主人公は予期せぬ事態に動揺する 2
『お姫様は王子様のキスで無事に人間の姿を取り戻し、王子様と末永く幸せに暮らしました』
そんなおとぎ話はよく知っているが、まさか自分が似た境遇に出くわすとは思わなかった。
勿論後半部分は違うが、やはりファンタジーの世界にいるのだと実感する。
「俺は女を呼んだ覚えなどないんだが……」
まだ酔いがさめていないのか、ジルはそれ以上問い正すことはせず、前髪をくしゃりとかき上げ人間の姿になったミアを虚ろな瞳で見つめる。
ミアは動揺のあまり自分がジルに覆い被さっている事も忘れて口をパクパクさせていた。
数秒の沈黙が流れた後、ジルは手を伸ばしそっとミアの頬に触れた。
「ミア……?」
目の前の少女がウサギ姿のミアと同じ黒翡翠の瞳をしていることに気づき、うわ言の様に名を呼んだ。
その瞬間、ミアの心臓がどきりと大きく脈を打つ。
「ゆっ……夢だよ! 今、ジルは夢を見てるんだよ!」
名を呼ばれハッと意識を戻したミアは慌てて苦しい言い訳で場を取り繕った。
こんな言葉で誤魔化せるとは思わなかったが、意外な反応が返ってきた。
「……そうか、これは夢か。 うん、そうだ。 そうに違いない……」
ジルはどうやらミアの思いつきに納得したらしく、コクコクと小さく頷くと伸ばしていた手をパタリとベッドの上に落とし、再び寝息を立て始めた。
(お……お酒が入ってて良かった……)
普段は冷静で隙一つ見せないジルが、お酒を飲むと警戒心の薄い甘え上戸になると解り『確かに人前で飲んだら危険だ』と納得した。
こんな姿を敵に見られたら大変な事になりそうだ。
いや、ジルなら色香で男も落としてしまうかもしれないが。
気持ちよさげに眠るジルを見てミアもやっとほうっと大きく息を吐く。
そしてピシピシと軋む体を動かし何とかジルから離れると、窓ガラスに自分の姿を写した。
そこには腰まで伸びた琥珀色の髪と黒い瞳をもつ十六、七歳程の少女がいた。
(転生前の私とは全く違う、キレイな子ね……)
ミアはまるで他人を見ているような目つきでそれを眺める。
服を着た状態で人間の姿になったことには心底ホッとした。
「ねぇクロノ、側にいる……?」
ジルを起こさぬよう小声で呟くと、クロノもそれに合わせるように静かに現れた。
「ミア、その体一体どないなってるんや?」
「私にも解らない。 一度ステータスを見せてくれる?」
二人でステータスを見てみると、今とドラゴン騒動から帰ってきた時と変化が見られない。
「この姿になったのに『人間ルート』攻略になってないということは、きっと人間になりきっていないのね」
そう判断しつつも、ミアは別の事を考えていた。
(酔ってたとはいえ、あの時私だって気づいてくれたのがこんなに嬉しいなんて……)
口元に手を当てポッと頬を赤らめる。
そして明日でこの生活が終わってしまうことに益々寂しさを募らせた。
(私は一体どうしたいんだろう……)
ミアは答えを求めるように胸の前で両手を強く握りながら、眠るジルの隣で体を横たえた。
◇
太陽が高い位置に差し掛かろうとする頃、ウサギ姿のミアとジルは森の中を歩いていた。
この森はジュエルスタンの城下町から大人の足なら一時間もあれば辿り着ける程の位置にある。
その中の、彼の使い魔に巣穴を作ってもらった場所を目指していた。
今朝目を覚ますと、憶測通り不完全だったようで、ミアの体はウサギの姿に戻っていた。
その後起きたジルの様子から見ても、昨晩の事は覚えていないようでミアは胸を撫で下ろしたのだった。
「ここにあったか……」
森に入って三十分程経った頃、ようやく目的地である巣穴へと辿り着いた。
だがそこには既に違う動物が住んでいる形跡があった。
「場所を変えて寝床を作るか?」
「ううん、大丈夫」
ジルの提案にミアは首を振った。
「此処まで連れてきてくれてありがとう」
「いや、お礼を言うのはこっちだ。 危ない目にあわせて悪かった。 でも、楽しかったよ」
これまでと違って素直に話してくれる姿に、ミアの心臓は何かにギュッと掴まれたように苦しくなった。
けれどそれを解くかのように直ぐさま首を振ると、ミアはジルの足元に体を寄せた。
気づいたジルは、体を屈めミアの頭を撫でた。
「……私を見つけた人がジルで良かった」
「え?」
ミアは呟くと、身を屈めていたジルの唇にちょん、とキスをした。
「本当にありがとう。 またどこかで会いましょう!」
ミアの不意打ちに驚くジルの顔を見た後、ミアはその場から逃げ出すように茂みへ飛び込み、そのまま全速力で森を駆け抜けた。
途中、全身に電気が走る。
痛みで体がふらつきその場に座り込んだミアは、肩で息をしながら自分の手を見つめた。
「うん、成功したかな……」
自分の手が人間の手に戻っている事を確認すると、側にあった大きな木に身を預けた。
鼻へのキスで人間の姿になれたという事は、唇を重ねれば確実に人間になれるのではと考えていたのだ。
「まさかウサギの姿でファーストキスをするとは思わなかったなぁ」
ウサギだったお陰で最後まで躊躇いなく行動に移せたと思うと、あの姿も名残惜しく思える。
ジルより先に目覚めた今朝、ミアは自分が転生した時の事を思い出した。
『もう一度ギターが弾きたい』
『もっともっと歌を歌いたい』
ウサギのままでは叶わない夢があった。
けれどあの場で人間になってしまえば、再び魔物扱いされジルにも迷惑をかけてしまうだろう。
もうあんな思いはしたくないし、迷惑もかけたくない。
そうしてミアは、穏やかな場所からまた一人で夢を追う道を選んだのだった。
「これで良かったんだ……」
そう呟いた途端、堰を切ったように涙が溢れミアの頬を伝い落ちる。
何度拭っても止めることは出来なかった。
ミアは自分が思っていた以上に彼を好きになっていた事に、ようやく気づいたのだった。




