主人公は心に寄り添ってみる
ラロウド宰相より命ぜられたドラゴン治療開始初日。
朝、ミアが目を覚ますといつもより多い目のスティックサラダが机の脚元に置かれていた。
朝昼兼用なのか、それともしっかり体力をつけさせようとしているのかは解らないが、今朝はそこに、何と一粒のイチゴが添えられている。
野いちごは食べていたが、ケーキに乗せるようなイチゴを見るのは何時ぶりだろうか、ミアは目を輝かせてクロノを呼んだ。
「なんや、体の方はもうええんか」
鉄琴を小さく鳴らしたような音で現れたクロノは、少し照れくさそうにミアの身を案じる。
「昨日はありがとうね。 コレ、半分こしよ」
「イチゴやないか。 アイツ、お前の為に置いたんと違うんか?」
「ジルがクロノの事を『立派な使い魔だ』って褒めてたよ。 だから一緒に食べよう」
「アイツが? 信じられんわ」
そう言いながらも嬉しそうに食べるクロノにつられてミアも真っ赤な色艶のイチゴを頬張った。
イチゴの程よい甘さが体に染み渡る。
クロノの穏やかな笑顔と、ジルの優しさをイチゴと一緒に噛み締めながら『いつまでもこうであったらいいな』と心の中で呟いた。
その日の夜、昼に戻らなかったジルがいつもより早い時間に戻り、ミアの様子を伺った。
「今からドラゴンの所へ行こうと思うんだが、体調はどうだ?」
「イチゴも食べたし、もう大丈夫だよ。 ありがとう!」
「なら今度からは食べすぎに注意だな」
流し目でミアを見ながらチクリと余計なことを言う。
だが昨晩のジルの眼差しと優しく頬に触れた感触とを思い出してしまいそうで、今のミアにはこれぐらいの方が都合が良かった。
ジルはミアが入った革袋を背負いドラゴンのいる部屋まで歩いていくと、部屋に入る扉の前に警備兵とは別の男が一人立っている事に気づいた。
「やぁジル。 今からドラゴンの治療かい?」
「レオ! 何でお前がここにいる?」
ジルは思わぬ来訪者に驚きを隠せず、思わず声が上擦った。
「昨日の騒動でジルがウサギを捕まえたって聞いて、その後どうなったのか気になってね」
警備兵に暫くこの場を離れるよう伝えると、二人は鍵で扉を開けそっと中へと入っていく。
そしてバタン、と木製の扉が閉まる音が石造りの部屋の中に響いた。
「……宰相から聞いたのか?」
「あの宰相に掛け合ったんだろ? お前も怖いもの知らずだよな。 話を聞いてたら正直俺もどんなウサギか見てみたくなってね。 どんな治療をするのか見せてもらってもいいかい?」
「構わないが、邪魔はするなよ」
「勿論。 お前が団長じゃなくなったら困るんでね」
「お気遣いどうも」
レオの冗談混じりの懸念もさらりと受け流すと、ジルは革袋を肩から降ろしミアを格子の近くに放した。
「わぁ、可愛いじゃないか!」
「……お前、ウサギにまで色目を使うのか?」
ジルが引いた目で見ていることに気づき、思わずレオも反論する。
「失礼だな。 色目なんか使ったこと無いし、ウサギを見たらコレが普通の反応だろうが。 お前が淡白過ぎるんだよ」
彼の名はレオ・アデール。
ジルより少し年上で、おとぎ話に出てくるような金色に輝く髪を後ろに束ね、ロイヤルブルーの瞳を持つ正に眉目秀麗の言葉通り王子様のような青年だった。
こんな美青年に見つめられたら、色目等使わなくとも女性は虜になってしまう。
ミア自身もきっと心臓がもたないと、慌ててドラゴンの側へと逃げるように駆け寄った。
ドラゴンはというと、ミアを見た途端に嬉しそうに声を上げ擦り寄るように格子の側にやってきた。
「昨日より元気そうね。 今日はどんな歌にしようかしら」
嬉しそうに話すミアの声を聞き、レオは目を丸くして驚いた。
「…………ウサギが喋った」
「目を疑いたくなるだろ」
共に扉付近で待機するジルとレオは、興味深く二匹の様子をジッと伺う。
それに対してミアは格子越しに語りかけながら、一番星が輝き出す夜空を思い聴きたくなるような歌を歌い始めた。
(やっぱり、ギターを弾いて歌いたいな……)
転生前の記憶を思い出したミアは、ギターを弾いていた頃の自分をふと考えていた。
ひたすら練習を繰り返して出来た左指のたこや、ギターのボディについた細かなキズ。
背負った時の重みやケースから出す時のワクワク感。
そして自身の歌と心を滾らせるあの音色が恋しくて堪らなかった。
(早く人間の姿に戻りたい……)
胸の奥がジリジリと灼けるような焦燥感に駆られて、ミアはいつの間にか空に瞬く星に祈るように同じ曲を繰り返し歌い続けていた。
「おい、起きてるか?」
ジルに声をかけられミアはハッと意識をこの世界へと引き戻した。
いつの間にか歌が止まってようだが、ドラゴンは横たわり小さく寝息をたてている。
「途中で眠ったみたいだ。 今日はここまでにしよう」
そう言ってジルはミアの両脇を抱え持ち上げると、それを見たレオがスタスタとこちらに近づきポン、とジルの肩を叩いた。
「何だよ」
「お前、抱き方が悪い」
「……はぁ?」
突然何を言い出すのかと顔を顰めるジルからレオはミアを取り上げ、一旦床へと降ろした。
「相手は小動物なんだからもう少し大事に抱いてやれ」
そう言ってレオはミアの胸元に手を回しお尻に手を添えゆっくりと持ち上げると、まるで赤子を抱くかの様に優しくミアの体を包んだ。
「いやぁ……このウサギはスゴイじゃないか。 俺はまんまと惹き込まれたよ」
はにかみながら囁く称賛の言葉を至近距離で聞いたミアは、今にも飛び出しそうな心臓を必死に抑えるかの様に手で口を覆った。
色んな意味で彼は心臓に悪い、と心の中で呟いた。
「俺の名はレオ・アデール。 明日も来るんだよね? 俺も早く仕事済まして君の歌を聞きに来るよ」
『聞きに来る』というレオの一言にミアは思わず耳をピンと立たせ目をパアッと輝かせた。
転生前にはなかなか聞けなかった台詞がまさかこんな所で聞けるとは思わず、ミアは喜びが隠せなかった。
その様子を少し下がった位置から伺っていたジルは二人からスッと目線を反らすと、帰る支度を始めた。
「もういいか? そいつを連れて戻る」
ジルは『早くしてくれ』と言わんばかりにレオに口を開けた革袋を差し出しミアを入れるよう無言で促した。
レオも『ハイハイ』と笑いながらミアをそっと革袋へと戻した。
ゆっくりと扉を開け、離れた場所で待機していた警備兵に鍵を預けると、ジルは革袋を背負い直しもと来た廊下を歩き始めた。
「じゃあ、また明日」
分かれ道に立ち、レオはジルに別れの言葉をかける。
「あぁ、……明日も聞きに来てやってくれ」
ジルはまるでミアの代弁をするようにレオに伝えるが、体は背を向けたままで彼の方を振り返る事はしなかった。
「あれは珍しくヤキモチやいてるみたいだな」
レオは口元に手を当て、嬉しそうに目を細めた。




