主人公は生まれ変わる 2
ベシン!!!!
妙な音を立てて、女は地面へと落ちた。
(いたたた……)
落ちた所が草むらだったお陰で大ケガせずに済んだが、それでも打った所はヒリヒリと痛い。
女は半身を起こして辺りを見渡した。
どうやら森の中みたいだが、視界は何故か低いまま。
ふと地面に目をやると、そこには白い毛に覆われた愛らしい手があった。
どう考えても人の手じゃない。
驚いて自分の体に触れると、まるで上質な絨毯の様にふかふかで触り心地がいい。
(なにこれーーーー!!)
「おぉ、目ぇ覚ましたか!」
聞き覚えのある台詞に耳がピクリと反応し、女は後ろへと振り向いた。
そこにはコウモリの様な羽を付けた黒猫が、ふよふよと宙に浮かんでいるじゃないか。
(ぎゃーーーー!!)
「待て待て、そんな大きい声で叫ぶんやない!」
黒猫は耳を塞ぎながら、羽を閉じて地に降り立った。
(あの……あなたは何者?)
「オレか? オレはさっきお前とおった死神や」
(はぁあ!?)
「今回のミスでお前の見守りをすることになったんや」
(でもさっきは人間だったじゃない)
「ペナルティやねん。 オレも動物になってやり直しさせられることになったんや。 それでお前の幸せを見届けて、女神様に報告する係になったんや」
そう言って黒猫は長い長い溜息をついた。
「にしても、まさかそんな姿に転生するとは思わんかったわ」
(え? そんな姿って……)
「お前、ウサギになっとるで」
(えぇぇーーーー?!)
ウサギと言われて、今度は顔をペタペタと触る。
確かに毛に覆われていて、頬を撫でる手はプニプニとしていて堪らなく気持ちいい。
(ウサギって……、何で……)
想定外の展開に愕然としていると、突然ガサリ、と草を掻き分ける音がした。
耳が反応した方へ振り向くと、狩人らしき男がこちらに向かって矢をつがえていたのだ。
(キャーーーー!!)
ウサギは咄嗟に茂みに向かって四つ足で猛ダッシュする。
「久々の肉! 待ちやがれ!」
男の太い怒声を聞き、益々パニックになる。
(待たない、待たない! てゆーか撃たないで――!!)
後方、顔の横、前方にと、次々に矢が飛んでくる。
ウサギは放たれた矢が空を割く音に集中しながら、無我夢中に駆け回る。
そして何とか茂みへ飛び込み、男の視界から姿を消すことに成功した。
「チッ逃がしたか……」
男は恨みがましく呟くと、草を掻き分けこの場から遠ざかっていった。
殺気だった男の気配が消え、ウサギは大きく息を吐き、ペタンと地面に座り込んだ。
(し、死ぬかと思ったぁ……)
「な? ウサギになっとるやろ?」
(ちょっとあんた! 私を置いて今までどこに行ってたのよ!)
「矢が当たらんよう、木の上に上がってた」
(なんですって!?)
「こっちの世界でもオレの姿は見えんらしいわ。 でも矢とかは当たると痛いんよ」
(そんなの不公平よ!)
「んなもんしゃーないやろ、そういう設定になってるんやから。 あ、でも能力持ってるやつにはオレのことがわかるらしいわ」
(設定? 能力って何のこと?)
「女神様から預かった資料によると、ここはジュエルスタン国いうて、竜王の加護を受けた魔法使い達が住んでるらしいわ」
(本当にゲームの世界みたいね)
「『ゲームの主人公になった気分で』って女神様が言うとったやろ。 ただスタートがウサギなんて冗談キツイなぁ。 下手したら『食用』やで」
そう言えばさっきの男も『久々の肉!』とか叫んでいた。
(全く恐ろしい設定よね……)
「基本面白いの好きなお人やからな。 まぁそこは諦めてガンバってくれや」
(他人事みたいに言ってくれるわね)
「他人事ちゃうで。 お前がハッピーエンド迎えてくれんとオレもこの世界で消えてまうんや。 だからお前にはガンバってもらわなあかんねん」
(その割には、さっき私を置いて一人で隠れてたわよね)
ウサギは黒猫をジトっと睨みつける。
だが黒猫は素知らぬ顔で、ウサギの前で体を伏せた。
(何のつもりよ)
「オレの名はクロノ。 この世界ではオレがお前の使い魔っちゅう設定らしい。 だからはよ契約せい」
(契約? それってウサギでもできるの?)
「資料にはそう書いてあるんやから出来るんやろ。 ホレ」
そしてもう一度ずいっとウサギの目の前に頭を差し出す。
「おでこにお前の手を当てて、オレの名前言って『使い魔になれ』って言うたらええ」
(そうなの? じゃあ……)
ウサギは疑いながら、もふもふした小さな白い手をクロノの額に置いた。
(黒猫『クロノ』、私の使い魔になりなさい)
術が発動したのか、クロノの額が光り出す。
そしてその光が一点へと集中していくと、そこに乳白色のムーンストーンが淡く輝きを放った。
クロノは自分の額を撫でてそれを確認する。
「よっしゃ、多分これでオッケーやろう」
(ねぇ、使い魔って一体何ができるの?)
「そやな……今のところ飛ぶ以外できる気がせん」
(それじゃ今と変わらないじゃない!!)
「失礼やな! ゲームの世界っぽく、お前のレベルアップが必要なんちゃうか? まぁしっかり修行に励んでくれや」
さっきの場面でも助けてくれなかったのに、使い魔になってもこれじゃあ先行きが不安で仕方ない。
獣にされた上に使い魔までレベル上げしなきゃならない状況に、ウサギは溜息をついた。
「てゆーか、お前の名前は何や?」
(私? 私は……)
名乗ろうとしたが、イマイチ思い出せない。
女神様が言っていた通り、『転生した』『心残り』以外の事は朧気になっている。
それでもウサギは何とか記憶の糸を辿り、一生懸命自分の名前を思い出した。
(んー……確か『ミヤ』かな?)
「なんや、その中性的な名前は」
(苗字が『ミヤゾノ』じゃなかったかな? そこから呼ばれてた気がする)
そしてその名前でギターを持ち、沢山の人前で歌ってた記憶も一緒に思い出した。
「もちょっと愛らしくならんのかい」
(じゃあ『ミア』なんてどう?)
「そやな、そのほうがええわ。 ほな改めてよろしくやで、ミア」
(こちらこそよろしく、クロノ)
こうして白ウサギと黒猫の妙な組み合わせが誕生した。
(にしても、ウサギの体って思ってたより便利よね。 足も速いし耳もよく聞こえるし)
「ホンマ柔軟なヤツやな。 もうちょい怒ってもええんと違う?」
(だって、転生前は運動神経がいいわけじゃなかったのよ。 それがこうやって素早く動ける。 それにウサギになれるって、なかなか無いじゃない?)
「お前のポジティブには感動するわ……」
ガサッガサッ
ミアの耳がまたピクリと反応した。
向こうの茂みの方に何かいる。
もう一度耳をすませ、フンフンと鼻を利かせてみたが、さっきのような人の匂いはしない。
ミアは恐る恐ると音のした方へと歩いていった。