主人公は噂のウサギになる
「お前のメンタルにはホンマ驚かされるわ」
「年中路上ライブやってたんだから当然よ」
ウサギと猫が城内を駆け回っていると噂がたち、辺りが騒然としてきた。
ここで止まれば捕まって食用にされてしまう。
それだけは回避したいと、二匹は必死に出口を探した。
「おい! 今ウサギと猫が走っていったぞ!」
「まさか例のウサギじゃないだろうな? 捕らえるぞ!」
「止めろ! お前達は手を出すな!!」
ジルはミア達を追いながら、城内にいる警備兵達に出くわすたびに後を追わないよう伝達していった。
「どこに向かって走ればいいのかな?」
まだ誰もいない通路に出ると、二匹はやっと立ち止まってあたりを見回した。
「オレにもわからん。 とにかく扉が開いてるあそこの部屋に潜り込むんや!」
「わかった!」
すると、不安と緊張の中休むことなく走り続けたミアの体に、突然異変が起きた。
目の前がぼうっと白く霞み、ズキズキと頭が痛む。
熱中症の症状だ。
外とは違い、無風状態の城内を走った事が、ウサギの体に大きく負荷をかけてしまっていた。
フラフラと目眩がしながらも部屋へ逃げ込もうと歩みを進めると、とうとうグラリと視界が歪み、ミアの脳内に走馬灯の様なモノが映し出された。
まるで自分など見えていないかのように、誰一人足を止めず無視され続けても、気丈に振る舞い歌い続けた日々。
寒空の下で泣きながら帰ることもあったが、その度に祖母との約束を思い出した。
戦後、祖母はバーで歌を歌い生計をたてていた。
歌を知り尽くし、曲の素晴らしさを伝える祖母の歌声は聞く人を次々と魅了し、後に『いばらの歌姫』と呼ばれる様になった。
まるでいばらで守られた一輪の薔薇のように、高貴な女性だったのだ。
そんな祖母から譲り受けた沢山のカセットテープやレコードから流れてくる曲の数々に、心を撃ち抜かれていく衝撃と感動が忘れられず、自分も歌いたいと、お小遣いを貯めてギターを買った。
晩年、祖母の様になりたいと告げた時、窘められた事も覚えている。
『私のようになるんじゃなく、私と違う道を行く歌姫になりなさい』
あの日見た夢は否定されることなく、高みを目指せと背中を押された。
憧れの歌姫と指切りしたのが最後の別れとなったが、そこが自分のスタート地点になった。
歌う事に拘っていた理由が、思い出された。
(こんな大事な事を忘れていたなんて……)
ミアは涙を滲ませながら薄っすらと目を開けた。
「おい、大丈夫か?」
視界に入ったのはクロノではなく、額に汗を滲ませ困惑した表情のジルだった。
「クロノは……」
「お前が一人で倒れてた所をみると、どうやらお前の体内に入って内から魔力で生命維持していたんだろう。 そうまでして主を守るなんて、大した使い魔じゃないか」
少し口角を上げて目を細めるジルを見て、ミアは『へへ……』と小さく笑った。
捕まったのがジルでよかった、と心から安堵した。
ジルは周りに人が居ないかを確認すると、ミアを抱えて扉の開いていた部屋へ身を隠した。
「熱があるのか」
ミアの体調を確認すると、腰に下げていた袋の中から水の入った小さな筒を取り出し、それをミアの口に当ててゆっくりと飲ませた。
そして熱が下がるよう、魔法で微風を起こしミアの体を仰いだ。
(あれから十分以上経ってる……)
パチン、と懐中時計を閉じ外の様子を伺うと、ウサギを捕らえようとする兵達の足音や声が騒がしくなってきている。
(騒ぎが大きくなる前に捕まえたかったが、これはもう隠し通すのは無理そうだな)
ぐったりとしているミアを膝に乗せながら、この状況を打破する手段を必死に模索していくと、やがて何かを決意したのか、はぁ、と大きく息を吐いた。
「やってみるしかないか」
ジルは自分の使い魔を呼び、ミアを運び出すよう指示を出した。
「少し辛いだろうが後で檻に入ってもらう。 お前はそのまま何もせず俺に身を預けてろ」
未だ朦朧とする頭を抱えるミアは不安を募らせたが、ジルは額を優しく撫で、使い魔にミアを咥えさせて部屋を出た。
「城内にて怪しいウサギを捕獲した! ラロウド宰相が今何処にいるか知ってる者は居ないか!」
この騒ぎを治めるよう声を上げると、辺りにいた近衛兵を呼びつけ、ミアを収監する為の鉄製の檻を用意させた。
そしてラロウド宰相の居ると思われる執務室へと向かったのだった。




