主人公は思い知らされる 2
次の日の早朝、火と水の騎士団長が揃ってラロウド宰相の元へと向かったという話が早々に広まり、城内が少々慌しくなっている。
『可能な限り慎ましく』と考えていたジルは、徐々に大事になっていく現状に少々頭を抱えていたが、二人の交渉の甲斐があったのか午前活動の予定は変更され、ドラゴンの治療を屋外で行う許可が下りたのだ。
今回の治療にはジル、レオ、ナタンに加えラロウドと三名の近衛兵が同行する事になり、これまで以上に緊張感が漂う。
ミアはドラゴンと共に移動用の檻に入り、荷運び用の馬車で現場へと向かった。
(これも人生イベントの一つなのね……)
この話を聞いた時急な決定に動揺していたミアだったが、クロノに確認をとった所、ステータスにはイベント告知がされていた事が判明した。
とにかく『食用ルート』を回避する為にも冷静に選曲をすることに専念するが、不安要素も多くそれが時にミアの思考を支配した。
今日立ち会う人の中には自分を好意的に思う人間ばかりではないこと、この治療に審判を下す人間がいること。
ここで失敗してしまえば立場が悪くなってしまう人間がいるということ。
それらを考えだすときりがなかった。
「キューー……」
ドラゴンがミアに近づき頬を擦り寄せてきた。
「私のこと心配してくれてるの?」
このドラゴンも外界の空気に触れ、不安と期待が入り混じっているように見えた。
けれど擦り寄るドラゴンの金色の瞳は、久しぶりに会った時よりも光を吸収したかの様に輝いている。
(そうだ。 今はこれだけに集中すれば良いんだ……)
するとミアの頭の中で、ラジカセにディスクがセットされた時の様にカチャン、と音がした。
(これだけでいい。 というかこれしかない)
何かを吹っ切るようにミアは大きく深呼吸をした。
(……よく考えたら、馬車なんて初めて乗ったわ)
ガタガタと音を立てて揺れる荷台には布が被されている為外の景色を見ることは叶わないが、微かに感じるのは外界の匂い。
森の中とも城の中とも違う、若い草花の匂いだ。
勿論聞こえる音も一つではない。
荷台を引き歩く馬の蹄の音。
その中に混ざり聞こえるのは人の声。
時折風に巻き上げられた布がはためく音。
(ここにはまだまだ自分の知らない事が沢山ある。 だからここで終わるわけにはいかない!)
すると突然ガクンッと檻が大きく揺れた。
どうやら目的地に着いたのか、様々な音や人の声が直ぐ側で飛び交っている。
「お前達、着いたぞ」
近衛兵が、荷車から檻を地面へと降ろす。
久しぶりに見る太陽の光に思わず目を瞑ったその合間にミア達は檻から解放された。
降り立った場所は隔てるものも無い、風が心地よく吹く草原だった。
そしてこの草原が続く先には、明暗多色な緑の絵の具で描かれたような山林、そしてその中心に巨大な石を沢山積み上げ造られた建造物が見えた。
「あそこに見えるのが竜王様が眠るといわれている神殿だ。 あの周辺は魔物がかなり多いから、ドラゴン自身の意志がないと帰すのは難しいんだ」
レオの指が指す先にある神殿の周囲は、人間を拒むかのように深緑の木々に覆われていて、容易に近づける場所ではないのが一目で解る。
(ここからあそこまで飛ぶなんてかなり距離がありそうね……)
「ミア」
不安気に先を見つめるミアに、ジルが頭上から声をかけた。
「お前はほんの少し歌うだけでいい。 そうしたら全速力で俺の方へ向かって走ってくるんだ」
「どういうこと?」
「そのままだ。 必ず助けてやるから思い切り走ってこい」
ジルはそれ以上は何も語らず、風に靡く外套をグッと引き寄せ神殿のある森とは反対の方へと歩いていった。
その背中を見て、ミアは檻の中で気づいた事を思い返した。
『そもそも自分は人を救う力など持っていない』
ミアはジルの様に魔法が使えるわけではなくただ歌が歌えるだけの、人間よりも弱い一匹のウサギだ。
けれどそれで気づいた己の無力さは、不思議な事にミアの不安を取り除く大きな力になった。
『気負う事は何もない』
『目の前の事を必死にやればいい』
とにかくこのイベントを成功させることだけを考えればいいのだ。
更に『必ず助けてやる』というジルの言葉を信じれば、決して臆することはない筈だ。
気づけばレオやナタンも向かう先からこちらを見ている。
そしてジルもそこに辿り着くと、こちらを振り返った。
それを合図ととったミアは大きく息を吐き、ディスクの入った脳内ラジカセのスタートボタンを押した。
ドラゴンの心を鎮めようと、この世界に来て初めて歌った曲が流れ始める。
今の自分を奮い立たせるにはこれが最適だと思い、小さな声で歌い始めた。
懐かしい歌を聞いたドラゴンはミアの側へと駆け寄る。
それを見たミアは『今だ!』と突然走り出し、それにつられてドラゴンも走り出した。
「おい! 何をやってるんだ!!」
予期せぬ展開に近衛兵達は焦り追いかけようとするが、ラロウドは彼等を引き止めそのままドラゴンの動向を注視するよう指示を出した。
ミアは追いつかれまいと前だけを見て必死に走り続ける。
すると走るミアを見たドラゴンは野生の本能を刺激されたのか、獲物を狩るような目つきに変わりミアを襲おうとバサッ!と翼を広げ体を少し浮かせた。
(えっ!?)
音に気づいて振り返ると、あの懐いていたドラゴンがミアに向かって牙を向けている。
(いゃぁぁぁぁ!!)
そしてミアの背に食らいつこうとした瞬間、ドラゴンとミアの隙間を疾風が駆け抜け、ドラゴンはその風を受けフワッと空へ舞い上がった。
「飛んだ……!」
様子を見ていた近衛兵が声を上げたその時、突然周囲が煙で覆われていく。
本能に支配されたドラゴンから身を隠す為レオとナタンが魔法で煙幕を起こしたのだ。
目標を見失ったドラゴンは上空を暫く周回していると、そこにまた別の風が流れる。
「一体何が起きてるの?」
何とか辿り着きジルに抱えられたミアは不安そうに上空を仰ぐ。
「ジルの魔法で神殿辺りの空気をドラゴンのいる上空に運んで、仲間の匂いで誘って帰そうとしてるんだ」
「あそこからここまで届くの!?」
「あぁ。 この国じゃこいつにしか出来ない芸当だ」
「……」
言葉が発せない程集中して魔力を使い続けるジルの上空で、風に乗って届いた仲間の匂いに気づいたドラゴンが、彼の思惑通りにスッと体を方向転換させミア達の頭上から遠のいていった。
「ドラゴンが神殿の上空を飛んでいます!」
煙幕で隠れていた青空が再び見えてくる。
双眼鏡で確認する近衛兵の知らせを聞き、ラロウドも同じく双眼鏡で状況を確認した。
煙幕も殆ど晴れた頃、ドラゴンは神殿へと辿り着き降り立ったとの知らせが入った。
「うちの守護人達はウサギ一匹の命さえ守ろうとするのか」
無事にドラゴンを帰し終えた彼等がウサギを囲んで笑う様子を見て、ラロウドは眦を下げ安堵の溜息をついたのだった。




