主人公は出会ってしまう 2
(何でここにジルがいるの?!)
銀縁の眼鏡をかけているが、あの立ち姿はジルに違いないとミアは確信する。
ウサギの姿で誰よりも近い場所から彼を見てきたのだから、見間違う筈はなかった。
ヴィオラの口ぶりからパイプオルガンの調律に来たようだが、もう会えないと思っていた矢先の出来事にミアはとても困惑していた。
そんなミアを余所に二人は話を進めていく。
「で、どこです? 風を通す場所ってのは」
「こことここだよ」
「じゃあ始めるんで、良いところで声かけて下さい」
「あいよ」
するとヴィオラは何やら細長い棒を持ち出しそれをパイプに当てると、ジルは指定されたパイプに触れ魔力を込めた。
するとパイプの中に風が通り流れてきた音を聞きながら、ヴィオラが音を調律していく。
「どうです?」
「あぁ、そこらで良いよ」
そしてジルが二本目のパイプに触れると、ヴィオラがまた同じ様に調律を行った。
それは正しく魔法のようで、とても人間業ではない、とミアは驚いた。
パイプオルガンという楽器はパイプに空気を送り音を出す為、風の魔法ととても相性が良かったのだ。
「こんなところですかね」
「あぁ、ありがとよ」
不思議な時間はあっという間。
ミアは目の前で起きた光景に呆然としていると、静かになった教会にあらぬ音が響く。
ぐぅーー……
「あ……」
ミアは朝食も食べずにここまで来たことを思い出し、顔を林檎のように真っ赤にして縮こまってしまった。
「おいジル、あの子に何か食べさせてあげな」
「え? 何で俺が……」
「遅れてきた罰だよ」
「いや、それならちゃんと時間指定してくださいよ」
「いいからさっさと行ってこい。 そんでちゃんとここまで連れて帰って来るんだよ」
意見する間もなくヴィオラに追い出された二人は、渋々食事を求めて街を歩くことになった。
しかし互いに話すこともなく、ミアはジルの背中を追いかけるように歩くだけだった。
(眼鏡をかけてる所は見たことないから、きっと今日はお休みなんだよね。 眼鏡姿もいいな。 あ、でも『様』は付けなきゃだよね……)
心の中で必死に名前を呼ぶ練習をしていると、突然ジルが足を止めた。
遠くで何やら騒ぎが起きているのを察したのだ。
「ジル、様……?」
「ちょっとそこで待っててくれ」
その直後、乗り手を無くし興奮した馬がこちらに向かってくるのを見つけたジルは、荒ぶる馬に近づき鞍に上がると、グッと手綱を引きあっという間に馬を宥めたのだった。
その見事な手捌きにミアを含め周囲から感嘆の声が上がったが、ジルは飼い主に馬を引き渡すと、ミアの手を引き身を隠す様にさっさとその場を離れた。
「ねぇジル、何でそんなに急ぐの?」
「周りに警備兵が居なかったから仕方なかったが、こうなると後が面倒なんだ」
「後が面倒って……きゃあっ!!」
狭い路地に入ったかと思うと、突然ミアの体がフワッと宙に浮いた。
ジルが魔法を使いミアを家の屋根へと上げたのだ。
「ちょっと! 何するのよ!」
「いいからそこで大人しく待ってろ」
そう言い残しジルはその場から離れると、後から数名の女性が彼を追いかけていく様子が見えた。
(『後が面倒』ってそういうことか……)
屋根の上からその様子を眺めていたミアはコクリと頷いた。
さらりと風に靡く髪を抑えながら、ミアはゆっくりと周囲を見渡す。
白い石造りの屋根が絨毯の様に並んだ先に、圧倒的な存在感を醸し出すジュエルスタン王国の城が見えた。
その堂々たる姿を前にすると、人間になっても自分は何も出来ない、無力な存在なのだと思い知らされる。
そして人間の世界は、動物の世界よりも複雑で生きにくいものなのだと身に沁みた。
「ほら、こんな感じでも良かったか?」
ぼんやりと遠くを見つめていると、背後からジルが現れサンドイッチのようなものをミアに差し出した。
「あ……ありがとう」
「いや、こっちこそちゃんとした店に連れて行けなくて悪かったな」
『大丈夫』とミアは首を振り、もらったサンドイッチを一口噛じるとその美味しさに顔を綻ばせた。
「口に合ったみたいだな」
「うん! とっても美味しい!」
ミアはほくほくと遅めの朝食を食べていると、ハッと何かを思い出す。
急展開についていくのに必死になる余り、言葉遣いを変えるのをすっかり忘れ、ウサギだった時のように話しかけていたのに気がついたのだ。
「ジル様! 敬語も使わず喋ってしまってご、ごめんなさい!!」
「え? いや、別に謝ることもないだろ」
「でも、貴方は騎士団長なんだし、失礼では……」
「まぁ肩書で俺を見るならそれでもいいが、別に王様とかそんなのじゃないんだから気にするな。 守ってやれなくて手放さなきゃならなかったこともある、只の人間だし」
そうしてジルもサンドイッチを頬張り、ミアに『早く食え』と催促した。
ジルの言葉が気になりつつ、ミアもサンドイッチを頬張った。
(肩書無しで見るなら、私と同じ人間か……)
すると、ミアの中で何かのスイッチがカチン、と切り替わった。
「よし、決めた!!」
ミアは残りのサンドイッチを食べきると、ガバッと立ち上がり拳を握った。
「それなら私も只の人間なんだから、今自分に出来る事を全力でやればいいのよ!」
突然何を言い出したのかと驚くジルに、ミアはにっこりと笑顔を向けた。
「ジル、元気をくれてありがとう!」
本人がいいと言うならこれまで通りに振る舞おうと決めたミアは、ポケットから金貨を取り出しジルに差し出した。
「これはサンドイッチのお代よ」
「いや、そんな高いもんじゃ無いし、そもそも金なんかいらない」
「あら、『貧乏』という肩書の私からは受け取れない?」
首を傾けにんまりと笑うミアを見て苦笑するジルは、ミアの掌から金貨を一枚取った。
「じゃあこれだけ頂くよ。 お釣りは……」
「勿論要らないわ」
「だろうな。 じゃあこれは多く貰った分だ」
ジルはミアの腰をグッと引き寄せると、足に力を込めダンッと空へ向かう様に高く跳び上がった。
「ーー!!」
思わず首にしがみついたミアを見て、ジルはクスリと笑い、次々と石造りの屋根を飛び越えて教会前へ向かった。
「ほら、着いたぞ」
最後は風の魔法で二人はゆっくりと地面に降り立った。
「ちょっと! 突然あんなことしたらびっくりするじゃない!」
「でも歩かずに済んだだろ」
「そうだけど、そうならそうと先に言ってよ!」
「なんか、あんたの驚く顔を見てみたくなってね」
ハチミツ色の瞳を細め、意地悪く笑うジルを間近で見たミアは、慌てて顔を背けカァッと頬を赤く染めた。
(その台詞にその顔って、何かズルい!)
「さ、俺の仕事はここまでだ。 早くヴィオラさんのところに行ってこい」
「あ、ありがとう……」
「どう致しまして」
手をヒラヒラとさせて去っていくジルの背中を見ながら『この火照りが治まるまでは戻れそうにないな……』と心の中で呟くミアだった。




