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主人公は喜びを噛みしめる

「よいしょっと!」


 数日後、ガタガタと音を立てながらミアは家の屋根へと梯子をかけた。

 そしてそこから屋根へと上がると、以前見た美しい光景が目の前に広がる。


「わぁ……!」


 以前人間になってすぐにジルと一緒に見ながら自身を奮い立たせた時の思い出がじわりと蘇ってきた。

 

(これからここに上がれば元気になれそう!)

 

 ミアは手を上げて伸びをすると、そのままゴロリと体を横たえふぅっとため息をついた。


 転生してからそろそろ二ヶ月になる。

 初めは戸惑い心細かったが、歌をきっかけに知り合いが増え、自身の夢を応援してくれる人が出てきた。

 その人達に早く聞かせたいギターがいよいよ届く。

 けれど空白の時間が長すぎて『今の自分が前のように弾けるのだろうか』と不安が以前より増幅していた。

 ギターに触れるのが少し怖い。

 まさか自分がそんな事を思う日が来るなんて思いもよらなかった。

 けれどミアは靄を払う様に頭をぶんぶんと振り、体を起こし目の前に広がる世界を再び見つめる。


(今自分にできることを全力でやればいいじゃない。 いつか前のように、ううん、それ以上になってみせる!)


 あの日の誓いを再び立てたミアは自身の両頬をパチン、と叩き心を奮い立たせるのだった。


 ◇


「ミア、こっちだよ」


 ヴィオラに呼び出され、部屋へと通された。

 いよいよ念願のギターとのご対面だ。


 ミアはゴクリと息を呑み部屋の中を見てみると、一本のギターが木製のスタンドに立てかけてあった。

 近づいて見てみると、転生前に使っていたものよりも少し括れが小さいが、表面はミアの髪色より赤みがかった濃い茶色の木材が使用されており、そこへ室内灯があたり存在を主張する。

 側面には表面とは違うやや暗めの木材だが、その木目はくびれに沿い靭やかに流れていた。

 

(どんな音がするんだろう……)


 ワクワクする。

 装飾もなくシンプルなのに、細部にまで作り手のこだわりが感じられる。

 転生前の世界なら、間違いなく有名アーティストモデル程の価値があるだろう。

 ミアの表情を見たヴィオラは満足げに口角をあげる。

 

「どうだい?」


「……触ってもいいですか?」

 

「勿論」


 ミアはゆっくりとギターに近づき恐る恐るとネックに触れ抱き上げた。

 小さく見えたが、今のミアの体にしっくり馴染み、ネックもいい太さだ。

 そして見た目よりも重量感を感じる。

 どれもミアの好み通りだ。

 ミアは抱えたままその場に座り込み、弦を弾き始めた。


 しっとりとした深みのある音色が響く。

 その一音一音を確かめる様なアルペジオから始まり少しずつ速度を上げストロークを加えると、歌のない美しい旋律を奏でた。

 指先はジンジンと痛むが、ミアの体はまだその感覚を覚えていた。

 

「大丈夫そうだね」


「はい……ありがとうございます……」


 これまでの不安が、涙と一緒にポロポロと流れていく。

 そんなミアを見てヴィオラも目を細めた。


「気に入ったなら決まりだね。 さぁ、これからは馬車馬の様に働いて返してもらうよ!」


 ヴィオラはビシッとミアに指を指した。

 そう。

 このギターはヴィオラに肩代わりをしてもらい準備されたもの。

 先程までの感動的な空気からあっという間に現実へと引き戻される。

 当然ミアの涙も止まり徐々に青ざめていく。

 

「……これは一体お幾らでしょうか……」


「こんだけだ」


「ヒィッ!!」


 当初の金額から指一本分増えている。


「銀貨……」


「バカ言うんじゃない! 金貨だよ!」


「そんなぁ!!」


「私は慈善事業はしないと言っただろ。 期限を設けないだけ有り難いと思いな。 さぁきっちり返してもらうからね!」


 ヴィオラの言葉にミアは先程とは違う涙を流すのだった。

 

 ◇


「まさか生まれ変わった先で借金するなんて思わなかったな……」


 その日の晩、給仕を休みギターを抱え屋根に上がっていた。

 少し風は冷たいが、大小の星が零れそうなほどに散りばめられた空の下にいる。

 まさに夢の中にいるようだ。

 

(こうなればギターに負けない位うまくならなきゃ!)

 

 ミアは優しく弦を弾き出した。

 夜ということもあり、控えめにゆっくりと音を出す。

 そこに声を重ねていく。


 ふと路上ライブをしていた頃を思い出した。

 けれどその頃の様な孤独感は感じない。

 自分の歌を待ってくれている人がいる。

 ここではそれが大きな力になっていた。


 突然ビュウッと風が吹き抜ける。

 遮るものが無い屋根の上は地上よりも風当たりが強いのだ。


(髪、纏めた方がいいかな?)


 風で乱れた髪を束ねようとポケットからゴムを取り出し、一つに纏めようとした時だった。


「こんな所で歌ってたのか」


 突然背後から人の声が聞こえた。

 

「よぉ、久しぶりだな」


 ミアの背後から顔を覗き込むように姿を見せたのは、珍しく笑みを浮かべたジルだった。


(ど、どうして、どうやってここへ!?)


 思いもよらぬ登場に、ミアの心臓はとてつもない早さで脈を打つのだった。

 

 



 

 




 


 



 


 

 

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