主人公は予期せぬ事態に動揺する
「今回もギリギリやったなぁ……」
「人間の次はドラゴンだなんて、本当に死ぬかと思ったわ……」
無事に竜王の元へドラゴンを帰すことが出来たミアはそのままジルの部屋へと連れ戻され、ベッドで仰向けになりながらクロノと会話していた。
ミアの人生イベントは、今回も無事にクリアする事が出来た。
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【イベント終了】
『音魔法レベルアップ』『調合魔法』『金貨10枚』獲得
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「そういえばクロノは音魔法って使ったことあるの?」
「『鳴音』と『反響』は使ったことあるぞ。 逃げる時にはなかなか便利やったで」
『調律』とかもある?」
「確かあったな。 まぁ今の状態では使う機会はないやろうけど」
「そうよね、多分人間になってギターが弾けるようになってからよね」
人間になってギターが弾きたい。
それを目標としていたミアだったが、それが少し揺らいできている事に気がついた。
ジルと過ごすようになったこの幾日は、心細かったミアの心に色をつけていくようで、後に出会ったレオやナタンも、ウサギの姿のミアを受け入れてくれた。
お陰でミアの心にはミモザのような小さな花が降り積もった様に穏やかで、ここに居続けたいと願う様になっていたのだ。
だが『人間ルート』を攻略する必要も勿論ある。
いつまでもウサギのままでいる訳にもいかなかった。
早くこの状況から抜け出す必要があるが、このままでいたいと思う気持ちの間で、ミアはモヤモヤと定まらない未来に思考を巡らせた。
「おいミア、そろそろ起きろ」
考え事をしながらも軽い疲労感から睡魔に襲われ眠っていたミアは、ジルの声を聞いてふっと目を覚ました。
「あれ……おかえりなさい」
「ただいま。 嬉しい知らせ持って帰ってきたぞ」
すでにラフな格好に着替え終えていたジルは、何やら持ち帰ってきた荷物を机に置き、ベッドに腰掛け珍しく嬉しそうな表情でジルはミアの頭を撫でた。
「今回の件でお前は無罪になった」
「そうなの!?」
ぼんやりとした脳内を覚醒させる様な言葉を聞き、ミアは前のめりになってジルに迫った。
「ドラゴンと言っても魔物は魔物だし、今回の件は相当困ってたらしくてな。 あと宰相達の前で見せた変貌ぶりにお前に『魔物を唆す』力はないと判断したらしい」
今回の様に突然凶暴化してしまう事があるのなら、やはり魔物は魔物達が生きる世界で暮らさなければお互いの生活に悪影響を及ぼしてしまう。
それが例え崇める竜王の化身だったとしてもだ。
そしてミアは文字通り命を賭けた行いのお陰で己の潔白を晴らす事が出来たことに、やっと心から笑みが溢れた。
「良かったぁ……」
「これでこの騒動も終いだな」
すると机に置かれた袋の中からガサガサと取り出したのはいつものスティックサラダとは別の小さな籠に盛られたイチゴとオレンジだった。
ジルは目を細めそれをミアの前に差し出した。
食べ頃だと主張しているかの様な色艶のフルーツ達に、ミアは黒い瞳を見開き輝かせた。
「美味しそう!」
「これはお前への報酬だ。 とびきり甘いって言ってたから美味いんじゃないか?」
「え、もしかしてジルが買ってきてくれたの?」
「ついでだよ」
そしてジルは持っていた茶色の瓶の蓋をキュポンッとあけるとそれを一口あおった。
フルーティーな香りと麦芽の香りが鼻を差す。
「それってもしかしてお酒?」
「エールだよ。 明日半休貰えたから飲もうかと思って」
「せっかくならナタンやレオと飲んだらいいのに」
「今日はコレで良いんだ。 寧ろ『あんまり人前で飲むな』って言われてるんだよ」
(それって酒癖が悪いのでは……)
ミアは喉から出かかった言葉を思わず飲み込み、不穏な表情でジルを見た。
本を片手にスローペースでエールを飲むジルをハラハラしながら注視していたミアだったが、二本目になっても大した変化はなく、気にしすぎかと安堵の溜息をついた時だった。
二本目が空いたのか、本を閉じ椅子からベッドへ倒れ込むように横になったジルは、野菜のスティックを噛じっていたミアをぐいっと胸元に収めるように抱き締めた。
「!?」
「あーー……モフモフしてて気持ちいい……」
耳元で溶けるように甘える声が聞こえ、ミアの体は一瞬で固くなってしまった。
そうとも気づかずギュッと抱き締めたまま頭を撫で続けるジルに、ミアの羞恥心のメーターは振り切られ、ジタバタと暴れ声を上げた。
「ジルーー! 離してーー!」
「何だよ……明日には帰るんだからこれぐらいいいだろ」
離すどころか更に力を込められ益々互いの距離が縮まる。
ウサギの力ではどうすることも出来ず息苦しさにクラクラしていたが、ジルがふと口にした言葉に気づき、真意を尋ねた。
「ねぇ、明日には帰るってどういうこと?」
「お前、森に帰りたがってただろ。 騒動も落ち着いたことだし明日連れて行ってやるよ」
まさかその為に休みをとったのだろうか。
いやそれ以上に明日この生活が終わると聞いてミアは愕然とした。
「そんな急に……」
「あんまり長居してるとまた違う噂がたってしまう可能性がある。 次は庇えないかもしれないだろう」
そう言ってゴロリと仰向けになり大人しくなったミアを胸上に乗せて今度は背中を撫でた。
ジルの憶測はほぼ正しい。
しかし考えていた未来が一気に迫ってきた為気持ちの整理が追いつかず、ミアは耳を垂らし、黒い瞳をじんわりと潤ませた。
「何だ、ウサギでも泣くのか」
「……嬉し泣きだよ」
「そうか」
するとジルは胸上で突っ伏しているミアを持ち上げ自分の顔まで寄せると、ミアの鼻にそっと唇をあてた。
「やっぱりお前は面白いな」
そう言い残すと、ジルはすぅっと瞼を閉じ穏やかな表情で小さく寝息をたて始めた。
一方でミアは、暫く目を点にして呆然としていたが、次第に身に起きた出来事に対して全身を火照らせた。
(さっきのは何!?)
恋愛経験のないミアは、頭の中が真っ白になり先程の意図が全く理解できずにいた。
勿論それは嫌いな相手にすることではないということも、ペットを愛でているだけだというのもわかっているつもりだが、お酒のせいで突如見せたジルの愛情表現に戸惑いが隠せなかった。
すると突然ミアの背中に電気が走り抜け、それに感電したかような痛みが全身に広がる。
激痛に思わず目をギュッと瞑った。
(この痛みは、何なの?)
痛みが収まり、恐る恐ると目を開けるとこれまで見えていた視界の高さとは異なっている事に気づく。
ジルの顔がより近くみえる事に違和感を感じ上体を上げた瞬間、目の前に琥珀色の髪が一束はらりと落ちた。
「え……?」
視線を落とすと、ジルとは別の人の手がある。
「まさか……!」
すると体にかかる負荷と人の声に気づいたジルが小さく唸り薄っすらと目を開けた。
「……あんた誰だ?」
ジルの目の前にいたのは、ウサギ姿のミアではなく少女姿のミアだったのだ。




