主人公は歌うとフラグが立つ
ミアがこの世界に転生してから、幾日か経った。
あれからミア達は、作ってもらった寝床を拠点に、この世界を探索して回った。
ミアが転生した世界の中にはジュエルスタンという国があり、そこでは魔法が使える者と使えない者とがいて、魔法が使える者達が中心となってジュエルスタンを護っていた。
ジュエルスタンは、竜王の加護により栄えてきた国。
自然を扱う魔法も、その竜王から与えられたものだという。
しかし竜王といっても魔物だ。
国を囲むように茂る森の中には、動物以外にも竜王に従順な魔物が多く住んでいる。
本当に恐ろしい。
ウサギの姿をしているミアにとってもそれは例外ではなかった。
一歩森を歩けば、キツネのような魔物に出くわしたり、ワシのように大きな鳥の魔物に空から追いかけられたり、動物の熊に襲われたりと、ウサギの姿でいるのは決して楽ではなかった。
しかしせっかく転生したのだから、一日でも長く生き延びて、人生を謳歌したい。
その為にミアは毎日必死に生き抜くのだった。
(一体いつになったら、人間になれるのかしら)
先日解放された〈人間ルート〉。
どうやらそれは、ミアが人間になる為に用意されたシナリオの様だ。
しかしそれが解っただけで、どうすれば人間になれるのか、何を攻略するのかといった情報はなかった。
ミアはウサギの体にも慣れ始め、クロノの加工魔法のお陰で、食べ物にもあまり困らず暮らしていたが、ただ一つかなわない事があった。
それはギターだ。
転生前は、毎日のようにギターを鳴らし歌うのが大好きだったのだ。
沢山の歌や音楽に触れていた記憶が、転生後の体にもしっかりと残っている。
それが益々、愛らしいピンクの肉球をもつ手を疼かせた。
「ちょっとお疲れか? 今日はもう休んだ方がええんちゃう?」
午前中の探索を終え、干し草のベットに暗い顔で寝転ぶミアの顔を覗き込み、珍しくクロノが労りの言葉をかけた。
「歌いたい……ギターを弾きたい……」
ぽつりと呟いた言葉を聞き、クロノは頭をカリカリとかいて、『今日はそのまま待ってろ』と言って一人森の中へと消えていった。
ミアはその後ろ姿をぼんやりと見送った後、また干し草のベットに倒れ込んだ。
そして覇気のない声で、ゆっくり歌を口ずさんだ。
暫くスローテンポで歌っていたが、歌の歌詞の意味を思い出してきたミアの声は、その曲の持つパワーを借りるように、少しずつ曲調をテンポアップさせていく。
何度も繰り返し歌っていると、自然と声も出せるようになった。
最後には、自分のモヤモヤした気持ちを吹っ切るように歌い切った。
目をパチリと開け、フゥっと大きく息を吐くと、ガバッと起き上がった。
(大丈夫。 方法はきっとある筈だ)
今はギターに触れなくても、考えれば何か良い策が浮かぶかもしれない。
幸いこうして歌も、その歌詞の意味もしっかり覚えている。
自分を奮い立たせる方法は幾らでもあるのだ。
(こっちの世界でも、いつかギター弾いて歌うぞーー!)
ミアが大きな声を出した途端、洞穴の入り口付近で何かがバタバタっと逃げていく気配を感じた。
(あら、動物が集まってたのかしら?)
ソロリと表に出ると、木ノ実やきのこなどが置いてある。
(クロノの仕業かしら。 きっとコレ目当てに集まってたのね)
そう解釈したミアは、置かれた木ノ実を洞穴の中へと運ぼうとした。
その時だ。
バキバキバキッ
突然、木を薙ぎ倒したような音が聞こえた。
その音にミアの耳がピクリと反応し、バッとその音の出処を探した。
グァオォォ…
すると向こうから、通常のクマよりも1.5倍はあると思われる、大きなカギ爪をもつクマに似た魔物が現れた。
ミアがいる洞穴前に置かれた木ノ実やらに惹かれてきたのか、ドスンドスンと足音を立ててゆっくりとこちらへ近づいてきた。
(そんな、どうしよう……!)
相手がこのまま来れば、完全に死亡フラグだ。
外へ逃げそびれたミアは、一先ず洞穴の一番奥へと身を隠した。
クマの魔物はミアに気づいたようで、追いかけるようにゆっくりと洞穴へと近づいていく。
とうとう洞穴の入り口まで辿り着いたクマの魔物は、ミアのいる洞穴に鼻を突っ込みスンスンと中の匂いを嗅いだ。
穴の中に届くその鼻息は荒く生暖かい。
とうとう食われてしまうのか。
ミアはブルブルと身体を震わせながら、いよいよ死を覚悟した。