主人公は喜びを噛みしめる 2
屋根上で歌っていたら騎士団の制服姿でジルが背後に立っていた。
「ひっ……!!」
思わず声を上げそうになったミアの口をジルが片手で塞ぐ。
「しっ! 夜なんだから騒ぐな」
誰のせいだと思いながらも、手の温かさにオバケではないなとホッとした。
「ちょっと待って! ジルが何でこんな所にいるのよ!」
「聞き慣れない音が風に乗って聞こえたと思ったら、それに乗っかってお前の声が聞こえてきたから探しにきた」
さすがは風を司るアネロス騎士団長。
風を操る魔力量もそのセンスも右に出る者はいない。
「風に乗ってって、そんなのもわかるんだ」
「集中して耳を澄ました時だけだよ。 でもお前の声は格段に心地良かった」
さらりと褒められ、ミアは頬を赤く染めた。
するとその熱を下げるかのようにまた風が二人の間を通り抜ける。
「……纏めるもの、持ってるか?」
「え? 髪のこと?」
「あぁ、持ってるなら貸してくれ」
何をするのかと思いながらミアは髪ゴムを渡すと、ジルは器用に髪を結い始めたのだった。
「えぇ!?」
「ほら、じっとしとけ」
暫く二人の間に沈黙が流れた後、ミアが口を開いた。
「なんで、こんなこと出来るの?」
「よく妹の髪を結ってやってたんだ」
「妹がいるの?」
「あぁ」
彼は幼い頃に両親を亡くし、叔父であるハーソン家に養子として迎えられた。
その後に八歳年下の妹が生まれた為、正式な後継者となった彼女の将来の為に学業、稽古に励み今の地位を築いたのだ。
「ほら、できた。 これで邪魔にならないだろ」
「ありがとう……」
それは丁寧に程よいゆるさで編まれていたが、話の流れから自身が妹と同じ立場なんだとわかり、複雑な心境だった。
モヤモヤしながらギターを抱えていると、ジルが小首を傾げてミアに声をかける。
「で、それは弾かないのか?」
「……ダメ。 マリエルに『一番に聞かせる』って約束してるから」
「なんだ、折角来たのに残念だな」
本音は聞いてほしい。
けれど今の気持ちのままではうまく弾けない気がした。
喋らないミアを見てジルも何かを感じ取ったのか、髪を掻き上げ立ち上がった。
「……邪魔して悪かったな。 でも、感謝するよ」
「なんの事?」
思いもよらぬ発言にミアは驚き顔を上げる。
「ミアがここで歌ってくれてた事だよ。 それが風に乗って俺の耳まで届いて……。 これを新しい伝達方法として体得できれば便利だなと思ったんだ。 風に乗って何かを届けられるなんて面白そうだろ?」
まるで新しいおもちゃを手に入れたかの様に目を輝かせている。
(そんな顔するんだ……!)
ギュッと心臓を掴まれたようだった。
魔力の新たな可能性に気づきワクワクしているのだろう。
顎に手を添え何やらブツブツと独り言を言っている。
ミアは、ジルが夜遅くまで机に向かっていた姿を思い出し、つられて口元が緩んだ。
「ジル……」
「ん? どうした?」
「その魔法が完成したら教えてよ。 どんなのか見てみたい」
「あぁ、勿論だ」
目を細めて笑うジルを見てまた胸がドキンと高鳴った。
「……もう帰っちゃう?」
「え?」
「その、ギターはダメだけど……」
「歌なら聞かせてくれるのか?」
ジルは服を掴んでいるミアの手に自身の手を添える。
そこでミアはようやく無意識にジルを引き留めていた事に気がついた。
慌てて手を引こうとしたがもう手遅れだ。
ジルはミアの手を離さない。
「あ、えっと、少しだけ、だけど……」
「なら俺の膝で歌ってたのが聞きたい」
そう耳元で囁くテノール。
その破壊力にミアの身体の熱は一気に上昇する。
ジルもそれに気づいてか、小さくクツクツと笑った。
……からかわれている。
そう分かっていても恥ずかしくてまともに顔が上げられない。
どんな顔で笑っていたのか。
どんな顔で歌を聞いていたのか。
顔を赤らめたままのミアは、最後までそれを確認することができなかった。




