主人公は気持ちを整理する
竜王が目覚めるまで後七日。
日が経つにつれて街を出歩く者が疎らになり、以前の様な賑わいは見られなくなった。
当然リディ達の店でも客が減る為、暫くは夜から昼へと開店時間を変更することになった。
店でミアがギターを弾き始めると、その音を聞きに幾人か店にやってくる。
中には不安を訴える老人や幼い子どもを連れた親子もいて、毎年の事とはいえ少なからず国民にとっては不安な時期であることに違いなかった。
「いつもはあんなに賑やかなのに、この時期はこんなにも寂しくなるんですね」
「今年は特に魔物達の覚醒する時期が早いみたいだから皆不安なのよ」
ミアはリディの言葉にピクリと反応した。
「今年は早い……ですか?」
「噂ではね。 でも今の騎士団長に代わってから被害が減ったって言うし、きっと今年も何とか乗り切れるわよ」
誰もいない店内でリディはミアに温かいココアを差し出し、自らも席についた。
「それに今年は教会での演奏だけじゃなく、ミアの歌もあるから皆も少しは不安が紛れるんじゃないかしら」
「そうですかね……」
目を伏せて俯くミアをみたリディは、そっと頭を優しく撫でた。
「さっき来た赤ちゃんだって泣き止んで眠ったぐらいなんだから、それだけ安心できるってことでしょ。 自信を持ちなさいよ」
「……ありがとうございます」
リディの励ましにミアは微笑むが、渦巻き始めた懸念に心がざわついた。
◇
竜王が目覚めるまで後五日。
ミアの耳にも負傷した兵士の話が届くようになる。
(皆は大丈夫なのかな……)
そして例年より時期を早めて厳戒態勢に入っていると聞いたミアの心は、益々ざわついていた。
(例年より早い。 それってもしかして……)
その夜ミアは家をコソリと抜け出し様子を伺いに屋根上と上がった。
以前見ていた景色とは違い、街の灯りは少なく暗い空がどこまでも続く寂しい世界が広がる。
そして時折遠くの方で魔物らしき鳴き声も聞こえていた。
ミアははぁ、と息を吐き小さな声で歌を口ずさんだ。
時折風に吹かれながら歌うのは女性達が夢中になっている恋の歌。
ミア自身も好きな人への複雑な恋心が綴られている歌詞がお気に入りだった。
ケーーーーン……
すると遠くで魔物の遠吠えが聞こえ、ミアはハッと歌うのを止めた。
吐き出そうとした息をゴクリとそのまま呑み込むと、そのまま顔を伏せてしゃがみ込んだ。
(やっぱりこれが原因だ)
『自分が歌ったことで魔物を引き寄せていたのではないか』
そこに確かな証拠はないが、振り返れば思い当たる節も多い。
不安で胸が痛くなるのを堪えようとミアはぎゅっと膝を抱え暫くその場で蹲った。
「こんな時間に何してるんだ!」
突然腕を掴まれ引き上げられたか思うと、そこには額に汗を滲ませ息を切らしたジルがいた。
「どうして……?」
「歌が聞こえたと思った途端に途切れたからどうしたかと思ったんだ。 何かあったのか?」
「ううん……大丈夫……」
すると大きな溜息をついた。
夜通しで討伐にあたっているのだろうか、その表情から疲労が溜まっている様子が伺える。
「この時期は外出は控えろと言われなかったか? ましてや夜なんか以ての外だ。 頼むからもっと自覚してくれ」
「ごめんなさい……」
彼の言うことはもっともだ。
怒りの籠もった声にミアはしゅんと地面の方へ視線を落とした。
「初めての事だから戸惑ってるんだろう。 多少負傷者は出るがこの時の為に俺達は鍛錬を積んでるんだ。 だから安心して家で大人しくしてろ」
「はい……」
「特に今年は数も多くて覚醒が早い魔物が既に増えてる。 でもちゃんと対策は……」
「それ、私のせいかも」
「え?」
遮るように放ったミアの言葉に驚きジルは目を開いた。
「どういうことだ?」
「ウサギだった頃、森の中で歌ってたら色んな動物達が寄ってきてたの。 その中には魔物もいたし、もしかしたら私が歌ってるのが引き金になってるんじゃないかって考えてたの」
「……」
「今年はいつもより魔物達の覚醒が早いんでしょう? だからきっと私のせいだよ。 私が歌ったりなんかしたから……」
「憶測に振り回されるんじゃない!」
ジルの一蹴にミアは一瞬怯む。
それでも言葉は止められなかった。
「……私のせいで皆が怖い思いをしたり、ジル達が危険に晒されるって思うとすごく怖いの。 さっきだって小さい声で歌ったのに魔物の遠吠えが聞こえたんだよ。 やっぱり私の声が魔物を引き寄せてるんだよ!」
いつからか溢れ出した涙は、どんなに手で拭っても止まることはなくただひたすらに頬を伝い落ちていく。
その様子を黙って見ていたジルは、しゃくり上げて泣いているミアの顔を両手で包み上向かせると、これ以上泣き声を漏らさぬよう口を塞ぐように唇を重ねた。
突然柔かい感触が唇に触れミアは一瞬息を止めるが、泣いていた最中だった為すん、と鼻を啜り呼吸を求めた。
それに気づき一瞬唇を離すも、ジルは角度を変えて再びミアに口づけた。
「ーーんっ」
コクンと息を呑む音でようやく唇を開放される。
「まだ言い足らないことはあるか?」
唇は離れたが、まだ互いの息がかかるほどの距離に顔がある。
二度も口づけを交わした上に熱を帯びた瞳に見つめられ先程とは違う涙が出そうだ。
ミアは何とか首を左右に振ると、ジルはミアの眼尻に指を当てそのまま涙を拭った。
「憶測に囚われ過ぎるな。 例えそうだとしても今更現状は変わらない。 それとも俺達の事が信用できないか?」
今度はぶんぶんと大きく首を振るミアにジルはやっと口元を緩めた。
「じゃあもう泣かずに落ち着くのを待ってろ」
頭を撫でられミアの涙はようやく止まったが、はたと先程の事を思い出し今度はカァッと体の熱を上げた。
「ちょっと待って……さっきのって……」
口元を抑えながら真っ赤な顔をするミアをみて、ジルの顔もあっという間に赤くなる。
「いや、あいつ等の事もあるから躊躇はしたんだが、それでも泣いてるお前を何とかしてやりたくて、その、欲が勝ったというか、いやそうじゃなくて……」
いつもの様に冷静ではいられなかった。
とうとう言葉を詰まらせたジルは片手で顔を覆ったまま横目でちらりとミアを見る。
そしてミアが眉を下げてこちらを見ていると分かると、観念したようにポツリと呟いた。
「……好きじゃなきゃあんな事しないから」
耳まで真っ赤にしたジルの言葉を聞き、ミアの心はようやく落ち着きを取り戻していったのだった。
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