主人公は出会う 2
たまたま鉢合わせたウサギが、自分の容姿に目が眩んでいるなんて微塵にも思っていないだろう。
青年は整った眉を顰めながら、この三匹が集まっている理由を懸命に考えていた。
「これは……」
ふとドラゴンの足元にハンカチが巻かれているのに気付き、ドラゴンに手を伸ばそうとした。
しかしミアとクロノは、触れさせないよう青年の前に立ちはだかる。
それを見てようやく理解した。
「お前達、まさかそのドラゴンを助けようとしてるのか?」
青年の言葉にミアとクロノはパァッと目を見開き、コクコクと頷いた。
するとそれに応えるように青年も小さく頷いた。
「大丈夫だ。 俺はそのドラゴンを保護する為にきた人間だから安心しろ」
よく見ると、黒を基調とした軍装で腰には剣を携えている。
滲み出る気品の良さから、彼は本物の騎士なのだろう。
ミアとクロノは顔を見合わせ、そろりとドラゴンの前から離れた。
「よし、いい子だ」
青年はゆっくりとドラゴンを抱き上げ、傷ついた足の様子を伺った。
「この布はうちの団のものだな。 どこで手に入れたのかは知らないが、これはラッキーだ」
「騎士団長! 何処ですか、ジル騎士団長ー!」
「ここらで狩りをしていた男の身柄も確保しました!」
「俺はここだ。 すぐそちらへ向かう」
ミア達を狙ってきた男も捕まったようだ。
二匹は胸を撫で下ろし、青年に向かって頭を下げた。
まさか我々の話を理解してるのか。
青年は一瞬目を疑ったが、僅かに頬を緩め会釈する。
「礼を言うのはこちらの方だ。 この布のお陰でアネロス騎士団の手柄になる。 感謝するよ」
青年が指でパチンと鳴らすと、ミア達を居場所を突き止めた銀色の豹が、風を纏って本物さながらの姿へと形を変えた。
「(く、食われるーー!!)」
目を瞠る光景てはあったが、小動物からすると脅威であった。
「俺の使い魔だから食ったりはしないぞ」
確かによく見ると、額にはダイヤモンドのような透明の宝石が埋まっている。
青年の隣りで行儀よく座る姿からも、従順ぶりが伺える。
「シエル、こいつらに上等な寝床を作ってやってくれ。 頼んだぞ」
青年は豹の頭を撫でると、ドラゴンを抱いて呼ばれた方向へと歩いていった。
(元気でねー!)
ドラゴン達を見送ると、ミアとクロノは安堵の溜息をついた。
(何者なの、あの人……)
「オレの事も見えてたみたいやし、こんな立派な使い魔がおるってことは、相当な能力者なんやろ」
(きっとそうよね。 こんなにも立派な豹が使い魔になるなんて、信じられない)
プラチナの豹を撫でながら、ちらりとクロノの方を見ながらミアは呟いた。
「何やねん、その目は」
(あなたも早くこんなふうにカッコよくなって頂戴)
「ほんならはようレベル上げて、俺を立派にしてくれや」
二人の口喧嘩を他所に、シエルと呼ばれる使い魔は周囲を見回し、辺りを探索し始める。
そして青年の言いつけ通り、小さな洞穴を見つけると、風の力を使って乾燥させた干し草をたっぷりと敷き詰めてくれた。
(すごい! これで夜も安心して過ごせる!)
ミアは目をキラキラさせて使い魔に何度も頭を下げた。
すると使い魔は満足気な表情で、風に巻かれてフッと姿を消した。
まるで夢を見ているようだった。
辺りは日が暮れ始め、静かになってきた頃、ミアはふかふかの干し草のベットにごろりと寝転び、先程の出来事を思い返していた。
(赤いドラゴンといい使い魔といい、すごいものを見ちゃったな……)
合わせて出逢った青年の顔も思い出し、ミアはポッと頬を赤らめた。
彼はあまり感情を表に出さないタイプらしい。
それでも自分達をちゃんと尊重し、お礼の品まで残してくれた。
何よりあの容姿だ。
あんなカッコいい人に出逢えるなんて、幸せ極まりない。
思い出すだけでも胸がときめく。
ミアは干し草のベッドの上でウフフと転がりながら、その余韻にどっぷりと浸った。
ピロリロン♫
(ん?)
頭上から何やら電子音が鳴った。
「何や今の」
同時にクロノの耳にも届いたらしい。
そして女神様から預かったガイドブックを開き、パラパラと頁を捲る。
「あーーーー!!」
(何よ! 突然大きな声出して)
「なんか、項目が増えてきとる……」
ミアは横からガイドブックを覗くと、炙り出しの様に文字が浮き出てきた。
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条件クリアにより、〈人間ルート〉解放
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(〈人間ルート〉解放って、どういうこと?)
「オレにもわからん。 書いてることがホンマにゲームみたいやな……っあ!」
(今度は何?)
「オレのレベルが上がっとる〜!!」
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使い魔クロノ : 『音魔法』『加工魔法』習得
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二人で顔を見合わせ、小首を傾げた。
(『音魔法』ってなんだろう。 こういうのって最初は『火』とか『水』じゃないの?)
「確かになぁ。 もしかしたらミアが歌ったからか?」
(そっか! 女神様が私の為に用意してくれた世界だから!)
「まぁ命懸けの時にこれが役に立つかはわからんけどな……、ん?」
(何? また何か書いてるの?)
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注意:途中でのルート変更は不可。 外れた場合には〈食用ルート〉へと転向
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(食用、ルート……)
ミアの顔から血の気が引いた。
どうやらルートに沿ってハッピーエンドを迎えなければ、食用という最悪のバッドエンドを迎えるらしい。
「これはガイドブック、いや、ステータスをまめに確認せんとあかんなぁ……」
正しく死と隣り合わせ。
ウサギという不利な状況下から生き延びる為の人生が、いよいよ本格的にスタートした。