(この展開は一体どうしたらいいの……?!)
ミアは思わずローブで自分の顔半分を覆った。
それを見てジルの方から先に口を開いた。
「こんな所で歌ってたんだな。 その……体の方は大丈夫か?」
「うん、何とか。 でも今日は流石に疲れてそのまま寝てた」
「声も少し掠れてる」
ジルの手がそっと頬に触れる。
「あ、後でちゃんとケアしとくよ……」
ミアは少し俯きがちに返事をした。
「そうだ、ルールーから聞いたんだけど、風の騎士団が私の歌をジュエルスタンまで運んだって……」
「あぁ。 ミアの声が聞けて皆安心してるみたいだ。 宴の準備はちゃんと進んでる」
「良かった……」
「だから明日はこっちに戻ってこい。 皆も会いたがってる」
「い、行けるなら……」
「皇太子の事か?」
ジルの口からその名前が出たことにミアは驚き顔をあげた。
「……知ってたの?」
「兵達が話してるのを偶然聞いたから……」
ミアはギュッと手に力を込めると同時に大きく首を振った。
「違う、勘違いしないで! わ、私が好きなのは……ジル、だから……」
ミアは顔を真っ赤にして最後の方は消え入るような声で想いを告げた。
チラリと目線を上げると、目を丸くして顔を赤らめるジルと目が合う。
「俺……?」
その問いにミアは睫毛を伏せ小さく頷いた。
するとジルはミアを抱き寄せ、自分の腕の中にギュッと収めた。
ふとウサギだった頃を思い出すが、あの時とは違う体格差と、腕に込めた力強さに互いが人間であることを認識させられる。
恥ずかしさの余りミアはジルの胸板に額を擦り寄せた。
「俺も好きだよ」
心地よく響く甘い声。
ジルはミアの腰に手を回し顎を持ち上げると「ミア」と小さく名前を呼んだ。
体の奥がジンと熱くなる。
間近に迫る瞳が暗闇の中で金色に見え、思わずコクリと息を呑んだ。
その表情にジルはフッと笑うと、顔を近づけミアの唇に己の唇をゆっくりと重ねた。
ミアは一瞬体を震わせたが、やがてゆっくりと目を閉じそれを受け入れた。
初めてした時とは違って互いの熱を感じながら。
その時間は一瞬だったのか、それとも……。
互いに名残惜しむように離れると、ジルはミアの左頬にキスを一つ落とし再びミアを抱き締めた。
「明日の仕事に支障が出そうだ」
嬉しそうに溜息をつくジルの声を聞き、ミアはふふっと小さな声で笑った。
すると火照る体の熱を下げるようにふわっと風が吹いた。
「あぁ、そろそろルールーが来る頃だ」
そう言ってジルは隙をつくように再びミアに口づける。
色香を纏った笑みを向けられミアは思わず体を固くした。
「今夜は会えて良かった。 明日待ってるから、ちゃんと説得してこいよ。 じゃあな」
ルールーに手綱を繋ぐとふわっと背中に飛び乗り、合図を送ってバルコニーから飛び立った。
慣れた様子で飛べるのはやはり彼が風使いだからだろうか。
はたと夢見心地な出来事から目を覚ましたミアは、その場にへなへなと座り込んだ。
告白して気持ちが通じたこと。
抱き締められ口づけを交わしたこと。
突如魅せた色気に呆気なくやられたこと。
(支障きたすのはこっちだよ……)
ミアはローブで顔を覆うと、もう一度眠れるよう羊を一から数え始めた。
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