主人公は白状する 2
「ミア、あんた今幾らほど溜まったんだい」
唐突な質問に、ミアは出されたダージリンティーを思わず吹き出しそうになる。
「えっと、今はまだ五十枚程です……」
「そうか。 まぁかれこれ一ヶ月だ、よくやったじゃないか」
ヴィオラはミアに労いの言葉をかけたが、すぐにいつもの厳しい口調に戻した。
「だが、リディの店でもそうだが『黒い瞳』のあんたは良くも悪くも目立ち始めている。 一旦稼ぐのを控えて周囲の目が落ち着くのを待った方がいいと思うんだが」
「えっ……」
「暴漢に襲われて身に沁みただろう。 そういう目で見る輩も増えてるということだ。 仕事を休む間はこの家の空いてる部屋を貸してやるから、暫く大人しくしてな」
するとミアはカップを揺らすほどにダンッ!と机を叩いて立ち上がった。
「目立つからと言ってこれ以上足止めなんて嫌です。 もうギターに触れなくて、歌えなくて一ヶ月以上経ってるんです。 今でもキツイのに何もしないで待つなんて絶対に嫌です!」
ミアは肩を震わせ、更に思いをぶつけていく。
「今の私の指には、ギターを弾いて出来た傷もたこもありません。 これを見るたびに不安になるんです。 『ギターに触れたときまた弾けるのか』『前の様に歌えるのか』って、不安で堪らないんです」
言葉にしたことで心痛が涙と共にどんどん溢れていった。
ヴィオラはそれを黙って耳を傾ける。
次第に嗚咽だけが部屋の中に響いた。
「そこまでしてやろうとする理由を聞かせてくれるかい?」
部屋の中が少し静かになった頃、ヴィオラは重い空気の中でミアに尋ねた。
「ある人と約束したんです」
「約束?」
「目標だった人が私のギターの腕を認めてくれた時に『ギターを使って自分と違う道を行く歌姫になりなさい』と、私の夢に大きな灯りを点してくれました。 その期待の目に狂いはなかったと証明したいから、あの人との約束を果たしたいんです」
「そうか」
ヴィオラは目を細めて頷いた。
「『歌姫』っていうのは聖歌隊のことかい?」
「いいえ、聖歌ではないです。 私の知ってる『歌姫』は、その曲の持ち味を最大限に引き出して聴かせてくれる、とても魅力的な声の持ち主でした」
「『歌を歌うお姫様』か。 ミアも何か歌えるのかい?」
ミアはコクリと頷くと、ヴィオラは椅子から立ち上がり奥の部屋のドアノブに手をかけた。
「こっちへおいで」
ヴィオラに招かれ入った先は、パイプオルガンのみが置かれた部屋だった。
「私の練習部屋だよ。 ここの部屋は他より少し壁が厚くなっているから防音効果がある。 ここであんたの歌声を聞かせてくれないか?」
「歌声を……?」
「あぁ、ストレス発散するつもりで思い切りね」
ヴィオラはどこか楽しげに口角を上げる。
その顔を見て、ミアは胸の奥からブワッと湧き上がった高揚感に押される様に喉を開いた。
大好きな映画で歌っていたあの曲。
憧れの世界へ行きたいと願う主人公に自分を重ね、その思いを歌にのせていく。
声量は落ちていたが、部屋の中で聴いてもらうには充分だった。
聖歌とは違い、言葉の上に音階が複雑に組み込まれている事にヴィオラは目を見張る。
それ以上に驚いたのは、ミアの歌声の清涼感と楽しそうに歌うその表情だった。
「あんた、何か詠唱してるのかい?」
「いえ。 歌った所で何も起きません」
久しぶりに大きな声が出せたミアは顔を綻ばせる。
そして速くなった鼓動を落ち着かせようとはぁ、と息を吐き出した。
「歌わせてくれてありがとうございました。 ……さっきはお見苦しい所を見せてしまってごめんなさい」
ヴィオラに向かって頭を下げると、ヴィオラは首を振った。
「スッキリしたみたいで良かったじゃないか。 聞いてみると確かに聖歌ではないね……面白いじゃないか」
「不快でなかったなら良かったです」
「よし、あんたに投資してやろう」
「はい?」
「大好きな楽器に触れられない辛さは私にも解る。 何よりあんたを燻ぶらせておくには勿体ない」
不敵に笑みを浮かべるヴィオラに怯え戸惑い、全く話の見えない状況に困惑するミア。
その頭をぐしゃぐしゃと撫で回すとヴィオラはミアに突き迫った。
「あんたの夢とやらが叶うところを一緒に見届けてやろうじゃないか」




