主人公は思い馳せる
「あぁ、一日が終わった……」
ミアは椅子に身を預けるようにドサリと座ると、大きく息を吐き喉と手を休めた。
「クロノは平気なの?」
「オレは使い魔やからな。 魔力さえあればそこまで疲労はない。 問題はお前の方やな」
喉を酷使しないようギターを使うが、指先が痛みで痺れ血が滲んでいる。
「まだまだ先は長いのにこれじゃ保たないかも……」
己の目測の甘さに項垂れた。
するとコンコン、と扉を叩く音が鳴った。
「失礼する」
「ランセル様! どうしたんですか?」
「君の声を聞いていて、疲れてるのではと思ってな。 これを預かってきた」
そう言って手に持っていた籠をミアに手渡した。
中には甘い香りの漂うフルーツ入りのパウンドケーキの様な焼き菓子が入っている。
「入ってるフルーツは疲労回復に効くらしい。 君に、と言って侍女達から預かった。 竜王や魔物達だけではなく、この城の者達にもいい影響を与えているみたいだな」
「そうですか……ありがとうございます」
ミアは恥ずかしそうに焼き菓子の入った籠をギュッと胸に抱えた。
「で、その手はどうした?」
「あ、これは長時間ギターを弾いてたんで指が痛くなって……」
するとランセルは傷ついたミアの手を取った。
「何ですか……?」
「応急処置だ。 後で薬を届けるよう言っておくから、今夜はそれをつけておけ」
ランセルの手から熱を感じたと思うと、指先の赤みは薄れ、痛みも少しマシになっていく。
「完全に修復させるにはどうしても時間を要する。 無理はするなよ」
「っはい」
だがその後も名残り惜しそうに優しく手に触れる。
痛みをとってもらった以上払い除ける訳にもいかず、ミアは暫くされるがままだった。
「あの、そろそろランセル様のお時間に……」
「あぁ、そうだな」
照れた様子で話しかけるミアに気づくと、ランセルはすっと手を離し薄っすらと笑みを浮かべた。
(あ……)
ミアの胸がきゅうっと締め付けられた。
「どうした?」
「いえ! 何でもありません」
ミアは取り繕うように笑顔を向けた。
「そうか。 ではまた明日」
「はい。 おやすみなさい」
ランセルを見送ると、ミアはパウンドケーキを口に含んだ。
疲労回復の効果は分からないが、それでも緊張が解け体が軽くなった気がした。
そして再びふぅっと息を吐く。
それを聞き、クロノが心配そうにミアの顔を覗き込む。
「美味しいか?」
「……」
「ミア?」
「ん? ごめん、なぁに?」
「美味しいかって聞いたんやけど」
「うん、甘くてすごく美味しいよ! クロノも食べる?」
「いや……どないしたんや? 呆けとったぞ」
「うん、ちょっとね……」
実は先程のランセルの顔を見て、ミアはジルの事を思い出していたのだ。
出会ったばかりの頃は殆ど笑わなかったが、いつからか柔らかく笑うようになった事。
そして不安な時にはそれが伝わったかのように会いに来てくれる事。
(風の魔法が使えるから、なのかな……?)
途端にミアの顔が真っ赤に染まる。
自分の事を好きだと言ってくれた時の事まで思い出したのだ。
(そうだ! 返事の事すっかり忘れてた……!!)
隠しきれない体の熱に浮かされ暫く動けずにいると、バルコニーの方からコンコン、と音が聞こえてきた。
驚いて窓の方を振り向くと、そこにルールーが立っていたのだ。
「ルールー! こんな時間にどうしたの?」
「ミアの声でちゃんと魔物達が落ち着いてるのか観察するのがオレの仕事なんだ。 ミアの声が止んだから帰ってきた」
窓を開けたミアに飛びつくと、白い歯を見せてルールーは笑う。
「……どうだった?」
「目立った動きはなかった。 そんでジュエルスタンの街にもチラホラ人が歩いてたよ」
「そうなの?」
「途中見に行ったらミアの声が僅かだけど街まで届いてたんだ。 多分あの風使いの仕業かもな」
「風使いって!」
「オレをここまで運んだ風使いだよ」
その言葉を聞き、ミアの黒翡翠の瞳に涙がじわりと滲む。
魔物達が落ち着いたこと、街まで歌が届いていたこと、ジルがその手助けをしてくれていたことがわかり、熱いものが胸に込み上げてきた。
「じゃあ明日もがんばらなきゃ。 本当に宴がひらけたらいいな。 ルールー、教えてくれてありがとう」
「なら明日も伝達に来るから起きて待ってて。 じゃあね!」
ルールーはバルコニーの柵に飛び乗り、赤い竜へと姿を変え飛び立った。
暫くその姿を眺めた後、ミアは立てかけてあったギターを手に取った。
「今から弾くのは絶対に流さないでよ?」
クロノに釘を差してミアは高ぶる心を落ち着かせるようにギターでゆっくりリズムを打ち、歌い始めた。
『風になれるなら』
ルールーの話を聞き、そんな歌を思い出したのだ。
その歌には『好き』の一言はないのに、熱を帯びた声が恋の歌へと姿を変える。
(思わず歌っちゃったけど、やっぱり恥ずかしいなぁ……)
だがどうしたいのか、自分と向き合えた気がした。
(次に会ったらちゃんと気持ちを伝えよう)
夜風にあたりながら、ミアはそんなことを考えていた。
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