主人公は出会ってしまう
翌朝ベッドから体を起こすと、左手には例の指輪がついていた。
どうやら昨晩の事は夢ではないと理解したミアは、とにかく紛失だけは避けようと心に固く誓い、身形を整え一階へと降りていった。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたかしら?」
「ありがとうございます。 お陰で疲れもとれました。 あの、聞きたい事があるんですが……」
ミアは昨晩会ったヴィオラの事を聞き出した。
隣に住むヴィオラはこの国の教会でオルガンの奏者として有名で、彼女の演奏は荘厳かつ聖歌の美しさを引き立て、聴く者を魅了するという。
その話を聞いてミアは益々ヴィオラに興味を抱いた。
「今日は礼拝の日だから多分教会にいる筈よ。 教会はこの街で一番大きい建物だし、すぐ見つかるから今から行ってみたら?」
「ありがとうございます!」
ミアは店を後にし、早速教会を目指し街中を走り出した。
(こんなのウサギだったらあっという間だろうけど……)
そう思ってもやはりウサギに戻る気にはなれず、眉を潜めつつ人間の足で探し続けた。
そして息絶え絶えで辿り着いた先に、白を基調とした美しい建物を見つけた。
上には鐘も見えた為『ここで間違いない』とミアはその扉をゆっくりと開いた。
すると、耳に入ってきたのは空気を震わせるような重厚感のあるパイプオルガンの音。
しかしそれが聖歌隊の美しい声と混ざり合い、心地良いハーモニーを奏でていた。
そのパイプオルガンの前に座っていたのがヴィオラだったのだ。
並べられた席には祈りを捧げる者もいれば、ミアのように音楽を聴きに来ているだけの者もいるようで、敷居が高いと思われた場所は想像よりもずっと近い場所に存在していた。
礼拝の時間が終わると、出口へ向かう人の流れに逆らうようにしてミアは教会内へと入った。
中を見回すとそこはまるで美術館の中にいるようで、至るところに繊細な装飾が施されており、ミアはほうっと溜息をついた。
そしてパイプオルガンの前で難しい顔をしているヴィオラに思い切って声をかけた。
「あの!」
「おや、あんたは確か昨日の……」
「先程の演奏、素晴らしかったです!」
「え?」
「パイプオルガンの音の波動って、人の声に近いんですね。 だからあんなに心地良く響くんだって解りました。 あれ程まで空気に馴染む音を出すパイプオルガンもすごいけど、それを奏でるヴィオラさんもとっても素敵でした!」
前のめりになって思いをぶつけてくるミアにヴィオラは思わず目を丸くした。
「珍しいことを言うお嬢さんだね」
「あっ……」
感動の余り持論を語りすぎたと気づき、ミアは俯き顔を赤らめた。
それを見たヴィオラはふっと笑みを漏らした。
「いや、悪いとかじゃないんだよ。 ただオルガンの本質を知ってるかのような口ぶりだっただから、少し驚いただけさ」
ヴィオラは愛しむ様に鍵盤をそっと撫でた。
「あんたもなにかの演奏者かい?」
「私は……ギターをやってました」
「ギターか。 ディルーナでもまだ数が少ないのに珍しいものをやってるんだね」
「ディルーナ?」
「ここよりもう少し音楽が発展してる国でね。 私もそこから来たんだ。 で、そのギターは?」
「それが……」
「おや、無いのかい?」
ミアはしゅんと眉を下げて頷いた。
「……あんた、名前は?」
「ミアです」
「そうか。 じゃあミア、この音を聴いてごらん」
そう言ってヴィオラは三音を一度に弾いてみせた。
それを聴いたミアは小首を傾げる。
「何か思うことはあるかい?」
「パイプオルガンの音は初めて聴いたので自信はないですが……ここに違和感を感じます」
そしてミアはヴィオラが弾いた三音の内の一つを指差した。
「半分正解だ。 実は二つズレてるんだがいい耳をしてるじゃないか。 楽器をやってるってのは本当みたいだね」
ヴィオラは腕を組み、くすりと口角をあげて微笑んだ。
「あんたのギターの腕前も見てみたいんだが、ギターが無いって言ったね」
「はい。 私も調達出来る所がないか知りたかったんです。 ヴィオラさんはご存知ないですか?」
「この国にはまず無いだろう。 ディルーナで調達するのが一番手っ取り早いが、労力も金もかかるし、こっちの知り合いに作れるやつがいれば良いんだが。 どちらにせよ、あんた金はあるのかい?」
「手持ちというか、今私の全財産はこれだけです」
そう呟きミアはポケットから金貨を見せた。
「驚いた! あんたまさか家出してきたのかい?!」
実は転生してきました、とは言えずミアは苦笑いで誤魔化した。
「呆れた……。 ならこの話は終いだ。 家に戻って親にでもねだるんだね」
「親ならいません」
振れのない声にヴィオラは思わず目線をあげると、ミアが唇を噛み締めながらこちらを真っ直ぐ見据えていた。
「家族も家もありません。 何も解らぬまま、一人でこの国に来ました。 私が今持ってるのは『もう一度ギターを弾いて歌いたい』という想いだけです」
「……言っとくが私は慈善事業なんかしないよ」
「そんなもの端から望んでません。 只ギターがどうやったら手に入るのかが知りたいんです。 お願いですからディルーナに行く手段か職人さんを紹介して頂けませんか!?」
目に涙を滲ませながらも必死の形相で訴えるミアにヴィオラは気圧され、眉間に皺を寄せて溜息をついた。
「全く……今日はツイてないね。 調律も間に合わなかった上にこんな小娘に絡まれるなんて」
ヴィオラに冷たくあしらわれても、何とか情報を聞き出そうとその場から離れずにいたミアの背後から、ある人の声が耳に入った。
「おはようございます。 調律、今からでも良いですか?」
「おや、やっと来たのかい。 今からでも何でもいいからさっさとやってくれ」
振り向くと、その声の主は昨日別れたばかりのジルだと解り、ミアは堪えていた涙も引っ込むほどに驚いたのだった。




